4.宿屋のマルシア
ウッド調で統一された室内はシンプルなカフェのようだった。真緒がバイトをしている某ファミレスではなく、こだわりのコーヒーが売りの隠れ家的な感じが近いだろうか。いくつかのランプが灯りさほど広くない室内は簡単に見回すことができた。装飾はほとんど無く、木製のテーブルセットが数脚、あとは暖炉があるだけだが、手入れの行き届いた室内は持ち主の人柄を表しているようで真緒を安心させた。
「イザ、手荒なことをするんじゃないよ」
丸盆にカップを載せて、年配の女性が奥から現れた。
ふくよかな身体を左右に揺すり、ゆっくりと真緒に近いテーブルへとやってきた。
白髪が多めに混じった髪、目尻のシワからするとバイト先の孫自慢のおばちゃんくらいかな?
母よりは幾分年上に見えた。
「ほら、ここにお座りよ」
椅子を引いて座るように誘ってくる。真央は素直に従ってその椅子へと腰かけた。
「渡り人はもう何十年もなかったからね。あの子が居なくなってから、あの樹には精霊の気配がなかったからねぇ」
湯気のあがるカップを真緒の前に差し出して、お上がり、と勧めてくる。目尻のシワを深め、愛想のいい微笑みを向けてくる。
勧められるままにカップに口をつけると、甘い香りが真緒を包んだ。
—マルシアの入れてくれるお茶はとっても甘いの。母さんが泣きたいときは決まって入れてくれたのー
ふっと、母の語りが脳裏をよぎった。
「…このお茶は森の魔女の特製だよ。この甘みは精霊の恵みだからね。ほら、温かいうちにお上がりよ…」
自分の声にマルシアの声が重なり びっくりしていると、
「あぁ、やっぱり。あんたはミクの子なんだね」
更に目を細め何度も肯くと、真緒の手を優しく両手で包んだ。
「渡りの樹が伝えてきたんだ、ミクの気配を。
私は足が悪くてね、このイザに様子を見にいかせたんだ」
真緒の向かい椅子に座ってやり取りを聞いていたイザは肩を竦ませ足を組み直した。
「見回りの騎士と鉢合わせしてさ、コイツ危うく連れていかれるところだったんだ」
俺、頑張ったんだぜとマルシアにアピールしていたがマルシアはフン、と鼻で笑うと真緒に向き直った。
「あいつらにこの子を渡す気はないよ」
「そうさ、わたしが宿屋のマルシアさ」
マルシアは左手を自身の胸に当ると真緒と視線を合わせた。
「まずは あんたの名前を教えておくれ。
話しておくれ、ここにきた訳を」
真緒の母 未久と2人で生きてきたこと、その母が死んでしまったこと、母の願いを叶えるため渡りの樹に来たこと、気付けばここに居たこと—
真緒は言葉に詰まりながらも話した。
沈黙の間も急かすことなくマルシアもイザも次の言葉をまってくれた。真緒にはそれが何より有難かった。
真緒の話が済むと今度はマルシアからこの世界の事を教えてもらった。
ここがエストニア王国で、かつて未久が過ごした世界であること。
何杯目かの熱い茶も冷めるころには夜も更けていた。
「もう夜も遅い。マオ、これからのことは明日だ」
マルシアは真緒の背を撫でると、未久の部屋を使うといい、とイザへ案内するよう頼んだ。
月明かりの照らすベッドに入ると、すぐに睡魔が訪れる。未だに夢を見ているようだ。目が醒めたらアパートに居るのかもしれない。夢落ちなんて王道すぎだわ…
散漫な意識を手放し、真緒は眠りに落ちた。