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313/318

313.役割

…… ん ……


心地よい揺れを感じ身を委ね、その温もりに包まれる。

浮上した意識は、さざ波に攫われるように 眠りと微睡みを行き来する。


そう…電車に揺られ、うたた寝してる 感じ。

小春日の温かな陽射しが、より幸せな気持ちにしてくれる。


あれ…?

どこに行くんだっけ? どこで降りるんだっけ…?

乗り過ごしたら大変…


意識のモヤを払おうとするが、この温もりと身体を攫う揺れは 媚薬のようだ。真緒は魅惑の誘惑にあっさり負けた。


…もう少しだけ… うん …止まるまで いいかな…


「……マオ、…返事をしてください」

起きてるのは 分かってますよ。


低い抑揚のない声が、一気に現実に引き戻す。

幸せな時間を奪われた真緒は、渋々目を開けた。

心地よい揺れの正体は馬だった。

それも柔らかな毛足の毛布に包まれて 男の胸元に抱かれていた。

その男が、父親という歳の頃だからだろうか。

壮年のその男に抱かれたこの状況に、トキメキよりも安らぎを感じてしまった。


「こんなときに イビキまでかいて寝るとは、さすがですね。その上、狸寝入りとは …中々 大物ですね」

安らぎで得ていた心の温もりが、その言葉で一気に冷えた。酷い言われようだ。


「……いびきなんて かきません!」

全く 失礼だ。


あの上司(ライック)に この部下有り だな。


まだ残る眠気も相まって、イラッとした感情を隠すことなく 投げやりに返した。


…そう言えば、この人の名前知らないな…

目を擦りながら 男を見上げれば、感情の読めない瞳と視線が交わった。


「ハイツ。 そう呼んでください」


えっ… なんでわかったの!?


「…貴女の思考は顔に出ますから」

顔を見れば大概のことは解りますよ。そんなに驚くことでもないでしょう。

ハイツから ため息混じの言葉が返ってきた。


「貴女が 想定外の行動をとるので、私が貴女に着くことになりました」


…成程ね、ライックの考えが読めたわ

ハイツは人の機微に聡いのだ。

やらかすだろう私の行動を 先読みしようと言う訳か。


「そうですか…、よろしくお願いします」

ここで騒いでも仕方ない。大人しく 挨拶することにした。

助け出してくれた人だし、しばらくお世話になる人だ。礼を欠いてはいけない。

べこり と頭を下げる真緒の姿に、ハイツの目が僅かに見開かれた。

くるくると変わる表情に感情が素直に現れる表情。

お辞儀に馴染みがないこともあるが、何より親しみを覚えた自分に ハイツは驚いた。



真緒が目覚めたタイミングで、小休止を入れる。

もぞもぞと毛布から抜け出す姿は 愛嬌がある。こんな所がライル様の関心を引いたのだろうか、そんなことを考えながら真緒の動きに注視し、ハイツは伝えるタイミングを計っていた。


そう ()()()()()について。


「何ですか?」

私に言いたいことが あるならどうぞ。

黒曜の瞳が、真っ直ぐハイツを見つめる。

手渡された皮袋を口元に当て 水を含んだ真緒が 言葉を続ける。


「私に 言いたいことがあるんでしょう? そんな顔してますよ、ハイツさん」


先程のやり返しのつもりなのか、真緒は どうだ とばかりに ふふふ と笑った。


驚いたな… まぁ 隠していた訳では無いが。

素直な感想を持ったが、それは言葉にしない。

それよりも 話を進める方が重要だからだ。


「ええ。貴女の役割について です」

ハイツは一気に 真緒との間合いを詰め、顔を寄せると真緒の耳元に顔を近づけた。

艶のある声に ゾクリと する。

吐息のかかる距離でのバリトンボイスは 反則だ。

耳に頬に 熱が入るのが わかる。

私、絶対 真っ赤だ。

無意識にハイツの胸元を押し返すが、その距離感が変わることは無かった。


「貴女には 奴らを引き付けて貰います。いわゆる 『囮』です」


あの襲撃で、ライルはシーラを貴方の身代わりにして奴らを引き付け、奴らから真緒を 遠ざけるように動いている。勿論、陽動して、奴らの兵力を分散させるのが目的だ。


「…ですが、問題が 発生しました」

ハイツは言葉を切った。真緒の反応を見るためだ。

見開いた瞳がハイツを凝視している。その黒曜に吸い込まれそうだ。深い黒は ハイツに言葉の続きを促した。

「… 奴らの主力を含めた多数の戦力が、ライル様に迫っているのです」

陽動作戦が成功したことは喜ばしいのですが、ここまで戦力を集中されるのは想定外でした。

「このままでは、ライル様が危険です」

ハイツの言葉に、真緒が息を呑むのがわかった。

途端に真緒の熱は奪われ、朱を帯びていた頬は、色を失っていた。だが、ハイツを捉えるその瞳だけは光を失うことなく強さを保っていた。


「私が 『ここに居るわよ!』と、アピールして 引き付ければ良いんだよね。やります!」

ハイツの胸元をギュッと掴み、やらせてくださいと懇願するように縋ってきた。


かかったな、予想通りだ。

そう これはライックの手だ。

マリダナの鷹 を誘き寄せるには 疑似餌では駄目だ。やはり本物(真緒)を晒さなければ大物は引き寄せられない。

これからの動きについて 説明を始めれば、真緒は頷きながら食いつく勢いで聞いてくれた。


じゃぁ、さっさと出発しよう!

そそくさと 身支度を始める真緒に ふと 沸いた疑問。


怖くは無いのだろうか…?

殺されるかもしれないのに。敵の前に己を晒せ と言われているのに。


「貴女は 怖くはないのですか?」

「怖いですよ。 でも、ライルもシーラも助けるためだから。やります」

思わず 問えば、真緒は 瞳を逸らさず 応えた。


怖かろうと やらない、という選択肢は無い


共に生きる

そう 誓い合ったのだ。

だから、自分ができることは やる


…それよりもだ。

「私の身代わりに あんな幼い子を危ない目に合わせるなんて、大人としてどうなの!」

十二歳って…小学生じゃん!

児童何とか法みたいなもの この世界には無いの!?


憤り 責め立ててくる真緒を軽くいなしながら、ハイツは可笑しくて仕方なかった。


シーラは幼くても プロ(暗殺者)だ。

それを知っているようだが、真緒は心配で仕方ないらしい。自分より幼い子を自分の身代わりにして陽動に使ったことに 大層 ご立腹のようだ。


「本当に、ちゃんとシーラのこと護ってくれる?

危ないこと、ないんだよね? 怪我したりとか…」


まだ ブツブツと言っている。


面白いな。

あのライックが、この少女を気に掛けるのが 何となく分かった。














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