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34.湖畔にて

マージオは渡りの樹へと足を向けた。

相変わらず埓のあかない報告にうんざりし、ミクの気配を強く感じたかった。

春の陽を浴びて 木漏れ日に水面は輝き、渡りの樹の緑のコントラストがマージオを包み込んでくれる。久々に感じる安らぎに、心が凪いでいくのがわかった。

目を閉じ、指環に意識を集中する。

あぁ、やはりここはミクを強く感じる。

瞼に湖畔に佇み微笑み掛けてくれる彼女が鮮やかに蘇った。

「…ミク…」

言葉にすると気持ちが抑えられなくなる。


「陛下」

追憶に沈んでいた意識が引き戻される。

人払いをしてある、近づく者はいないはずだった。マージオは不機嫌さを隠そうとせず、声の方へ視線を移した。そこには貴族の礼を取る思いがけない人物がいた。

「長くご挨拶にも伺わず、ご無礼をお許しください」

先々王の弟ヴィレッツだった。今年30歳になるヴィレッツは、この国の復興を支えた一人だ。貴族の反発を抑え、マージオの右腕として辣腕を振るった。この男の働きがなければ、短期間での復興は成し遂げられなかっただろう。内政が安定し、国が豊かさを取り戻してくると、領地に引きこもり表舞台から姿を消した。復興の手腕とその血筋から一部貴族に次期国王として擁立しようという動きがあることをマージオも知っている。ただ、マージオはヴィレッツに二心がない事も知っていた。ヴィレッツは、権力争いで国が荒れたことに心を痛め、自らが争いの種になることを何よりも恐れていたのだった。

滅多に領地から出ないヴィレッツが何故ここに来たのか、マージオは驚きを隠せなかった。

驚きに声の出ないマージオにヴィレッツはゆっくりと近づく。

「ミクの気配ですね」

私もナルテシアの血筋なんですよ、精霊の言葉がわかるのだとマージオに告げた。驚くマージオに更に言葉を重ねる。

「ミクの気配を纏った渡り人がおります。お会いになりませんか?」

マージオを正面から見据え、ヴィレッツは返事を待つ。マージオは何を言われたのか、理解するのに時間がかかった。ミクの気配を纏った渡り人?

マージオの表情から何かを察したのか、ヴィレッツは説明を始めた。

「渡り人はミクの娘です。先日、攫われたとこりを保護しております」

娘!?

「渡りの樹の意思で、この世界へ招かれたようです」

マージオは言葉が出ない。ミクの気配なのにミクではない。その気配を纏った娘がいる。

「歳は18、黒目黒髪の愛らしい娘です」

どう返答したのか覚えていない。多分、諾と答えたのだろう。

ヴィレッツが礼を取り、去ってゆく後ろ姿を呆然と見送った。しばらく立ち竦んでいたのだろうか。急いだ足音がかなり近づくまで気が付かなかった。

「陛下、如何なさいましたか?」

戻りが遅いマージオを迎えにきたのだと、宰相はいった。ヴィレッツが来たことは知っているのだろう、珍しい来客があったようですな、と探るような素振りを見せた。マージオはそれには答えず、邸宅へと向かう馬車へ乗り込んだ。


ヴィレッツ殿下が陛下の元へ向かった

その報告を聞いて、ニックヘルムは森へ向かった。

渓谷の館から真緒が消えた。テリウスが金で集めた破落戸を使って真緒を殺そうと計画し、その破落戸を館に引き入れるため警備を手薄にしたという。

宰相という立場上、独自の諜報機関を持っている。その情報よりも早く動けるもの━━アレニエ━━か。

アレニエを動かせるのは国王かヴィレッツだけだった。真緒の奪還にヴィレッツが関わっているとみて間違いはない。そのヴィレッツがマージオと接触する。

ニックヘルムは胸騒ぎを覚えた。

ヴィレッツ殿下は真緒を使って、王位奪還を画策しているのではないか。マージオとミクの娘、マオ。

彼女の存在をマージオが知ったら…。

再び国が争いとなることがあってはならない。

やはり殺しておくべきだったか。


マージオと会わせる訳にはいかない。ニックヘルムは揺れる馬車の中、虚ろなマージオを見つめた。




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