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318/318

318.扉

こんな三文芝居に引っ掛かる間抜け(シュエ)がいるとはね


筋書き通り過ぎて、肩透かしを喰らった気分だ

実に つまらない

『裏切り者』だろうが 山神の使い なんだろう?

もっと 楽しませてくれないと

そんなんじゃ クライマックスまで 待てないよ


エイラは足早に去るシュエの姿を、天井裏から冷ややかに見下ろした。シュエを追って、エイラの背後で気配が消える。

身動ぎしない真緒の姿をもう一度見遣り、エイラもその姿を消した。



「…ねぇ マオ。少しは食べなきゃ ダメよ」

エイラはマオを揺り起こすが、頭からすっぽりと毛布を被って返事をしない。

具合が悪い訳では無い。

勘のいいエイラに、シュエからの誘いを 気付かれてしまうのが怖い。どういう態度が正解なのか 分からない。

だから 寝たフリで誤魔化そうと 今に至る。


「マオ? 身体がもたないわよ」

エイラも引けない。

このあと シュエの手引きでここを抜け出す真緒は、恐らく山越えをすることになる。

逃げ出されては困るし、真緒の足ではすぐに追手に追いつかれる。それくらいはシュエでも考えているだろう。

自らの足で山越えしないとは思うが、食べておかなければ体力が持たない。


「…はぁ…、それなら 根比べね。食べるまで ここを動かないから」

わざとらしい溜め息と共にエイラが宣言する。

真緒の脇に座り込むと 足を組み、今晩はここで添い寝かしら と呟いた。毛布の塊と化した真緒の身体が強ばるのが手に取るようにわかる。


そうよ、私が居たらシュエと抜け出せないでしょう?

ほら、諦めなさい


勝鬨のように ぽんぽん と塊に触れれば、それはもそもそと動き出し、やがておどおどとした真緒が顔を出した。


「温かいうちに 食べて。ダンの料理とはいかないけど、これも美味しいわよ」

ダンの名前に真緒に笑みが浮かぶが、視線は泳いでいて定まらず、怪しいことこの上ない。

何かありますよ、企んでますよ、と示しているようなものだ。


これを突っ込まないのは逆に怪しまれるだろうか…。

エイラは少し思案し、カマをかけることにした。

「ねぇ、何か私に隠してない?」


━━━━ バレた…?

真緒は強く目を瞑り、鼓動の高まりを逃す。緊張で強ばった身体を解すように ゆっくりと息を吐き出した。


大丈夫。うん、大丈夫。 きっと 大丈夫。


自己暗示をかけてゆく。

シーラを助けるって 決めたんだから。


「あ…、うん…、何にもないよ、何も隠してることなんてないよ。…ただね、あんまり食欲が無い」

苦笑いで誤魔化す。食欲が無いのは本当だ。嘘は付いてない。だが、食べないことにはもうひとつ理由があった。

だって 寝てしまう訳にはいかないから。


食事や飲み物を摂ると睡魔に抗えなくなるときがあるのだ。

繰り返しの脱走で信用が無いのはわかっているが、何かを混ぜているとしか思えない。

ジト目で食事を見つめれば、エイラは真緒の言いたいことを察したのか、ひょいと皿から摘み 次々と自分の口へ運んでいった。

「さぁ、マオも食べて?」

毒味したわよ、問題ないわよね?

真緒に向かい皿を突き出し、フォークを持たせた。


貴女(エイラ)はプロだから、多少の()()()()も、問題ないよね?


心の中でだけ反論し、真緒は気乗りしない夕食に手をつけたのだった。




今宵は賑やかだ。

普段は村の者だけの静かな生活は、ハイツらがやってきたことで一変した。次第に集まってくる者たちによって、かなりの大所帯となりつつあった。

それを養うための物資が、渓谷を利用した舟や 陸路によって運び込まれていく。

至る所で松明が焚かれ、人が行き交う。

怒号や喧騒が無いのは、集うものたちの多くが、ハイツの手の者か山神の者たちだから だろうか。

武器、物資、食料などが 積まれた荷が運び込まれ 、空箱や街へ下ろす荷が積み込まれてゆく。


あれのどこかに紛れるのだろうか…


小窓から覗き見て、そっとカーテンを閉じた。

胸の高まりを、深く息を吸い落ち着かせる。


エイラはハイツに呼ばれ不在だ。

くれぐれも 部屋からは出ないようにと念を押し、様子を見に来るから心配しないで、とヒラヒラと手を振り去っていった。


クッションで人型を作りベッドを偽装する。

誤魔化せるとは思えないが、居てもたってもいられない。

何かをしていないと不安に押し潰されそうだったから。


シュエさん、早く来て…


手の汗をズボンに擦り付けて 何度も拭い、大きく息を吐いた。



「いいかい?」


背後から声がかかり、真緒の身体が大きく跳ねる。

…扉が開く音もしなかった。

人の気配さえなかった部屋で掛かる声はホラーだ。

動悸を落ち着かせるように胸に手を当て振り返れば、いつも通りの出で立ちのシュエが 居た。


あれ?

こっそり 抜け出すのでは…?


その姿に違和感を覚える。

真緒は黒髪を隠し、シャツに細身のズボン。

フードを目深に被れば、少年の出来上がりだ。こんな小柄で華奢な山神の子は居ないが。兎に角、動きやすさ重視だ。

反対にシュエの姿は、派手……いや、なかなか目を引くものだ。

イザが好むボンキュッボンのボディに鮮やかな布地が沿う。

同性の目から見ても妖艶な姿に、目のやりどころに困る。

実務的な出で立ちのエイラと比べ、目を引く色彩とデザインはシュエの常だ。明らかにアースカラーが基本の山神の使いの中ではかなり異質な出で立ちである。

いくら夜闇に紛れての行動でも、その姿は目立つ。いや、紛れるつもりなら、この衣装の選択はないだろう。


「シュエさんも 一緒に行くんですよね?」

一応、確認。誘ったのはシュエなのだから 思い違いはないはずだ。

「あたしはね、囮よ。アンタを逃がすためのね」

真緒の質問の意図が伝わったのか、鼻を鳴らした。

ただ、それ以上説明する気は無いらしく、徐に真緒の腕を掴むと引き摺り、壁に押し当てた。

加減のない力で背を打ち付けた真緒から くぐもった声が漏れたが、シュエは意に介さない。

短く息を吐き目を瞑ると、バングルを壁に翳す。

シュエの低く囁くように紡がれる声が、室内に響く。


背にある壁に歪みを感じ 真緒は身をよじった。

途端、見覚えのない扉がそこに現れ、かざされたシュエの手で容易にそれは開いた。

扉の先、薄明かりの路は、紡がれる旋律に応えるように真緒を誘う。


「…いざという時の 脱出路だよ」

山神の者、それも村長(むらおさ)しか使えない。

安心しな、エイラは追ってこれないよ。

イヤーカフに触れ、シュエは 揺れるバングルに恍惚とした視線を向けた。


「アンタを護るためだと、村長があたしに託したんだよ」


悪用されるとは 思ってないだろうけどね。


(マリダナの鷹)の信頼を勝ち得るのは あたし だ。

頭は、あたしに 期待している、 そう言ったんだ。













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