30.執務室の密談
━━━あなたのお父さんは王子様なのよ━━━━
夢物語だと思っていた母のひとこと。
お母さん、生きてるうちにちゃんと説明しといてよ!
まさか!この世界に来ちゃったのは この仰天な もしかしたら…のせい!?
衝撃の告白をきいてから、真緒の思考は絶賛混乱中だった。ライルとの甘い時間は瞬殺で消え失せ、現実の問題に頭を悩ませる。
いつの間にかベルタの街に入ったようだ。まだ明けない空は薄暗く、街が目覚めるまでにはもう少し時間がありそうだった。石畳の路を蹄の音が規則的に響く。
馬は質実剛健な建物の裏手で止まった。
考えに没頭していた真緒は、ライルに促されて馬を降りた。正しくは 降ろしてもらった、だ。結構な高さがあって抱え降ろしてもらった。散々密着していたのに、改めて抱き抱えられると恥ずかしい。
そのまま手を引かれ裏戸から建物内へ入る。
ここ どこ?
そんな心の呟きが聞こえたのかライルが教えてくれた。
「ベルタの街の自警団だ」
ライルは歩みを進め、最奥の扉に手をかけた。
「少しでも休むんだ。話しはそれからしよう。
大丈夫だ。私が側にいるから。いいね?」
真緒の背をそっと押して室内に押し込むと、外から扉を閉めて立ち去った。
真緒は 部屋を見回す。飾り気のないベッドと簡素なテーブルがあるだけのシンプルな造り。それでも 今の真緒には有難かった。引き寄せられるようにベッドへ潜り込んだ。
考えるのは休んでからにしよう。
疲れてるときは いいかんがえが浮かばない、うん。
イザはくだんの盗賊たちの処理に追われていた。
部下への指示から書類作成まで休む暇なく取り組むと、終わりが見える頃には空が白みかけていた。
ペンを置くと、グッと背を反らし伸びをする。首を回し、肩を揉んでいると、馬の短い嘶きが耳に入ってきた。
(…本当にきたのか…)
イザは立ち上がり窓際で外の様子を伺う。屋内に入る2つの影を認めると、ふぅ、と長く息を吐いた。
あの男から連絡がきたのは、タレコミを受けて 渓谷の館へ向かう直前だった。
木を隠すなら森の中、貴方の側が一番安全です
そう書かれたメモが届けられたのだ。真緒のことだとすぐにわかった。このタレコミも関係しているのかもしれない。
イザも渓谷の館が所有者は宰相だと知っていた。宰相本人が訪れることもなく、老夫婦が住んでいるだけだったので、気に留めてなかった。そこに、誘拐目的の盗賊が襲撃する という情報だ。情報があった以上向かわない訳にはいかない。
川辺に集まっていた盗賊を捉えてみれば、相場以上の金で雇われた破落戸たちで、館に居る金持ち貴族の隠し子を拐って連れていけば金が貰える、雇い主の正体は知らないというお粗末なものだった。ただ 館の警備が今晩は手薄になっていたこと、老夫婦以外は居ないと一点張りなのが なんとも不自然だった。
そしてライックからの忠告━━━
真緒の誘拐に、宰相が関わっていることはまず間違いない。テリアスが単独で動くとは考えにくい。宰相の指示があるとみて間違いないだろう。誘拐までは解る。破落戸を使ったのは誰だ?
コンコン…
控えめなノックのあと、イザの返事を待たずに扉が開いた。ライルは身を滑らすように入ると後ろ手に扉を閉めた。
「協力に感謝する」
ライルは言葉と共に頭をさげた。イザはそれを手で制しソファへ座るよう促した。
「彼女は?」
「休ませました。かなり疲れていたので」
ライルの返答に肯き、対面に腰掛ける。イザはライルに説明を求めた。
ライルはヴィレッツのことは伏せ、イザに順を追って話した。馬上で聞いた真緒の脱出武勇伝を話したときのイザは渋い顔になり、頭をガシガシ搔いた。
「…じゃじゃ馬が…!そんなところまで母親に似たか…」
深いため息と共に漏らした呟きは哀愁漂うものだった。
ひと通り話が済むと、これからどうするかの話をする。このままここに匿い続けるのは無理がある。
宰相もこのままという事はないだろう。
「マオの気持ち次第だが、国王に会わせたい。国王が知ればマオの安全が保てる」
国王の子の可能性が知られれば、簡単には手出しができない筈だ。それにはイザも同意見だった。
「貴方は父親と対立する覚悟があるのか?」
最後にイザはライルに問う。
ライルは真っ直ぐにイザと視線を合わせると、迷いなく言い放った。
「親と思ったことはない。あの人の関心はこの国だけだ。マオを護る、それだけだ」




