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275.独り立ちのとき

「…俺は何をすればいい?ライック」

ライルが問えば、ライックは満足そうな笑みを浮かべた。


「話が早いな。間男から 夫に役替えだ」


元々 間男ではない。ライルの呟きはあっさりと無視され、ライックの顔には笑みが浮かび、猛禽を思わせる鋭い視線を向けた。

この顔…

この男が楽しんでいるときの表情(かお)だ。

「マオをものにしろ。王都に帰ったら 婚姻を結ぶ」

もう 婚姻の了承は得ているんだろう?

同意の上なら、今度はしくじらないだろう?


「…しくじってない!…それに あれは違う」

不愉快さを露わにして抗議するライルの姿に、あのときのライルの後悔に押し潰された姿を思い出してし、口元が緩む。しかしこれ以上からかうのは得策では無い。口許を引き締め、話を元に戻した。


あんな小者(アーウィン伯の息子)はどうとでもできる。問題は陛下だ」

ライックの真面目な顔と真剣な声色に、ライルも気を引き締めた。

「陛下にマオの生命の力について報告がなされた。気丈に振る舞われていたが、ミクを失ったときよりも深刻な状況のようだ」


マオが王宮に居ないことが 不安で仕方ないのだ。ヴィレッツ殿下や宰相が諌めても聞き入れず、市井に探しに行くと譲らない。

そして、王宮の噂が耳に入ってしまった。

マオが子を宿しているのなら、直ぐに婚姻をさせる。マオとその子を、国王である自分が保護する。

そう公言したのだ。


「…だから 俺がきた」

権力を手に入れたい奴は、必ずマオを狙ってくる。妊娠していなくとも、男女の関係があれば その可能性は否定できず、婚姻は約束されたようなものだ。

「ライル。今の陛下はマオを失う恐怖にミクを重ね、その面影を継ぐ者を求めている。この件に関しては理性を失っている。マオの血を継ぐものならば相手を問わないと言いかねないのだ」

あの宴で 婚約を認められているが、国王のひとことで覆せされる。婚約は白紙に戻ってしまうのだ。


テリアスの話が、脳裏に蘇る。

『真緒の生命の力が枯渇する前に、その血を受け継ぐ子を成せ。』

『もしお前が 子を成すことを拒めば、マオの婚姻の相手は別の男になるかもしれない』


大陸における力の均衡

国内の政治的な思惑

渡り人の知恵とその力

その血を継ぐ者を得ること


そんなこと マオには関係ないだろう!

なぜ 生命の期限がみえているのに 放っておいてくれないんだ…!

残された時間を ふたりで慈しみ過ごすことは

許されないことなのか!

…どこか遠く マオとふたり 逃げてしまおうか…



「…ライル。マオと逃げようなどと思うな。

俺がきた理由のひとつには、お前に不幸になる選択肢を選ばせないためだ」

そんなライルの心を読んだかのような言葉を ライックは言い放った。


その言葉に、ライルの隣で息を呑む。

ルーシェはライルが真緒を連れ去るのではないかと危惧していた。そして、自身も真緒の幸せを考えたとき、その選択肢にたどり着いてしまっていた。


「ライル。ルーシェ。お前たちはマオにもっとも近い存在だ。誤った選択で お前たちを失いたくない」

気付けば、ライルとルーシェの背後には油断ない気配で立つハルセンがいた。

王命に背き、国を危機に晒すこととなれば、宰相は迷わず決断するだろう。俺も迷わず 手を下す。

「…ダンが、ハルセンを付けた理由も同じだろう」

ルーシェが振り返りハルセンを見れば、ハルセンの瞳に慈愛の色が浮かんだ。


「抗うんだ。限りある中でも 幸せを得る方法はある筈だ」

ライックの言葉にライルは項垂れていた顔を上げ、視線を交わした。

「…共に生きるのだと、約束したのだろう?」

言葉にも 瞳にも ライックの心がこもる。

「マオに生命の力のことを伝えるのは、ライル、お前の役目だ。そして、ふたりで導き出すんだ、『この先』を」

ライックはライルを抱擁する。それは懐かしい温もり。

母を亡くし、父や兄との関係は家族の温もりの薄いものだった。寂しさを埋めてくれたのは、ライックのこの温もりだった。幼き日々を支えてくれた温もりは、今もライルに闘う力を与えてくれた。


