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308.逢瀬

往来のある廊下を ライルに抱かれて進む。

窓から見える空は まだ闇だ。冬は朝の訪れが遅いのだ。


あー 今日は晴れるかな…


そんな現実逃避的な思考を巡らせていなければ、恥ずかしさで悶え死にそうだ。こんなことが続いたら 間違いなく長生きできない。

…まぁ…長生きできそうに ないな。

透けている手が、真緒に現実を突きつけた。


行き交う者たちからの視線を避けるように、真緒はライルの胸に縋るように顔を隠した。

兎に角、人前で抱き抱えられて運ばれるなんて 恥ずかしいのだ。何の罰だ。


(…もしかして、本当に 罰?私がこういうの苦手だってわかっていて わざとやってるよね?)


まぁ 怒ってる…よね?

勝手に 外に出て、あの現場に居合わせたのは 流石に不味かった、とは思う。でも 助けないなんて 選択肢は無い。たとえ危険だったとしても、ビッチェルを庇ったことに後悔はない。


(うん。私は 悪くない)


ひとことも喋らないライルの腕の中で、真緒は不安を打ち消すように 自分を肯定するのだった。



「…私が出てくるまで 誰も通すな」

ライルが発する声が彼の胸元を震わせる。胸に寄せた真緒の頬がそれを感じ取る。

静かに扉が開けられて 中へ進むと、背後で扉が締められた。

二人だけの空間に、ライルの鼓動がやけにクリアに聞こえる。高まる緊張に真緒は全身に力が入るのを自覚し、ゆっくりと息を吐いた。


あれ?

ここどこ?


てっきり 元の部屋に戻されるものだと思っていた。

暖炉の炊かれた暖かい部屋は、まるで見覚えの無い場所だった。と言っても、初めましての他人の邸。知っている場所はほぼ無いか。そんなことをぼんやりと考えていると、身体が柔らかいものに沈み込んだ。


肌触りの良いシーツが 身体を包む。

目を瞑り身体を預けると、その心地良さに 強ばっていた 身体の力が抜けてゆくのがわかった。

身体が更に沈み込む感覚と背後から包み込むように回されたライルの腕が、真緒の鼓動を早めてゆく。じわりと背中越しに伝わる熱に一気に体温が上昇する。カッと上気する顔を枕に押し付けて隠した。

ライルに背後から抱き込まれ、寄り添うようにベッドに身体を沈め、会話の糸口を探す。自分の行動に後悔は無いが、ライルに心配をかけたことの後ろめたさが真緒の口を重くした。


(…ごめんなさい、ライル…)


心の中なら こんなに素直に言葉にできるのに、口にするのはなんて難しいんだろう。ライルの息遣いに合わせ、真緒も呼吸を合わせる。背中に感じる微かな震えに ライルの心情が伝わる。申し訳なさに 胸の下で組まれたライルの腕をそっと掴んだ。


「…マオ……」

長く重い沈黙の先にようやく紡がれた低い声に名を呼ばれ、心臓を鷲掴みされたように胸苦しさを覚えた。

「…お願いだから…無茶をしないでくれ…」

言葉と共に首筋にかかる吐息に、ビクン と身体が波打つ。柔らかな感触がうなじを食む。

「…マオ…頼む…」

懇願と共に包む腕はは力を帯びて、真緒を囲う。

ライルの手に自身のそれを重ね、そっと指を絡めた。


「…ごめんなさい…」

ようやく言えたひとこと。ライルからの返答は無かったが、絡めた指が、手繰るように力がこもったのが答えなのだろう。



あんな馬鹿王子を庇うなど!

腸が煮えくり返る。怒りに我を忘れ、乱暴に真緒を抱きそうになるのを理性で抑えこみ、この部屋まできた。

二度とこんなに無謀なことをしないように、きっちりとその身体に、心に 覚え込ますつもりだった。


なのに。

その身体の軽さに。

透けた腕と、この世の存在を疑うほどの透明感を得た肌に。


━━━━━ 儚い 危うさ


この腕から 消えてしまう恐怖に 怒りなど 吹き飛んだ。

彼女を感じたくて、ただ抱きしめた。

その温もり、息遣いに、安堵する。

後ろから抱きしめて、そのうなじに唇を寄せれば、彼女の甘い香りが鼻腔を擽り、おもわず食んだ。


居てくれる、それだけでいい。


その安堵が、腕の中に在る 愛しい人(マオ)を 赦してしまうのだ。



ゴソゴソと 真緒が身動ぎする。

居心地が悪いのか?

