45.兄弟の確執
扉を叩く振動もしばらくして治まった。
真緒は力なく扉に背を預け、流れる涙をそのままに暗闇を見つめた。漆黒の闇が真緒の心を鎮めてくれる。
昔から気が短く 友人たちはよく呆れて苦笑いしていた。売られてないケンカも買いに行く、と短気な眞緒を心配してくれ、ときには諌めてくれていた。
その友人たちは傍にいない。いたら止めてくれただろうか。
あぁ…やっちゃった…
真緒なりに やってしまった感 はある。反省する気持ちもちゃんとある。
でも、マージオの言葉は許せるものではなかった。
母が全てをかけて愛した人。
この国と国民の幸せのため 王子様が本当のお姫様と結ばれることを願った。その選択をした王子様が母の誇りだった。その人が、国も民もどうでもいいなんて言ってしまうことは母を侮辱されたような気持ちになってしまい、頭に血が登ってしまったのだ。
さぁて、これからどうしたらいいのか…
国王の呼び出しをドタキャンし、立てこもってしまった。自分は仕方ないが、この事でライックやイザ、ライルが罪に問われるんじゃないか心配になってきた。
土下座したら許してもらえるかな。
静かになったのって、もしかして連れていかれちゃったとか?不安が不安を呼び、大きな不安になって真緒を襲った。
コンコン、
扉を叩く音に、文字通り飛び上がった。
「…マオ?」
ライルの声だ。牢屋に連れていかれてなくて良かった。安心するところはそこじゃないけど。
「…陛下は出立された。先程、宰相とヴィレッツ殿下と王都へ向かわれた」
ナルセル王子が体調を崩されたらしい。成人の儀を前に国王も宰相も不在の状況では問題がある。マージオは宰相と殿下を伴い王都へ向けて急ぎ出立したのだった。師団長であるライックも護衛のため随行している。もう大丈夫だから、無理して会う必要は無いよ、ライルは真緒に優しく声を掛けた。
長い廊下を ライルと歩く。その後ろをイザが続く。夜明けまでまだ時間がありそうな時刻なのに、忙しなく人が行き交う。急な国王の来訪に加え、殿下を伴って出立となったのだ。仕方がないのかもしれない。
歩きながら何気なくその姿を目で追う。その視線の先に忘れられない顔を見てしまった。途端、真緒の身体が強ばり、足が止まった。その変化にライルが真緒を背に庇う。イザがその前に立ちはだかり腰に手を伸ばした。真緒の呼吸が速くなる。だんだん手先が痺れてきた、息が吸えない!真緒は陸の魚のように空気を求めた。ライルのシャツを握りしめて苦しさに耐える。
怖い…!刃を向けられたあの映像が脳内を巡る。
「大丈夫だ」
ライルは何度も真緒の耳元で囁いた。膝から崩れ落ちた真緒を横抱きにして抱える。なぜ真緒は突然こうなった?ライルもイザも周囲を警戒して見回すと、一人の男で視線が止まった。テリアスが数人の男に囲まれ、何やら指示を出していた。向こうからは柱が遮っているようでまだこちらに気付いていないようだった。イザとライルは互いに頷き、ライルは真緒を抱えてその場を離れようとした。
「兄に挨拶はないのか」
ライルの背にテリアスの無機質な声がかかる。真緒はまだ苦しげな呼吸を繰り返している。ライルは振り返ることなく告げた。
「急ぎますので 失礼します、兄上」
テリアスはその言葉を無視して、ライルの肩に手を置いた。ライルはイザに真緒を預けると 頼む と発してテリアスに向き直った。
「その娘、こちらで預かろう」
テリアスはライル越しにイザに抱かれた真緒に視線を定めて言った。イザは真緒を隠すように背を向けた。テリアスの視線をライルが遮るように立ちはだかった。
「お前はこの国に争いを生む。陛下の御心を惑わすものは必要ない。お前の母は自ら身を引く賢さがあったがな。マオ、あのときが悔やまれるよ」
テリアスが口元を歪めた。真緒の呼吸が一層乱れた。
「たとえ兄上でもこれ以上は許せない。マオは殿下より預かっている者です」
ライルが腰に履く剣に手を掛けた。テリアスは慌てることもなく肩を竦めて背を向けた。
「今 お前と争うつもりは無い」
一度も振り向くことなく去っていったテリアスが視界から消えると、ライルも緊張を解いた。真緒は真っ青な顔でイザにしがみついて怯えていた。とにかく部屋へ戻ろう、イザの言葉に頷き、足早にその場を離れた。




