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295.罪と償い

商家の造りは無駄が無い。

貴族の邸宅のように回廊や庭園が無く、直線の廊下に部屋が並ぶ。敷地内には大きな蔵が規則性を持って何棟も並び、夜更けでも煌々と炊かれた松明の中に行き交う人夫の姿があった。

その様子を横目で見遣り、イザは奥まった一室の前で足を止めた。そこはビッチェルに宛てがわれた居室だった。

数回ノックすると、内からソルタスが顔を覗かせた。訪問の理由を告げる前に、大きく門戸を開き、どうぞお入りください、と指し示す。

その先、ビッチェルと向き合う形で座る男に視線が向いた。トラサーズ商会 会頭・マキシナス。この館の主人だ。


ライックの息のかかった商会のひとつが、トラサーズ商会だ。(シュエット)の市井活動、他国への諜報活動を支える拠点ともいえる。その繋がりは幾重にも秘され、容易に繋がりを追えるものでは無い。極左貴族とマリダナとの接触もこの商会が一枚かんでいる。これも ライックの指示によるものだ。


トラサーズ商会の会頭は 商会を一代で発展させてきたやり手である。スキンヘッドに近い頭部に丸顔、恰幅の良い腹周りを擦りながら歩く姿は、まるでハンプティダンプティだ。常に紅潮した頬には皺が見当たらず、一見では年齢まで分からない。そんな愛くるしい姿に、暗部との繋がりを想像する者は皆無だろう。

この男は貴族ではないが、マージオを国王にするべく影から支えた者のひとりだ。あの頃 既にトラサーズ商会の会頭であったのだから、裕に歳は60を超えているであろう。ライックの子飼いと云うよりは、ニックヘルムとの繋がりが強い人物なのだ。


その男が、ビッチェルと共にいる。

イザも何度か団長に遂行して、マキシナスと顔を合わせているが、愛想の良い笑顔と会話の裏に 何を考えているのか読めない男だった。団長となったとき、ライックから秘密裏に紹介されたのだ。

この商会が扱うのは他国からの物流だけだない。生きた情報が、トラサーズ商会の売りなのだと。上手く付き合え、と。


「…お待ちしておりました。団長」

恭しく礼を取るマキシナスは、イザと入れ違うように扉へ向かう。殿下にご挨拶に伺ったのですよ、イザの視線に答えるようにマキシナスは愛想の良い微笑みを浮かべ、 では 私は先に失礼致します と 扉の向こうへ消えていった。

その姿を振り返り見送ると、イザはビッチェルに向き直り 改めて礼を取った。

「…会頭が 何か?」

探るような言葉をイザが口にすれば、ビッチェルは眉間に皺を寄せ、厳しい顔つきとなった。

「…挨拶にきた。それだけだ」

フイ と視線を逸らすビッチェルの姿に違和感を覚える。ビッチェルの前まで進み出ると、膝をつき正面から見据えた。

「殿下。我々は貴方様の力になりたい。お心を明かして頂けませんか?そうでなければ 我々は動けません」

真摯に向き合う姿勢をイザが示せば、意を決したようにビッチェルは視線を合わせた。


「━━━━ 私は 亡命を装い マオの棺と共に マリダナへ向かう。マリダナがエストニルの内政に関与した証拠が私だ。それを明らかにすることで 国内の粛清が図れるだろう。マオを脱獄させ、手にかけた者がマリダナの手の者だと 証明できればそれで良い。兄上のお役に立てれば 本望だ」


マオを死なせたくなかった。

マオが死ねば、父上が悲しむ。その姿に母上が悲しむ。もう そんな姿を見たくない。

私は 渡りの樹に火をつける 大罪を犯した。

私の存在は、父上を… 母上を… 苦しめる。

…兄上の立場を悪くする。

こんな私だが、せめて 国を護るため 役に立ちたい。


ビッチェルは淡々と語った。凪いだ瞳は澄んでいて迷いがなく、イザの瞳を真っ直ぐに捉えていた。


「…済まないが マリダナの宰相と接触するまでの護衛を頼みたい。そして、私を囮とし、国を裏切る者を炙り出して葬ってほしい」

覚悟の上なのだろう。だが、伝えなければなるまい。イザは、腹の下にグッと力を入れ姿勢を正すと、重い口を開いた。

「殿下のお心、確かに伺いました。

ですが…殿下に力を貸した者たちは 既にマリダナの手の者によって葬られております。

策を講じずに ユラドラに向かいマリダナの宰相と接触を図ることは 御身を危険に晒すことにしかなりません。下手をすれば、人質として 交渉のカードとされることでしょう」

