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304/318

304、奇襲

騎乗するライルの腕の中で 黒髪が揺れる。

黒髪の持ち主は 馬の揺れに誘われ、深い眠りの中に落ちていた。

胸元に引き寄せ 抱き直すと、その髪が胸元で踊った。誘われるように黒髪に頬を填めると、真緒の香りがして、思わず抱きとめる腕に力がこもった。


マオを預かりましょう。


ルーシェは 何度目かの声を掛けた。

手網を取り、真緒を抱いている状況では、攻撃に対して後手にまわる。いくら腕が立つとはいえ、後手に回れば不利だ。

そんな危険に晒せない。


それもあり 腕の立つ者とルーシェがライルの周囲を警護しながら移動しているが、警戒する相手が、盗賊や残党なら 充分応戦できる。

だか、ルーシェが警戒しているのは 『マリダナの鷹』だ。

腕が立つのは、先程のライルとの剣戟で分かっている。今の手勢であの男と互角に闘えるのはライルぐらいだろう。だからこそ、後手に回る訳にはいかない。再襲撃に備え、ライルの身動きが取れるようにしておきたかった。


「…ライル様!」

窘めるようにルーシェが呼びかければ、ライルはようやく視線を向けた。


「大丈夫だ。ヤツ(マリダナの鷹)は今は襲ってこない」

あれだけあっさりと引いたのだ。

マオを奪い返す別の機会を得ているということだろう。だから 今は 襲ってくることはない。

「たとえヤツが襲ってきても、ルーシェの腕なら大丈夫だろう?そのときは マオを頼む」


今だけは、この腕に抱いて 存在を確かめたい。

強く抱けば折れてしまいそうな華奢な身体が、更に小さくなった気がする。抱えたときの軽さに不安が募った。

「…マオ…」

その名を呟けば、身体の内から熱が湧く。胸が詰まるような息苦しさに鼓動も速まる。堪らずもう一度名を口にすれば、口付けずにはいられなかった。


だから…っ!

ルーシェが更に言い募ろうとしたときだった。


馬の嘶きと剣戟の音、真緒を引き寄せ地に伏せるルーシェの動きは同時だった。

突然の襲撃の剣を受けて立ったのはライルだった。

地に伏せたルーシェが真緒と共に騎乗する時間を稼ぐため、ライルは打って出た。

力づくで剣を払い馬を前進させ、まだ姿を捉えきれない相手の剣の軌道を読む。

迷いなく踏み込み襲う剣を鍔で受け止めると、手綱を離した腕で 短剣を掴み身を低くして 横に振り払った。

しかし その剣先は空を切るだけだった。

襲撃相手の気配を探ろうと気配に集中すれば、自身の背後に空気の流れを感じて振り払うように剣を突き出した。


「おっと! … ライル、腕を上げたな」

ライルの背後に密着するようにいつの間にか騎乗したライックが、ライルの喉元に短剣を当てていた。

ライックの合図で 松明が灯されれば、ルーシェの馬は阻まれており、ライルを囲んでいた者たちは地に伏せられていた。


「…だが、率いる者としては 失格だな」

これでは 部下を無駄死にさせることになる。

「ライル、お前が今この集団の長だろう?

それなのに身動きできず 護られる立場にあるとは どういうことだ?

ルーシェだけではこの集団は生き残れない」


…… 何も言い返せない。

ルーシェに何度も諌言されたではないか。


「だから、襲ったのさ」

ライック程の 腕の立つ者に襲われることは 無い。

そんな慢心があったのは事実だ。


「まぁ、俺ほどの手練が ゴロゴロといる訳ではないがな」

ヘルツェイやお前が育てたユラドラの者がどんなものか、確かめたかったんだよ。悪く思わないでくれ。それに ライルも 勉強になっただろう?

師匠として 弟子の教育は大事だからな。


相変わらず飄々とした口振りで ライックはライルの肩を叩き、馬から降りた。

ライックの合図で 拘束されていた者たちは解放され、勝負が短時間で決したことに呆然とした顔が見える。それなりに鍛え 腕を上げたと自惚れた鼻を、ライックは見事にへし折ってくれた。

ライックの手勢を見れば、これまた精鋭を率いていた。どの者もライックが認めた者たちだ。


この顔ぶれでは 勝負にならないだろう…


ライルの物言いたげな視線に気づいたのか、ライックはニヤリと口の端を上げた。

「マリダナの鷹 からマオを護るのだろう?」

俺は負け戦はしない。

勝てる算段をし、周到に準備を重ねて 必ず生き残る。それは俺だけでない。手勢を無駄に失うのは馬鹿な将がやることだ。


ルーシェが何度も 喚起を促していたのに、お前はマオに溺れて聞く耳を持たなかったよな?


「だから、襲ったのさ」


ライックの口調はいつも通りだが、その瞳は厳しく冷ややかなものだった。ライルは返す言葉もなかった。


ライックの言う通りだ。

強く拳を握り、唇を噛み締めながらまだ呆然とし、状況の飲み込めていない仲間のところまで歩みを進めると、ライルは 口を開いた。

「危険に晒す愚かな行為だった。すまなかった」


うん、分かればいい。

ライックはライルの背に喝を入れた。

そのまま ルーシェに視線を向けると、

こういう馬鹿には 力技も必要だぞ、遠慮なくやれ。

と物騒な喝を飛ばした。ルーシェは真緒を抱えながら、ライックに軽く頭をさげた。


やはりこの人(ライック)には敵わないな……

ルーシェもまた、自身の詰めの甘さに後悔していた。


愛し合うふたりの姿に、強く出れなかった。

…だが、結果はどうだ?

己の力だけでは 到底護りきれなかった。

逃げ道は塞がれ、仲間は瞬時に殺られていた。

のだ。


『ライル。ルーシェ。お前たちはマオにもっとも近い存在だ。誤った選択で お前たちを失いたくない』


かつて投げかけられた言葉。

理解できた、そう思っていた。しかし どうだ?


本当に護るのなら、非情にならなければいけなかった…

生きているから 後悔もできる。懺悔もできる。

だが、死んでしまったら 終わりなのだ。


「……ごめん、マオ」

腕の中で深く眠るマオに ポツリ と零す。


「出発するぞ」

ライックは背を向け、合図を出した。























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