39.宰相の本質
イザは自警団の自室に戻っていた。
自警団の副団長から一時的にライック師団長預かりの騎士として、護衛の任に着くためである。
ライックは周到に手回ししていた。
相変わらず食えない男だ と呆れる一方、この男と行動を共にできる歓びを感じていた。
袂を分かったあのとき、自分は子供だった。宰相を憎むことで、自身の無力さを誤魔化していたに過ぎない。宰相を許す気は無い。ただ、立場を理解することはできそうだった。
18年前━━━
ニックヘルムは王の立場としての賢明な判断を迫った。ミクと別れて、同盟のため隣国の姫と婚姻を結ぶべきだ、それが国を護る国王の務めだと。
この国の復興への歩みをとめるわけにはいかない。再び国民が飢えることがあってはならない。他国からの侵略の機会を与えてはならない。
ニックヘルムは宰相として、国民を、国を護ることに全てを捧げた。
その一方で、いつかこの国が安定してマージオが個人の幸せを願えるときがきたら 叶えてやりたい。親友の幸せを願う気持ちに嘘はなかった。
ニックヘルムは ミクを密かに匿うため渓谷の館を用意した。堅物として名高く、政敵の多いニックヘルムの噂は、貴族社会で面白おかしく流れた。
夫ではなく貴族社会の噂を信じたニックヘルムの妻は酒に溺れ、やがて心を壊した。邸宅を与えられた愛人にご執心。捨てられた妻の憐れさ。高位の貴族であった妻は噂に耐えられず自ら命を絶った。
ニックヘルムは噂を否定せず、妻にも一切の弁解をしなかった。マージオの幸せを奪ったことへの罰とでもいうように。
ミクが消えた あの日。
あの手紙は、宰相の手に渡りマージオに届けられていた。マージオはその手紙をそのまま暖炉に焚べると、人払いし 明け方まで籠っていたという。
渓谷の館に連れていくため ミクの護衛に向かったライックは渡りの樹に消えるその姿を為す術なく見送った。二人の男を苦しめた存在はもういない。
妻を亡くし、声を殺して酒をあおる姿を知っていたライックは、ニックヘルムの心が救われる日がくることを願った。
ミクが消えたこの季節になると、王家の庭を訪れる二人。この18年間、重い枷を抱えていたのは自分だけではなかった。
この国を護る、その思いは同じなのに それぞれに苦しみを胸に秘めて重ねる年月。
マオはこの苦しみから救ってくれる存在なのだろうか…。
イザは手が止まっていたことに気付き、引き継ぎのための作業を再開した。




