3.二人の男
現れたのは若い男だった。
手に持つランタンを真緒の方へ突き出し、迷いなく近づいてくる。真緒は目を逸らすこともできず、金縛りに遭ったように立ち尽くし、身を固くした。
男は真緒の数歩手前で足を止めた。背は真緒よりも頭2つは大きいだろうか。短髪の髪は月明かりに照らされ白銀に輝き、端正な顔立ちをより魅力的にしていた。
「ここで何をしている」
明らかに日本人ではない美形の問いに、真緒の緊張はピークに達していた。身体は膝から崩れ、唇は震え、言葉にならない何かを必死で紡いでいた。
そんな真緒の姿をランタンが照らす。
「…黒髪…?」
男の口から驚きを含んだ呟きが漏れた。青紫の瞳が真緒を捉える。
はい、私は黒髪です。日本人です。
どうでも良い返答が頭の中をめぐる。真緒もパニックに陥っているが、男も困惑しているようだった。
「どこから来た?」
問いかけられても言葉なんて出てこない。
「お前、名は?」
ごめんなさい、そんなに質問されても答えられません。絶賛混乱中の真緒は心の中で返答するのが精一杯だった。
「おう、こんなところにいたのか」
ガサガサと下草を踏む音を立てながら、第二の男が現れた。赤茶の髪に垂れ目の愛嬌のある男は真っ直ぐ真緒に近づくと己のマントを外して真緒の頭から被せた。突然遮られた視界に驚く間もなく、視界が回転した。担がれている状況を理解するにはかなりの時間が必要だった。
「黙ってろ。助けてやる」
垂れ目の男は真緒に囁くと、真緒を担ぎ直し白銀の髪の男に向き直った。
「何か失礼でもありましたか。田舎者の子供のこと。お許しいただけないでしょうか」
言葉丁寧に垂れ目男が謝罪する。白銀の髪の男はランタンを手元に引き戻したが、視線は外すことなく垂れ目男を見据えた。
「お前の知ってる者か。お前の名は?」
「イザ、と申します。この子は宿屋マルシアの預かり子です。姿が見えず探しておりました。土地勘がないので迷い込んだのでしょう、どうかお見逃しください」
「歩き回って疲れたのでしょう、寝てしまったようだ。では、失礼いたします」
イザはまだ問おうとする白銀の髪の男を早口で制し、背を向け歩き出した。
白銀の髪の男はイザを追うことはしなかったが、背に向けられた視線はそれが闇に溶けるまで外れることはなかった。
「おい、聞こえてるか」
イザの声に真緒は身体を起こそうとした。イザは真緒を下ろす気はないのか足を止めずに簡単に担ぎ直した。
「お前、渡り人だろ」
大丈夫だ、敵じゃない、と言われても何を信じていいのか判らない。ん?渡り人って?
疑問の心の声が聞こえたのかイザの話は進んでいく。
「違う世界と繋がる力があの樹にはあるらしい。精霊の気まぐれだと言われてる」
「俺はイザ。ボウズ、名前はなんだ?」
んんん?なんか聞き捨てならない単語が聞こえましたが?18歳の乙女に対して失礼過ぎるだろう!
警戒心よりも失礼発言に対する怒りが勝った。
「ボウズじゃない!もう降ろして!!」
拳を固めイザの背中に沈める。頭から被されたフードに阻まれて振りかぶらないのが非常に残念だ。
イザに可愛いもんだと声を上げて笑われて、悔しさ倍増。手も足もバタつかせ全身で抗議した。
「おい、暴れるなって。ほら、着いたぞ」
背中に弱くない衝撃を受け、投げ下ろされたと分かった。痛みに悶えながらフードを剥ぎ取るとそこは暖炉が焚かれた室内だった。