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294.これから

「━━━ そこまでだ、エイドル」

開け放たれた扉から掛けられた救いの声は イザ だった。

真っ直ぐエイドルに近づくと、柄にかけた手を掴み 外させた。

「━━━ 御前である、控えよ」

イザに掴まれたエイドルの腕には 最早力など入っていない。強ばって動かせなかったのだ。王子に剣を向けるなど、王家の盾として活躍した父を尊敬しているエイドルにとって、谷底に身を投げるよりも難しいことだ。

「━━━ 控えよ!エイドル」

イザの強い口調に、弾かれたようににエイドルは膝をつき礼を取った。ご無礼をお許しください、そう告げる声は微かに震えていた。

「殿下へのご無礼、私からも お詫び致します。ここは私に免じて お許し頂けないでしょうか」

イザはエイドルの隣に並び、同じように膝をつき深々と許しを乞う。

重い沈黙を救うように、ソルタスの落ち着いた声が静かに響いた。

「…殿下。私が貴方様の傍を離れることは 決してございません。お生まれになってからずっとお傍におりました。留学にはご一緒できませんでしたが、不肖ソルタスがお傍に居る限り、道を誤ることはございません」

近侍らしい隙のない立ち振る舞いで、ビッチェルの前で礼を取るその姿が、ソルタスの信念を体現していた。

その姿を凝視する ビッチェルの瞳からは 狂気の色は失せ、瞳は潤み、幼さを残す少年らしい表情が浮かんでいた。

深呼吸を何度か繰り返すと、ビッチェルはイザに向き直った。

「…自警団の 団長であったな? 折り入って相談したい。今後のことだ、力を貸してほしい 。

…ただ、少しだけでいい。気持ちを落ち着かせる時間が欲しい」

ビッチェルの言葉にイザは 構いません、と答え、ソルタスに目配せした。ソルタスの頷きを確認して 騎士を呼ぶと、部屋へと案内するように告げた。

ソルタスに促され、ビッチェルは部屋を後にした。

その後ろ姿を騎士の礼をとり見送る。

イザは扉向こうに控えていた騎士に人払いを命じると扉を閉めた。

くるり、と踵を返すと、大股で木箱の前までやってきた。

そして、大きく息を吐きガシガシと頭を掻いた。

「…… で? どうしてマオは死んだことになってるんだ?」


生きてるんだろう? どうせ 狸寝入りだろう?

ほら 起きろ!


ちょっと! 木箱を蹴るのはやめてください!

本当に エイドルにしても、イザにしても私の扱い酷くない?


フツフツと湧き上がる怒りを抑えることができず、木箱の縁に手をかけると勢いよく起き上がり、叫んだ。


「なんで蹴るのよっ!」


肩で荒く息をして、胸元を赤黒く染めた姿は 異様だろう。さすがのイザも 言葉を失い、あ然としていた。

「……手が込んでるな…」

そんな コメント必要ないし。

それにコレ、作り込んでないから!

「殺されかけたの……コレは返り血みたいなもの」

眉間にシワを寄せて肩を竦めれば、イザの表情が強ばった。ビッチェルが助けてくれたのだと説明したが、イザは不満げに鼻を鳴らした。


結局マオを囮にしたのかよ… 許さねぇ…


放つ殺気に空気が凍りついたが、気にしないでおく。

立ち尽くすエイドルの表情はこわばり蒼白だった。

そりゃ そうよね。

囮にしようと企んだ人たちの 片棒担いだんだもんねえエイドル? この薄情者! 裏切り者め!


ここぞとばかりに、睨みつけておいた。

エイドルは、真緒のそんな視線から目を逸らし、助けを求めるようにイザに視線を送る。その視線を受けたイザは大きく息を吐いて、口を開いた。

「… じゃぁ、この事態を説明してもらおうか?」

イザに説明を求められ、ここまでの経緯と死人となった成り行きを話した。


ヤーデンリュードの手の者が ビッチェルに接触を図った。その協力を得て 真緒を逃がし、マリダナへ連れ去る計画を察知したニックヘルムは、先手を打つことにした。ライックの命を受け、エイドルはビッチェルの傍に潜入したのだ。

護衛を兼ねてのことだ、そうエイドルは言うが、顔色が悪く、どことなく歯切れが悪い。

…護衛だけではないのだろう。

国を裏切り、不利益と成す行為となれば王子といえど粛清の対象だ。そういった密命を受けているのだろう。

自分よりも歳若い王子を手にかける、そんなことをエイドルに命じるなんて。

真緒の中に、沸々と怒りが湧いてきた。


━━━━ 絶対にさせない!

裏切ることも。

粛清させることも。


国を護ることは そこに暮らす民を護ること。

でも、だからといって 犠牲にして良い生命なんてない。


「エイドル、ビッチェル王子は本当に裏切ると思ってるの?」

真緒の声は怒りを堪えているからか、やや高く震えていた。頬を紅潮させ、潤む瞳には怒りの色を浮かべていた。その視線に真摯に向き合うように意思を込めた強い視線を返した。

「わからない …だから ちゃんと見極めるために一番傍にいようと思う」


ニックヘルムに呼ばれ、ライックから命ぜられたこと。場合によっては 王子を手に掛けることになる。

それを覚悟の上で この任を引き受けたのだ。


ビッチェルが裏切ることなどない。

渡りの樹に火を放ったことも、国を護りたい気持ちを利用され、間違えただけだ。


そう考えている。いや、そう信じたい。

だって マオは そう信じているだろうから。 俺も信じる道を選ぶ。


「ちょっと!聞いてるのっ!」

そんな決意を新たにしていると、頬を膨らませ真緒に詰め寄られていた。聞いてる!慌てて答えれば 、真緒の勢いは無くなり、消え入りそうな声で口にした。

「だって…弟…だから、一応、ね。向こうがどう思ってるかは、知らないけど…」

恥ずかしげに ごにょごにょ とまだ呟いている姿は なんとも愛らしくエイドルの頬も緩んだ。


「お前ら 痴話喧嘩は後でやれ」

これからの話をするぞ。イザは パンパン と手を鳴らし 真緒とエイドルの間に割って入った。イザはエイドルの耳元に顔を寄せると ライルに締められるぞ とニヤリと笑った。

