表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
278/318

278.繋ぎ止めるもの

……堕ちたか ……


腕の中の力ない存在に、力を緩めた。

身体を起こして抱き直せば、まつ毛が涙に濡れ、頬に走る涙の跡が痛々しかった。浅いが落ち着いた呼吸だ。穏やかさを取り戻した表情に胸をなでおろした。


目覚めたとき、

マオは どんな反応をみせるだろうか …


どんな反応でも 受け止めるつもりだ。

絶望に 過去の住人となったマージオの姿が、ライルの不安を煽る。それでも、離れるつもりはない。


マオの世界へ かえりたい。 そう願うのだろうか …


死への恐怖に耐えられず 殺してほしい。

そう願うのだろうか …


マオを失うなんて 自分がどうなってしまうか わからない。己を保てるか 自信はない。

…だから ライックは自ら来たのだ。

俺を手にかけるのは 自分の責務だと考えているのだろう。俺も ライックを望む。


抱き締める真緒の身体の熱が冷めてゆく。毛足の長い絨毯であっても床は冷える。

抱き上げて、暖炉前のカウチソファに横たえると、真緒の身体を包み込むように自身も横になった。腕枕をすれば、真緒の柔らかい黒髪がライルの頬を擽る。愛しさに頬擦りすれば、イヤイヤと振られ、逃したくなくて胸にギュっと抱き締めた。


何故 彼女にだけ こんなにも苦しみを与えるのだろう

代われるものなら 代わってやりたい


この国(エストニル)の平和?

大陸の安定?

民を護る?


━━━━ どうでもいい。

そのためにマオが 望まない使命を果たさなければならないのなら。

マオのいない世界など 滅びてしまえば いい

彼女が 生命を削り 助ける必要など ないじゃないか


もしかしたら

生命の力を得る方法が 見つかるかもしれない、

だからそれまで 今ある力を少しでも長く持たせるんだ


「…ライル…」

吐息混じりの声が抱く胸に伝わる。

「…ライル。もう大丈夫…」

身動ぎ、腕から抜けようとする真緒が なんだか腹ただしくて力を込めて抱き締めた。


そうやって また独りで 抱え込むのか!

これは 私の問題だから 。

そう言って 俺を 拒絶するのか!


「…い、痛いよ、苦しい…」

一段と力を込めて胸を押すその腕を掴み、組み敷いた。荒々しく唇を奪えば、身体に力が入ったのがわかる。それが拒絶された錯覚を生み、ライルはその力が抜けるまで執拗に求めた。


俺をみろ。俺を必要としろ。俺を頼れ。


掴んだ手首の力が抜けて、ライルはようやく自分を取り戻した。抑えられなかった醜い心を真緒に向けてしまった。自責の念に顔をみることができず、視線を外した。

「…手を退けて?」

請われるままに 真緒の腕を離し、身体を起こして背を向けた。醜い酷い顔をしている。こんな顔を見られたくなかった。


ふわり

羽衣に包まれた感触が、ライルの背に温もりを与えてくれる。ドキリと、心臓が脈打つ。

真緒がライルの背に縋る。回りきらない腕は胸元に届かず、ギュっとシャツを掴んでいた。


「…ライル 話してくれて ありがとう」

背中越しに伝わってくる声の振動が、ライルのこころを揺さぶる。更に強まる握り込む手には、言葉にならない想いが込められている。そんな気がした。

「…こんなこと 言わせてごめん」

辛かったよね。でも、知れてよかったよ。


…知れてよかった…?

「そんな訳ないだろう!」

思わず両肩を掴み、真緒の身体を揺すった。

死にますよ。

そんなことを告げられて ありがとうって何なんだ!

苛立ちに声を荒らげれば、真緒はまだ涙に濡れた瞳に凪いだ光を漂わせて、微笑んだ。


「…悔しいよ、怖いよ…。でも、自分のことだから。ちゃんと 知っておきたい」

ライル、ちゃんと教えて? 私には知る権利がある筈。


肩を掴む手をそっと剥がして、自身の手で包む。ライルの指環をなぞり、真緒は自分の胸へと導いた。

「ねぇ、今、私ちゃんと生きている。

この先 その力が尽きて死んでしまうのかもしれない。でも、いつかは誰でも迎えるもの。だから。

だからこそ、今を 精一杯生きていたい」


貴方と。


「ライル、貴方と生きていたい」


全身の力が抜ける。

━━━ あぁ。

この言葉が 欲しかったんだ。頬に温もりが触れ、真緒の手が添えられていた。黒曜の瞳は潤み より深く凪いでいた。その瞳に魅入られる。真緒の指先が 目尻をなぞり、自分が泣いていることに気づいた。