身を震わせ 表情を固くしたビッチェルの顔色は蒼白だった。力を貸してくれた者たちが葬られた事実、自身が人質となる危険性を知らされ、ビッチェルは愕然としていた。


今更 事の重大性に気付いたか……

イザは内心で舌打ちする。


…自身の行動に伴う責任を重く受け止めて貰わねば


ビッチェルを王太子に推す貴族らが、サウザニアと手を組み 起こした国王暗殺未遂もそうだ。

ビッチェルは留学という形で責任を負うことなくマリダナへ逃れた。あのとき自身の罪と向き合わせていれば、甘言にのり、渡りの樹に放火するなんて愚行を起こすこともなかったのではないだろうか。

マオが生命の期限に晒されることもなかった筈だ。


成年に満たないとはいえ、王族なのだ。

自身の言動がもたらす結果について知り、責務を負う覚悟を持って然るべきだ。


「殿下の行動によって 晒される生命があるのです。その言動には 責務が伴います」

低く抑揚のない声がビッチェルを諭す。

イザは交わす視線を逸らすことなく、言葉を重ねた。

「…人員の配置など 細々としたことを詰めなければなりません。少し時間を頂いても宜しいでしょうか?」

エイドルはイザの斜め後ろに控え、ビッチェルの前に膝をついた。

「殿下、発言のお許しを。

私は 殿下をお護りするためにお傍におりますが、御身を大事になさってください。渡りの姫が…マオが 悲しみます」


その言葉に、ビッチェルはゆらりと視線をエイドルに移した。ぼんやりとしていた視線には、一瞬、光が宿った。エイドルはそれを見逃さなかった。その視線を捉え、強く頷き返した。

「マオは 弟君である殿下を 護りたい 、そう口にしておりました」

「…… マオ が ……?」

エイドルは力強く頷いた。

そうか…

そう呟き 肩を落として俯くビッチェルの姿は、年相応の少年だった。気性が荒く、落ち着きのない王子だときいていた。ちやほやするだけで、本気で諌める者が周囲にどれだけいたのだろうか。

自身の周りには、寡黙な(ダン)に変わり、(ルーシェ)や王都の騎士たちがエイドルを叱り誉め、腹を割って話を聞いてくれた。人に恵まれていたと思う。

…ビッチェルは まだ子供だ。

それなのに 自身を囮にし、死して償おうと考えることが許せない。

犯した罪を背負い、この先の人生を歩む。

怒声や嘲笑を浴びることも あるだろう。

それでも、犯した過ちの結果を受け止めて生きる。

それが 償いなのだと 知って欲しい。


「…それでは 明日昼まで時間を頂きたいと存じます」

イザはビッチェルに礼を取ると、エイドルを促し退室の許可を得た。

頷きで退室の許可としたビッチェルに、深く礼を取ると イザとエイドルは足早に部屋を後にした。

その足で館の主人・マキシナスの執務室へと向かう。


松明が煌々と炊かれた蔵の並ぶ路を進み、別棟に向かう。イザの背にエイドルは問いかけた。

「団長は 殿下をどう見ますか?」

「…どう とは?」

裏切り者ではないか、いうことか?

イザは足を止め、顎に手を当て天を仰ぎ見る。


「…オレが 信じたのはナルセル王太子だ」

迫る濁流からベルタの民を護るため、貴族街の広場に許可なく避難させた。貴族たちはそんな民を弾圧しようとした。あのとき、ベルタの民の怒りは貴族だけでなく、王家へと向けられた。憎悪の目が向けられる中、ナルセルは その憎悪の矢面に立ち、不当な貴族を弾劾し民に誓ったのだ。


「私は 次期国王として誓う。

この国で民を虐げる貴族を許さない。

私は この国を支える民を大事にする」


握る拳は震え、それでも、声が震えないように下腹に力を入れて声を張る。

憎悪の視線を向ける民の前に立つ。

16歳のナルセルにとって、それは敵の前に一人立つよりも勇気の要るものであっただろう。


「…そんな姿を見て、オレは殿下が王となる国を支えたいらと思った。だから 忠誠を誓った」

イザはエイドルに向き直った。松明に照らさせた横顔には笑みはなく、瞳は鋭さを増していた。

「…だが、民を裏切ることがあれば 。

オレは 民を護るために 立つ。

王家が 民を大切にし護る盾となる間は、オレの忠誠もそこにある」

だから、オレはビッチェル殿下を見極める。

言い切ると、イザは背を向け再び歩き始めた。


「━━━ 別に 報告しても構わないぞ」

いや、きっとライックはオレの腹ん中なんて 知ってるだろうけどな。


エイドルはその背中を追うように 付き従う。


父さん(ダン)が 市井で暮らしているのも、イザと同じ気持ちなのだろうか……


夜風が エイドルの気持を不安にさせる。

頭を振り、大きく息を吐き出す。


マキシナスの執務室は もう目の前だった。









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