━━━━ そんなんじゃない。

反論しようと口を開きかけたところで、 わかってるさ イザの口許がそう告げていた。からかいを含んだ視線を向けられ、エイドルは眉を下げた。


この人(イザ)は、俺がこの任務を引き受けた本当の理由に気づいているんだろうな。

真緒の残された時間を 傍で見守りたいのだ。

後悔はしたくない。

危険な目にあって欲しくない

穏やかに 幸せに 笑っていて欲しい


そして 叶うなら 最後の その瞬間(とき)に 傍にいたい


「━━━━━ おい、聞いてるのか?」

イザが呆れたように エイドルをドヤし、頭をガシガシと掻いた。エイドルは集中をイザに戻し、話の続きを促した。


エストニルで暗躍するステリアーナの目を掠めるように、マリダナ王が密かにビッチェルと接触を計ったのだ。

ビッチェルを使い、真緒をマリダナの手中に収め、交渉のカードとするつもりのようだ。

あの女狐は、既にマリダナとの交渉カードにならない。

何故なら、ステリアーナのエストニルでの愚行の事実が、マリダナ王宮のみならず市井でも広がっているのだ。悪意を含み意図的に流布された 奔放な男女の関係が面白おかしく噂される中で、さすがに厚顔無恥なステリアーナでも帰国は望むまい。

そして、国内外の噂の事実確認をしたマリダナ王は、既に王妃を見限っているのだ。

ステリアーナはヴィレッツを味方にし、エストニル国内を混乱に陥れ それを手土産にするつもりなのか。

それとも ヴィレッツを至高の冠に推しあげ、自身の地位を得ようとしているのか。

ヴィレッツの策に踊らされ、行動もなりふり構わないものになっている。真緒の謀殺もステリアーナによるものだろう。

「…女狐(ステリアーナ)と殿下が 宰相の手を逃れるため ベルタに向かう手筈になっている」

宰相は、このベルタの街で 全てに決着をつける腹積もりのようだ。

マオ、お前は山神の使いが保護する。


「兎に角、オレは殿下の話とやらを聞いてくる」

話はそれからだ。マオは 死んだことにしておく。見つからないようにしばらくその木箱に隠れていてくれ。

話終えると、ふぅ と大きく息を吐き、お前は来い、とエイドルを連れて扉を目指した。

「いいか、マオ。俺が戻ってくるまで大人しくしているんだ。この部屋から出るなよ」

わざわざ振り返って、指差して念押しするイザに、イラッとする。手元にあったクッションを投げつければ、憎いほど鮮やかにキャチして 投げ返してきた。

ほら、大人しくそこに入ってろよ。 なんなら抱き入れてやろうか?

━━━━ ニヤつくイザの手は借りない。絶対だ。

足を踏み鳴らしながら、自ら木箱に入って背を向けた。

「いい子だ」

子供扱いするイザの言葉を背中で受けて、扉が閉まるのを待つ。

遠ざかる足音が聞こえなくなると、真緒はゆっくりと身体を起こした。

キャンパスを手に取ると 強く胸に抱いた。


腕の透けは更に進んでいる。

山神の使いに保護されれば、もうお母さんの願いを叶えることができないかもしれない。

死んだことになってるなら、かえって好都合なのではないのか。

ここがベルタの街なら、王家の庭までは歩いてゆける。森を抜けてゆけば一時間くらいだろうか。


「…よし!行こう!」

今から向かえば、朝までには帰って来られるはず。

さすがに明け方まで 状況が動くことは無いだろうし。

血のついた服を脱ぎ、クッションに着せる。部屋にあったクッションも拝借し、人型を作ると 毛皮をしっかりと被せエイドルのマントを木箱を隠すようにすっぽりと掛けた。


真緒の替えの服は あっさり見つかった。

物置部屋のように雑然とした部屋には、男物の服も選びたい放題だった。できるだけ簡素に、少年のような出で立ちになるようにし、黒髪にはスカーフを巻いて隠した。夜闇に紛れる黒髪だが、街を抜けるまでは目立つ。


窓のない部屋の出入口は、扉だけだ。

だが、イザは鍵をかけていた。まぁ、そうだよね。

別の出口を探して見回していると、扉の向こう側から男たちが近づいて来ているのが、声が大きくなることでわかった。


…… どうしよう ……!


鍵をいじる音が無情に響く。不味い、隠れないと!

咄嗟にて身近にあった木箱へと滑り込んだ。

と、同時に扉が開くのを感じ、真緒は身体を丸め息を潜めた。

早く出ていって!お願い、気づかないで!

祈るように 目をギュッと瞑り、息を凝らした。


男たちの会話は他愛もないものだった。

好みの女の話をしながから、木箱を物色しているようだった。

「…これか?」

「ん…、あぁ これみたいだな。紋章が入ってる」

その言葉と共に、浮遊感が真緒を襲った。


え……っ…、


声を上げることもできず、真緒は目を見開き固まった。施錠する音が 聞こえ、しばらく揺れれば冷たい風が、隙間から入り込んできた。外に出たのだろうか。


隙を見て 逃げなければ、

そう心の中で決意を固めるが、訪れたピンチに 為す術がなかった。













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