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280.訪問者

…首が痛い。お尻も腰も…痛い。


しばらくは馬車での移動は遠慮します。

馬車の椅子は木製だからどんなにクッションを敷いてあっても、長い時間乗っていれば痛い。更に、肩や腕、脚など、挙げたら切りが無いくらい身体のあちらこちらが痛い。痣になっている。

ルーシェに尋ねれば、かなり馬車が揺れましたから、と言われた。道が悪かったのだろうか?前はそんなに揺れなかったと思う。

それに、こんなに痣ができるくらいなんだから目が覚めても良さそうなのだが、王宮に到着し、ハルセンに声をかけられるまで起きることは無かった。ライルの言った通り、私の信用はなかったらしい。すっかり眠らされていた訳だ。


「…ねぇ、起きちゃダメ?」

もう腰も背中も痛くて限界…。ルーシェに泣きつけば、今回はあっさりと許してくれた。

真緒はいそいそとベッドから起き出すと立ち上がり、大きく伸びをした。身体バッキバキなんですけど。


少し前に王宮のヴィレッツ邸に到着した。ハルセンの診察を受けて、一息ついたところだ。

ルーシェが部屋を出ていくのを確認してから、足元の絨毯に座り込むと、ストレッチを始めた。肩を伸ばし、首を回す。脚を開いて前屈する。

仕上げは猫のポーズだ。膝立ちから俯せてゆっくりと腰を挙げてゆく━━━ 筈が、勢いよく抱き込まれて敢え無く絨毯に寝転がった。

「しっかりして!」

腰にまわされた腕は力強い。

「目眩がするの?気持ち悪いの?」

そんなに激しく身体を揺すられたら、本当に具合が悪くなっちゃうよ…。真緒はルーシェの手に自分の手を合わせて、大丈夫だと合図した。

「驚かさないで。心臓止まるかと思ったわ」

勘違いが恥ずかしかったのか、少し赤らんだ顔を手で扇ぎなら、ルーシェはマオを立たせてソファに座らせた。

ルーシェ…。あなたの心臓、こんなことじゃ止まらないでしょう?肝が座ってる姿、知ってるよ。

心の中で突っ込みを入れる。でも、本気で心配しているこがわかるから、申し訳なく思う。

生命の力のこと、ルーシェも知っているんだもんね。

ルーシェの入れてくれたお茶を飲むと、身体の芯から温まる。まるで生姜茶を飲んでいるみたいだ。

風邪をひくと、お母さんが生姜をすりおろし、はちみつを入れて作ってくれたお茶。懐かしく思い出せば、味もなんだか似ているような気がした。


思い出のお茶に浸っていると、来客の知らせがあった。応対はルーシェに任せ、他人事のように外を眺めていると、何やら扉の外が騒がしい。

ここはヴィレッツ殿下の王宮内の邸だ。

ここで働く者たちは、大概のことで騒ぐことは無い。ちゃんと教育されたプロ集団だ。警護する騎士たちもアイドル級の容姿に実力派揃いとハイスペックなのだ。騒がしさより、浮き足立つ姿の方に興味を引かれ、真緒は扉へと近づいていった。


「マオ!」

咆哮のような低い声が、地鳴りのように扉を揺らす。あまりの迫力に 扉にかけた手を外して後ずされば、勢いよく開いた扉から飛び込んできた人影が真緒を抱き締めた。

「…無事か?…心配させないでくれ…」

懇願するような掠れ声が、真緒の頭上から聞こえる。胸に抱き込まれた真緒は、力強く抱きしめられて、固まっていた。押し付けられた胸の飾りが顔に当たり地味に痛い。こんな力一杯押し付けるなら、装飾品は無しでお願いします、お父さん。

顔にスタンプされたであろう辺りを、擦りながら腕から抜け出せば、マージオは潤んだ瞳をマオに向けていた。

国王が突然やってきたら、そりゃぁ 騒ぎになるね。

あの勢いだし。

王を止められるのは、王妃様か宰相くらいだよね。


その宰相とヴィレッツは諸用で不在だ。

真緒が王宮に到着してまださほど経っていない。報告を聞いて、そのまま向かってきたのだろう。

それだけ心配してくれたんだと、好意的に解釈することにし、真緒はマージオと向き合った。

「ご心配お掛けしました。もう大丈夫です」

べこり と頭を下げれば、よく顔を見せて、とマージオは真緒の頬に手を添えた。


マージオは人払いをすると、真緒の手を引き、ソファへと腰掛けた。恋人ではないので、隣同士は勘弁願いたい。マージオの隣を避けて 別にの椅子に腰掛けると、なんとも残念そうな視線を向けられた。敢えて無視だ。

「突然済まない。マオと話がしたかったのだ」

気を取り直したのか、王様然の口調で訪問の理由を告げた。

「…身体は どうなのだ?」

どう、と言いますと?生命の力のことだろうか?

