41.ヴィレッツと真緒
ドアのノック音と共に、メイドの声がする。ベッドからは入口が見えないが、誰かがきたようだった。ライックはメイドとのやり取りを終えると、誰かを伴って戻ってきた。
ブロンドの髪にアンバーの瞳、鼻筋の通った細面の顔には優しげな微笑みが浮かんでいる。まるで絵画から抜け出てきたような男性が立っていた。見惚れてしまった。ライックを見ると肩が震えている。やだ、私、口開いてたかも。
「マオ、ヴィレッツ殿下だ」
うーん、名前を聞いてもわからない。そう言えばライルが力を借りるとか言ってた人の名前って…?
高貴なオーラを醸している方を前に寝転んでいるのは居心地が悪い。身体を起こそうとしたが、強い痛みに襲われ少しも身体が上がらなかった。ヴィレッツは真緒の肩にそっと手を置くと微笑んだ。
「そのままで良い」
その微笑み、神々しい。
お言葉に甘えて 目を瞑り痛みを逃す。痛みが落ち着いてくると呼吸も整ってくる。痛みで生じた目尻の涙をそっと拭ってくれる。殿下、やることもイケメンです!真緒が痛み以外のものに悶えていると、ヴィレッツが腰掛ける気配がした。
「ヴィレッツ殿下は先々王の弟君だ。現国王の甥にあたる方だ」
ライックがわかりやすく説明してくれた。甥っていうことは、もし私が国王の娘なら叔父さんか。叔父さん…似合わなすぎる呼称だわ。絶対呼ぶことはないな、うん。どうやら緊張する場面になると現実逃避をしたくなるらしい。思考が明後日を向いてしまう。集中しましょう。
「マオ、ひとつ聞く。お前は国王の娘だとわかってどうしたいのか」
どうしたい?その新しい切り口に真緒は疑問符を浮かべた。父親かどうかで自分の身の安全が決まる。それだけだ。
「国王の子であるということは王位を得ることもできる」
ヴィレッツは足を組み直し、感情のない視線を真緒に向けた。
「自分がいなくなれば、問題が解決するとは思わないか?この国に争いの種は必要ない」
ライックが息を呑むのが分かった。真緒はヴィレッツの言葉を反芻していた。
私が国王の子だとしたら、権力争いに利用されるってこと?もしかしたら、私が権力を望んでいると思われてる?
私が欲しいのは自身の安全だけ。争いなんて望んでない。大切な人たちが生命を危険に晒して殺し合うなんて絶対に嫌だ。真緒の世界でも、政治や宗教の相違で長く紛争が起きている国がある。多くの難民が土地を追われ、飢えていく。テレビやニュースでしか見たことのないことが、この国で現実に起こり得るということ。
「争う気がある人達がいる限り、私の存在だけが火種ではないはずです。争いを起こさせないことが、この国の偉い人達の役目でしょう」
火種があっても燃やさなければいい話だ。私という存在は既にあるのだから。
真緒の真っ直ぐな視線をヴィレッツは静かに受け止めていた。ライックはその成り行きを静観している。
「私は自分の安全のために国王様に会いたいと思っています。争いの種だから自分がいなくなればいい、そんなことは考えたくないです。私を大切にしてくれたお母さんの分まで幸せに生きるんだって決めてますから」
病に倒れ、若くして死んでしまったお母さん。朝も昼も夜も ずっと働き詰めで自分のことは二の次。誰よりも私を愛し大切にしてくれたお母さんを悲しませることはしたくない。自分を要らない存在にすることはお母さんを否定することになる。私は自分を否定したくない。そんな思いを込めてヴィレッツを見つめた。
答えになっていたのだろうか。
ヴィレッツは真緒の手を取り、両手で包んだ。
「大人が責任をもって舵取りをしないといけないね」
人を魅了する優しい微笑みが浮かんでいる。
「マオ、国王にあって欲しい」
真緒は無言で肯く。自分でも決めていたことだ。