隙あらば逃げ出そうとする意図がみえて、囲う腕に力を込めた。逃がすまいと、強くうなじを吸い上げた。


白いうなじに咲く赤い華は、ライルの心を満たした。

ようやく 心に余裕を取り戻し、ライルは真緒の向きを変え、しっかりと抱き直すと、赤らめた顔を背けて隠す真緒の頭に頬擦りした。


「これで終わりだ。全て片がつく。

全て終わったら 王家の庭 へ行こう」

そこで 二人で過ごそう。誰にも邪魔はさせない。

ゆっくりと身体を休めて、生命の力を繋ぐ方法を探そう。

腕の中で、真緒が頷く。

「明日には タクラたちが来る筈だ。

山神の里で 俺の帰りを待っていてくれ」

ライルの言葉に、真緒は顔を上げた。黒曜の瞳が、まっすぐ見つめてくる。ようやく肩まで伸びた黒髪をすくと、サラサラと指を滑ってゆく。その感触を堪能して、温もりから離れるべく 唇を重ねた。


触れて 求めて

深く 強く 求めて

絡む熱が 静寂の空間が 艶めかしを引き立てた。


乱れた息遣いで 懸命に応えようとしてくる真緒を 一度強く抱きしめて 身体を離した。


もう一度だけ。

━━━ いや、駄目だ。きりがない。


「…行ってくる」

離れ難い思いを断ち切るように、ライルはベッドから身体を起こした。

暖炉の炊かれた部屋は暖かい筈なのに、離れた熱が恋しい。真緒の手が、ライルの服を掴んでいた。

きっと同じ想いなのだ。

それが ライルにはこの上なく幸せに思えた。

そっと真緒の手を外し、その手に口付ける。

透明な指先の存在は、青い光を帯びた指環が示してくれた。


惹き合いの石

これはマオと自分を繋ぐもの

お互いを想う気持ちが生み出した【絆】のかたち


指環に唇を移し、真緒が護られるようにと、願いを掛けた。


ライルは 振り返ることなく部屋を出ていった。

真緒は、失われた熱に 寂しさを募らせ 潤む瞳をギュッと閉じた。


どうか 無事で


まだ唇の感触が残る手を胸に抱き、心から祈るのだった。



「逢瀬は済んだか?」

いくら若いとはいっても、早くないか?

ライックのからかいを含む声に、ライルは眉を寄せて不機嫌さを隠すことなく睨みつけた。ライックは大袈裟に肩を竦めてみせ、女を満足させてこそ男だぞ。自分本意な奴は男じゃねぇぞ、と肩を叩いた。

ライックの手をすげなく払うと、ライルは大きく息を吐いた。

余裕がねぇな、冗談も通じないのか。

ライックは苦笑いを浮かべ、気遣うような視線を向けたが、一瞬でそれを消した。

()()()も クライマックスだ。我らの女王陛下は 一切の容赦なしだ」

行くぞ。

ライックは 表情を消し 間合いを詰めた。

「━━━━ 勝てるか?」

低い声が、ライルに問う。

誰に?

とは聞かない。ライルは解っている。

ライックも 然り。


あれ(マリダナの鷹)は俺の獲物だ」


ライルの言葉に、ライックは頷くだけで返した。


奴は 必ずマリダナ王妃ステリアーナを葬るために動く。民衆の間で義賊と崇められる男だ。

国の恥、民の母と呼べない存在を放置する筈は無い。マリダナ王ヤーデンリュードと利害が一致しているのだろう。ユラドラでの動きをマリダナの宰相が手引きしていることがその証拠だ。

エストニルにとって、ステリアーナを葬るのは構わないが、問題はそのタイミングだ。

エストニルの手の中で、葬られてはマリダナに付け入られる口実を与えることになる。

また、まだ混沌としたユラドラの地で、他国の王妃が暗殺されたとなれば、ユラドラとマリダナの関係も覆されかねない。

エストニルにとっては、ステリアーナの身柄を早々にマリダナに引渡し、ユラドラから無事に出国させることが至上命題なのだ。


そこに立ちはだかる マリダナの鷹


真緒を拐おうと企む男は、二人のの時間を脅かす存在だ。今後の憂いを断つためにも、決着をつけねばならない相手だ。


ライルは前を歩くライックの背を見つめ、決意を新たにした。
























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