それとも 噂の懐妊説か。全く迷惑な話しだ。

「え…と、元気です」

間抜けな答えだと思うが許してほしい。

真緒の言葉にマージオは眉尻を下げて、困ったように額に手を当て視線を逸らした。

「その…なんだ…」

言いずらそうに言葉を濁すところを見ると、懐妊説の方か。それならズバリ答えてやる!

「妊娠なんてしてません。有り得ない」

そんな噂を立てられて腹ただしい限りだ。

嫁入り前の乙女になんて噂を流すんだ!今更ながらに腹が立つ。そして、それを信じた目の前の父親にも腹が立った。仮にも娘に対して、そんな噂を信じるなんて失礼ではないか!

そんな思いが篭ってしまってのだろう。きつい物言いになってしまった。

しまった…。さすがに王に対しての態度ではない。

後悔したが、マージオは気にしていないようだった。


解っている。

そう手で制した。言葉を探しているのか何度が口篭りようやく口を開いた。

「…王妃に叱られたのだよ。マオはミクでは無いと。18年間貴方の傍で支え合ってきたのは、ミクではない。私たち家族なのだと。いつまで亡き姿を追うつもりなのだと」

瞳を伏せ、両手で顔を覆う。ガックリと肩を落とした姿を真緒は静かに見つめた。

「…すまない。マオにも辛い思いをさせた」

王家の庭でのことだろうか?

お母さんのフリをしたことで、お父さんのお母さんへの気持ちを知ることができた。今なら 良い追体験だったと思える。

「…今回のこともそうだ。マオを失うかもしれないと 知ったとき、永遠にミクを失う恐怖に、あんな噂を信じてしまった…」

そう項垂れる背中はとても小さく見えた。

王として立つあの姿からは想像できない、心優しく弱いマージオというひとりの人間の姿。きっと、お母さんはこの姿を知っていて、愛おしく護りたいのだと思っのだろう。

……仕方のない お父さんだ。


「もういいです…わかってもらえれば」

真緒の許しに、マージオはのろのろと顔を上げた。真緒の気持ちを探るような上目遣いな怯える瞳は、まるで捨て犬のようだ。間違っても他所では見せられない。

「本当に 妊娠なんてしてませんから!」

そう言い切れば、マージオの顔には安堵が浮かんだ。そして、何度も頷き、そっと真緒の手を取った。

「身勝手なことだと、今更父親図らするなどわかっている。でも、マオには幸せになって欲しいのだ。誰の為ではなく、己の幸せを考えて生きて欲しい。想う相手と添い遂げて欲しいのだ」

見た目以上にゴツゴツとした手は、真緒の手を包み、優しく撫でた。


「……ニックヘルムの息子と 婚姻を望むか?」


低く通る声が、真っ直ぐ揺らぎない瞳が、真緒を捉えた。包み込む手にあった意識をマージオに向け、真緒はその視線に逸らすことなく見つめ返した。


「ライルを愛しています。共に生きたい、そう思っています」


凛とした声が、静かな室内に響く。

マージオは目を細め、これ以上ない悦びを湛えて微笑んだ。

「…そうか、では 急がねばな」

噂を打ち消すにもちょうど良い。すぐに式の手配をしなければな。呟くマージオを真緒は慌てて止めた。

「待ってください!結婚はしない!一緒に居られれば良いんです!」

私が死んだら ライルを大切にしてくれる誰かが隣に並べるように。私はあと少しで消えてしまうのだから。

残された時間、恋人として共に過ごせたら、それでいい。

「…それでは…」

マージオの言葉は、荒々しく開く扉の音に遮られた。乱れた足音と人の気配に振り返れば、そこに立つ意外な人物に、真緒は固まり、マージオは青くなった。侍女を始め、護衛騎士からルーシェまで、かなり動揺しているのが一瞬で伝わってきた。


「……マディ…… どうしてここに?」

喘ぐようなマージオの声が、乱れた息遣いと共に室内に響く。だるまさんがころんだ、のように誰も身動ぎせず、国王夫婦のその後の展開に注目する。

乱れた呼吸を広げた扇で隠し、マディ━━王妃は微笑んだ。


「私も お話に混ぜてくださいませ」



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