44.期待と失望
外が賑やかななのは春雷のせいでは無いのだろう。古城の門扉には火がはいり、騎士が行き交う様子が伝わってくる。
ベッドに入っていたが、外の喧騒が気になり起きだして、カーテンの隙間から外を覗いた。
「おい、危ないだろうが」
窓には近づくな、そういうのと同時に窓から引き離された。手を出す前に言ってよ…。猫の首根っこを掴むようにグイっと引っ張られちょっとムッとした。
控えめなノックと共にライルもやってきた。夜更けなのに二人ともシャツにトラウザー姿で帯剣している。真緒は自分が寝巻き姿なことに今更恥ずかしくなった。ソファの背に掛けていたショールを手に取り羽織った。幾分マシかな。色気がないのは今更だが、ライルの前で寝巻き姿はさすがに恥ずかしい。タイミングみてちゃんと着替えよう、うん。
入口近くでイザとライルが小声で話していた。気になるから近寄ろうとすると、ライルが手で制した。
「マオ、目の毒だ。着替えて」
上手くはぐらかされた気がしなくもない。イザと二人で扉の向こうへ消えていった。着替えようとは思っていたので 結果オーライだが、二人が真剣な顔で話していたのが気になって仕方なかった。手近かにあったシンプルなワンピースに着替える。これなら手伝ってもらわなくても大丈夫。鏡で全体をぱぱっと確認すると、自ら扉を開けて二人を探した。
そこに居たのはイザだけだった。
ライルは?と聞くとすぐに戻ってくるという。ソファに座るよういわれ、素直に従った。どこか張り詰めた雰囲気のイザに反論する気にはなれなかった。
無言の時間が過ぎる。時間にしたら大した時間ではなかったのだろうが、普段おしゃべりのイザとの無言の時間は酷く長く感じた。ため息を誤魔化しているとライルが戻ってきた。ライックも一緒だった。
二人ともいつもと雰囲気が違う。
真緒は自然と背筋が伸び、腹に力を込めて覚悟を決めた。なにか話があるのだろう。
ライルは真緒の隣に腰掛けた。今日はお触りなしのようだ。ちょっとホッとする。
ライックは真緒の正面に腰を下ろすと、ぐっと両手を握りしめて口を開いた。
「陛下がおいでになった。マオに会いたいと仰ってる」
はい?陛下って国王様のこと…?こんな夜更けに?
きっとかなりのマヌケ顔だったはず。でも、誰もからかわなかった。それだけにこの話が本当なんだと真緒にもわかった。
国のトップの要望に拒否権があるのだろうか。父親かもしれない男性。会う、と覚悟は決めていたがこんな突然に機会が訪れるとは思ってもみなかった。突然でもチャンスは活かさなければ。次はいつになるかなんてわからない。真緒は腹を括った。
「会います。連れていってください」
真緒の決意がライックに伝わったのだろう。不安そうな表情を一瞬で消してライックは頷いた。
ライルは真緒の手を取るとギュッと握った。
「一緒にいるから」
その言葉と手から伝わる温かさが真緒の心を強くした。
長い廊下を ライックを先頭にライルと歩く。その後ろにイザがつく。夜更けなのに廊下は明るかった。
突然のVIP来訪に蜂の巣をつついたような騒ぎだった。行き交うメイドたちも浮き足立っている。
それを横目で見つめていたら、なんだか落ち着いてきた。仇に会いに行く訳じゃない。母が愛した王子様に会うのだ。父親かも、と聞いても実感が持てないのが正直な気持ちだった。
まずは挨拶よね。「今晩は」「初めまして」「御機嫌よう」とか?いけない、また思考が明後日を向いてしまった。集中、集中!
ライックの足が止まった。どうやら着いたようだ。深呼吸をすると、扉の内から声が聞こえた。
「…再びこの国に争いを招いて国民を飢えさせるのですか」
ヴィレッツの声は珍しく感情的で乱れていた。
「…ミクに見せたくて、褒めてほしくて争いのない豊かな国をめざした」
初めて聴く声だった。ミク?お母さんのこと?
「もう どうでもいい。ミクはいないんだ…」
その言葉が耳に入った瞬間、真緒は走り出した。後ろからライルの呼ぶ声が聞こえる。それを無視して イザの手を振り払い、廊下を走った。
どうでもいい!?国が飢えても知らないって!?
王様に夢をみていた訳じゃない。
でも、あの母が 私の全て といった王子様に希望を抱いていた。それだけに無機質な声に発せられた内容はショックだった。薄く開いたままの扉が目に入り、中に飛び込み鍵をかけた。涙が溢れてきて止まらない。扉を背に座り込むと耳を塞いた。背中越しに扉を叩く振動が伝わってくる。明かりも無く窓もない部屋の中は闇が支配していた。




