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28.一難去って

男たちの話し声が届かなくなった。

もう川のせせらぎも聞こえない。木立がひらけた場所で 真緒はようやく自由を得た。

改めて誘拐男を見た。黒いフードを目深に被り怪しさ満点である。しかし、真緒を解放したところをみると命の危機は去ったのだろうか。

「お嬢ちゃん…マオ、だっけ?大丈夫?」

フードを外し、真緒の前にしゃがみ込んだ。月光に照らされたその男は 目尻の皺すら魅力的なナイスミドルだった。

「俺のこと、覚えてる?」

「…イザが昔世話になった人…?」

疑問形になったのは、ちょっと自信がなかったから。

正解!ライックは親指を立てて豪快に笑った。

「ライックだ。危なかったなぁ、間に合ってよかった」

真緒の頭をポンポンすると、優しく背を撫でてくれた。お父さんってこんな感じなのかな…真緒の心がじんわりと温かくなった。ライックの指が頬を撫でて、真緒は自分が泣いていることに気づいた。

「怖かったよな。よく頑張った」

あぁ、私、褒められたかったんだ。頑張ったね、って言って欲しかったんだ。それを認めたら気持ちが軽くなっていく。ライックの胸を借りて、泣いた。大きな手が背中を撫でてくれる。久々に得た安らぎだった。


「…騎士(ライル)のお出ましが遅すぎるんじゃないか?」

ライックが突然声をかけた。泣き疲れてウトウト仕掛けていた真緒は現実に引き戻された。

下草を踏む足音が近づいてくる。真緒が身を硬くすると、大丈夫だ、と背中を撫でられた。

「…ライック、何故ここにいる?」

「たまたま、だ。… それより、随分と付き合いの範囲が広がったな」

ライックはライルの背後に視線を映し、低い声で言った。

「…アレニエか…」

ライックの纏う雰囲気が変わった。

「…殿下(ヴィレッツ)か…!」

ライックの視線がライルを捉えるが、ライルはそれには答えなかった。

「まぁ いい。お嬢ちゃんを引き取ってくれ」

ライックの鋭い気配は一瞬で消え、優しい笑顔を真緒に向けた。ライックは真緒の手を取り ゆっくり立たせると、ライルに向かって背を押した。

ほら 行った、二人に向かって手をヒラヒラさせているが、鋭い視線で川の方を見据えていた。

「ここは俺が引き受ける。行け」

ライックの集中は迫りくる 何かに向いていた。

「すまない」

ライルは真緒を横抱きに抱えると、ライックの背に呟き走り出した。ライルの首に腕をまわし、しがみつく。抱かれている自分ができることといえば、しっかり抱きつくことくらい。この際、羞恥心は捨ててしまおう。

会いたかった。

本当は一番に助けにきてほしかったよ、ライル。

でも 来てくれてありがとう。

その胸元にそっと感謝のキスをした。


ライックは二人の気配が遠ざかると、前面に集中した。木立の間を音もなく移動する。張り出している太い枝に登り身を屈めると短刀を握りこんで構えた。

警戒した足取りで近づいてくる獲物の真後ろに身を滑らせ、一気に短刀を突き出した。

鈍く重い金属音が響き、ライックの短刀が弾かれ 後退する。

「…さすが俺の弟子。いい腕だ」

ニヤリと口角を上げたライックに、イザはうんざりした表情を浮かべた。

「師団長…俺だとわかってましたよね?何故ここにいるのかお伺いしても?」

「ん?夜の散歩だよ」

「…渓谷の館に押し入る盗賊のタレコミがありまして」

「ふーん、それで自警団が出張ってきたわけね」

どこまでもとぼけるライックのペースに巻き込まれないように、イザは表情を引き締めライックに向き合った。知っているぞ、と含ませて会話を続ける。

「情報ありがとうございます。全て捕らえました」

それは良かった、ライックはうそぶいた。その瞬間、イザの中で何かが切れた。

「なぜ貴方は知っていたんだ!」

イザはライックの襟を掴み詰め寄った。

何故はぐらかすんだ、まだ宰相の犬なのか!

イザは悔しさに唇を噛んだ。手に力が篭もる。

イザの手をライックが掴み返した。ライックはイザの背後に近づく灯りの点に目をやった。

「ほら、お迎えがきたぞ」

そっと襟から外し、掴んだ手を離した。

「…渓谷の館は18年前、ミクのために用意したものだ。俺がミクを連れてくるはずだった。宰相の命令でな」

「お前は誤解している。宰相は愚直な方だ。あのとき宰相は ミクを安全なところで匿うつもりだったんだ。

この国も王もミクのことも護ろうとしたんだ」

背を向け 振り返らない。

「テリアスに気をつけろ。アイツはマオを殺す気だ」

いつにない真剣な声で告げるとライックは闇に消えた。










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