マオに求められたかった。

必要だと 認められたかったのだ。

共に生きたいと、言って欲しかったのだ。


求めるだけの想いは 切ない。

互いに求め合うことで、報われる想いが あるのだと知った。


「…マオ、ずっと一緒だ。どんなときも この手を離さない」

頷き返す真緒の唇を、今度はそっと奪った。

優しく啄むように、その感触を確かめるように。

交わす吐息に笑い声が混じる。

鳥の囀りのように、互いの名を呼び合い返事を交わす。

そして深く 互いを求め合った。

夜の静寂に、艶のある吐息が散る。

隙間のないほど寄せ合い、沿わした身体を更に引き寄せた。

耳朶を含くんだ唇は、首筋に沿ってデコルテをなぞる。その下にある双丘を想像させる膨らみを夢中でなぞれば、ナイトドレスがそれを阻んだ。

互いを遮る布が、ライルの理性を繋いだ。


今は、王宮に着く前に 話しをしなければならない。


「ライル?」

ふと 離れた身体に不安げな瞳がみつめる。安心させるように 額に唇を落とし、真緒の身体を引き起こすと 胸に抱き込んだ。

「マオの全てを … 。 誓いの日に」

耳元で囁けば、寄せた唇にもわかるくらい耳朶が熱を帯びた。羞恥に染まる顔を見たくて、頬に手を当てれば、イヤイヤと胸に擦り寄せてくる。その仕草に 理性で押し込めた熱が再び篭もり、それを逃すように強く抱き締めた。


「…私、どうなるの?」

ポツリ と零れる本音。

でも 実感ないなぁ。だって身体、なんともないよ?

ライルは真緒を抱く腕を離し、瞳が合うように正面に膝まづいた。

「…王宮へ戻る。国王の命だ」

ライックがいるのはその為だ。迎えに来たんだ。

「ルーシェもエイドルも…みんな このことを知ってるの?」

あぁ、知っている。

真緒の問いにひとつづつ 答えてゆく。

「━━━ だから みんな過保護なのね …」

納得です、とばかりに呆れ顔で ため息混じりにこぼす言葉は、仕方ないなぁ と告げていた。


「…それと もうひとつ」

え?まだあるの?

苦笑いと共におどけてみせるマオの瞳には、怯えがみえた。何を言われるのか不安気にライルの言葉を待っている。ライルは真緒の指に自分の指を搦め、視線を逸らさずに告げた。

「王宮内に お前が子を宿している という噂が流れている。父親だと名乗りでた者がいるんだ。あろうことか殿下にマオとの婚姻を申し込み、国王に謁見を申し込んでいるらしい」


はい?


聞き間違えでしょうか? もう一度 お願いします


見開かれた瞳の訴えに、ライルはもう一度告げた。

「お前が懐妊していて、その相手が名乗り出ているんだ」


はい? はい? はい?

まるっきり身に覚えが御座いませんが?

フリーズしたマオを、ライルは憐れむように見つめた。その視線がとてつもなく痛いんですけど。

事実無根だと ちゃんとわかっている。

ライルはそう口にしながらも、渋面を崩さなかった。


噂でしょう?

私が王宮で否定すれば、解決なのでは?


「陛下は、マオの懐妊をお悦びだ」

ことはそう簡単では無いらしい。

「マオの 生命の限りを知った陛下は、マオ亡き後の心の拠り所をマオの生み出す子に見出したんだ」


なにそれ?

あまりの理由に言葉が出ない。

でも、渡りの樹が焼失したとき、お父さんは過去の住人になってしまった。私のこと、お母さん(ミク)だと思っていたあの姿が蘇る。


私が居なくなったら、お父さんはどうなるの…?

お父さんがおかしくなったら この国は どうなるの…?


思い詰めた表情となった真緒を、心配そうにライルが見つめる。その瞳を見つめ返し、曖昧に笑った。


「笑うな! … 無理に笑うんじゃない」

ギュウ と抱き締めてくれる。ありがとう、ライル。

自分が死ぬかもしれない なんて、実感がない。

でも、周りの状況が 現実だと 知らしめてくれる。


怖いよ。

嫌だよ。


でも、そのときは 着実に迫ってきているんだ。

カウントダウンは始まっているんだね。

それなら 好きな人と 残りの時間を過ごしたい。

自分らしく その瞬間まで 抗って生きていたい。

それが 私 だもん。


「マオ、結婚しよう。帰ったら陛下と殿下に許しを得よう」

ライルの言葉が嬉しい。でも。

「…結婚はしなくていいよ。でも、一緒にいて欲しい」

だって先に死んじゃうんだよ?

そんな相手と結婚しちゃ駄目。私が居なくなったら、ライルを大切にしてくれる人が隣に立てるように。胸が ヅキン と痛む。

「駄目だ。俺から離れるのは許さない」

そんなことを口にするな。

誰の目にも触れないようにように 閉じ込めてしまおうか。

ライルの醸し出す不穏な空気に、真緒の身体がピクリと震えた。


「必ず、生命の力を得る方法を探し出してみせる。

だからマオ、長く共に生きるんだ」


いいね?


承諾しか認めない。はい と言って?


苦しいくらいの熱い眼差しから逃れることはできない。それは 真緒にとってこの上ない喜びだった。

それは、今、生きている証。

自分を欲してくれる存在が、この世界に私をつなぎ止めてくれる。


ありがとう… 私を繋ぎ止めてくれて。




















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