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311.二兎追うもの

足取りの重いゼガストを引き摺るように廊下を進んでゆくヘルツェイの後ろ姿を 柱の影から見送り、ライックはライルを伴い、とある部屋へと入った。


室内は、攻防の真っ最中だった。

他国の王妃が同席する中で着座できないと、臣下の立場を強調し固辞するマスタリング公爵と、高齢であるその身体を心配したヨルハルである。

テリアスとアルマリアは、祖父と孫の遣り取りのようだと、それを止めることもせず 微笑ましいと傍観している。

そんな攻防も ライックの登場であっさり決着した。

ライックはヨルハルに礼を取ると、さっと椅子を引き寄せた。

「失礼、話が進みませんので」

マスタリング公爵が抵抗する隙を与えず、強引に着座させた。文字通り目を白黒させた公爵にウィンクして反論を制し、身体の力が抜けたのを確認してライックは表情を引き締めた。

では、宜しいな?

一同を見回し、早速本題へと入った。



「ユラドラ国内で マリダナ王妃が謀殺されることは阻止しなければならない。

ソリュート殿が国境と街道に兵士を配置している。

更に 山神の者たちが国境沿いの山岳部は目を光らせている。

…そこも問題ないだろう」

テリアスの言葉を継いでライックが、地図を指しながら具体的な護送計画を示していった。


「…問題は マリダナの鷹 の動きだな…」

手で口元を覆い、その指先で頬を撫でる。テリアスが考え事をするときの癖だ。


組織化された(マリダナの鷹)の手下たちは、(シュエット)にも劣らない精鋭部隊だ。

こちらの手勢には、あのゼガストの息のかかった者が護衛に紛れている可能性が非常に高い。まだ錬成途中のユラドラ兵とライックがエストニルから連れてきた兵だけでは、心許ないのだ


マリダナの王女が手の内にあるとはいっても、マリダナ王が王女を見限れば、なんの抑止力にもならない。

更に小規模であっても、多発的にユラドラ国内で残党に 蜂起されれば 厄介なことである。

そして 可能性は低いが、派閥対立が深刻化しているエストニルでのクーデターに備えておかなければならない。

マリダナ王の手の者が この機に乗じて動く可能性もある。


ライックがここに居る以上、ダンは王都を動けない。

エストニルの(かなめ)都市であるベルタの街。

そこを 護るイザも 呼ぶ訳にはいかないのだ。


頬を撫でるテリアスの手が止まった。

意を決したように、重い口を開いた。


「…渡りの姫 で奴らを 引きつけ━━━━ 」

「!!! それは マオを囮にする ということかっ!」


テリアスの言葉を遮り、ライルは勢いのまま立ち上がり叫んだ。

テーブルを挟み 兄弟は睨み合う。

テーブルが無ければ。

ヨルハルの御前でなければ。

ライルは掴みかかっていたかもしれない。


ライックは大きく嘆息すると、ライルの両肩を掴み、強引に座らせた。落ち着けとばかりに肩に置いた手に力を込めるが、ライルはそれを振り払った。


「囮にするなど!… 認めない」


乱暴に言葉を吐き憤るライルを、ライックは強く諌めたが聞く耳を持たなかった。


真緒の透き通る肌が、余りに軽い身体が ライルに真緒の死を意識させる。

そんな真緒を、これ以上危険に晒したくない。

危険や恐怖など無縁なところで、心穏やかに過ごし欲しい。屈託なく 笑っていて欲しい。


何故、マオをそっとしておいてくれない?

国や誰かの都合に翻弄され、利用されるのは もう沢山だ。



「━━━━ 護る自信がないか?」

その言葉に、ライルはライックをみた。

「マオを護り抜く 自信がないか?

━━ マリダナの鷹を 仕留める自信がないか?」


ライックの挑発とも取れる物言いに ライルはその眼に殺気を漲らせ 睨み付けた。

「奴は 俺が仕留める」

あれは 俺の獲物だ。


(マリダナの鷹)がいる限り、マオに安息の日々は訪れない。奴の狙いがマオなのは明らかだ。


「マオには山神の者たちをつける。

タクラ殿が信頼出来るものを寄越してくれる」

元々 マオの護衛に山神の者たちをつけることは決まっていた。お前も 承知していた筈だ。


ライックは挑発的な態度を改め、丁寧な口調はまるで言い聞かせるようだった。


「奴の前にマオを出す 必要はない。

お前と行動を共にしている、そう奴らが判断して動けばいいんだ」


ライルの纏う空気が和らいだのを感じたライックは、更に言葉を続けた。


「…ルーシェはマリダナ王妃の護衛に付ける。

マリダナ王の命を受けて、奴が狙っているのは明らかだ」


ライックは再び地図へと手を伸ばし、いくつかの印の付いている中の ある一点を指し示した。

「奴らが狙うとすれば …ここだろう。

今までの奴らの手口を考えての結論だ。

兵の配備も重点 を置いているが、この地形だ。地の利を活かしての攻撃は奴らに分がある 」

ライックは口角を上げ、その瞳に剣呑さを纏いライルを真っ直ぐに射抜いた。


「お前が 奴を引きつけろ ━━━━━ 襲撃前に奴らの動きを封じるんだ。襲ってくるのを待ってやる必要はない。こちらの手の内で 精々 踊って貰うさ」


マオを連れて、この地点まで行け。

マオをそのまま傍に置く必要はないんだ、

お前と共にあると奴らに認識させれば それで いい。

あとは山神の者たちにマオを託せ。

この地は山神の者たちにとって 庭と同じだ。

ここは 護送ルートから険しい山を挟む場所だ。

山神の者たちなら可能かもしれないが、奴らが二兎を追うなら 戦力を分断せざる得ない。


「派手に 奴らを 煽ってやれ」


片側だけ口の端を上げ、瞳に剣呑な光を宿したライックは、ライルの肩を掴んだ。


「奴が どちらかしか選択できないように、誘き寄せるポイントの到達時間を合わせるぞ」

いいな?


ライルの瞳に、冷静な光が戻ったのを確認したライックは、ヨルハルに視線を向け、続けてテリアスを見た。テリアスの瞳からは複雑な感情の動きが見えたが、テリアスはそれを言葉にすることはなかった。


「ユラドラ王」

アルマリアは身体正面を向けるようにヨルハルに向き直った。そして下腹に力を込めて背筋を伸ばした。

「我らエストニルは、ユラドラを裏切ることはございません。わたくし エストニルの王妃は王の名代として この場で お約束致します」

言葉の終わりと共に、起立し カーテシーをとる。


「我が息子、ビッチェルを ユラドラに託したいと存じます」


ライックはテリアスを見たが、表情は動かない。事前にこの事を知らされていたのだろう。


「……それは 人質 として、ということでしょうか」


沈黙の後、たっぷりと間を取りヨルハルは問い返した。マスタリング公爵は閉眼し このことの意図について思考を巡らせているのだろう。

ヨルハルの問いかけに アルマリアは抑揚のない声で応えた。


「…… 個人の感情や関係性だけでは 国同士の信頼を測れぬもの。あれ(ビッチェル)はエストニル継承第二位の王子 ━━━━━ わたくしが 腹を痛めて産んだ子でございます」


エストニルはユラドラに対して二心は ない。


「…… では そのように致しましょう」

宜しいですな、王よ。


息苦しい程の静寂の中、マスタリング公爵は口を開いた。アルマリアの眉が僅かに上がったが、表情から感情は読み取れなかった。ただ、小さく頷き ヨルハルに向かい 更に深くカーテシーを取ったのだった。



















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