大丈夫だ。きっと 上手くいく。

ライックが背を撫で、耳元で繰り返し囁く。

それは 魔法の言葉。

ライルは力強く 頷いた。


「━━━ エイドル 入りなさい」

そこに居るのは わかっています。

ライルが決意を新たにしたそのとき、ハルセンは静かに声を発した。低く通る声が室内に響く。

しばしの静寂のあと、扉が静かに開かれた。

青ざめた顔で現れたエイドルは、決意を滲ませた瞳をハルセンに向けた。そしてライックに向き直ると騎士の礼を取った。

「…盗み聞きとは いい度胸だな、エイドル」

ライックは纏う空気を一変させ、射殺すような鋭い視線を向けた。ルーシェは言葉を発する前に ライックの視線ひとつで征され、押し黙った。

「…私は マオを護りたい。未熟で力不足なのも分かっています。それでも…それでも 何もしないでなど居られないのです。

知らなかった事で、何もできないで後悔したくない。

自分の全てを賭けて、マオの力になりたいのです」

少し震えた声は、言葉に強い決意を乗せてライックの殺気に立ち向かった。言い切れば、憑き物が取れたかのようにどこか清々しい顔つきとなり、立ち姿は胸を張り堂々とみえた。


「…もう護られる存在ではないのですよ、ルーシェ」

ハルセンはルーシェの肩に手を置いた。

「エイドルは一人前の騎士です。もう貴女が護るべき対象ではないのです」

ほら ご覧なさい。ライックの殺気にも負けてないでしょう?気が強いだけではこうはいかない。覚悟を決めた(おとこ)だからです。もう 認めてあげても良いのではないですか。

耳元で囁かれる言葉は、一抹の寂しさを伴いながら すんなりとルーシェに入ってきた。

いつまでも 護ってやらなければいけない存在なのだと思っていた。でも、彼は羽ばたいたのだ。

私がそれを阻んではいけない。

無言で頷くルーシェの心の内を察したハルセンは、ライックに微笑んだ。


「人が悪いですよ、ライック。貴方もずっと気配に気付いていましたよね」

ライックは口の端を上げ目を細めると、エイドルを見遣った。

「あんなの気配を消したうちに入らない。居ますよ、とアピールしてるようなもんだ」

雑すぎる。何度も()りそうになった。

残忍な光を瞳に宿し、スローインナイフに触れる様に、エイドルが全身を強ばらせたのがわかった。

「…それくらいに してください。前途ある若者なのですから」

くっくっく と忍び笑いでハルセンが言えば、明らかにエイドルから安堵の息が漏れた。

「これくらい 脅しにもならない」

フン 鼻を鳴らしてライックは不満気にハルセンを睨んだ。その視線に構うことなく、エイドルを呼び寄せ座らせる。

「そろそろ本題に戻しましょう。エイドル、生命の力について説明します」

ハルセンが仕切り直せば、全員の顔が引き締まった。部屋の空気が変わり、エイドルに緊張が走る。腹に力を入れてグッと背筋を正した。そして視線をハルセンに向けた。


小屋の密談は 闇の深まりと共に進む。

日付の変わらないうちに、小屋は集う者たちを送り出し、夜空の星が彼らを迎えた。

森の空気は夜の湿度を吸って重い。それを深く吸い込み ゆっくりと吐き出す。そしてエイドルは、ルーシェの背に向かい頭を下げた。

「姉さん、勝手してすみませんでした。でも、後悔はありません。今まで ありがとうございました」

その声にゆっくりとルーシェは振り返った。

「これからも 宜しく 、 でしょう?」

ルーシェの優しい瞳が迎えてくれた。エイドルは胸を撫でおろした。やはり姉さんに、いつかは父さんに認めてもらいたい。

それ以上は言葉を交わすことなく、真緒の元へと足を向ける。

見上げれば、満点の星空だ。降り注ぐような光に目を細める。


この輝きが、真緒の『この先』を明るく照らしてくれたらいいのに。

生命の力。

枯渇する時期はわからない。それを知ったら マオはどうなってしまうのだろう。それを知っていて 何事もないように振舞っていたのか…。

オレは 明日どんな顔で会えばいいのだろう。


心に闇がさして ハッとする。

秘密を知り得たということは、その秘密を守れると信頼されたということ。

落ち着くために深呼吸を繰り返せば、ルーシェは足を止めた。

「そんなに気負うな。何かあれば 私たちがフォローする」

一人前には、覚悟だけではなれない。だから焦るな。


ルーシェの後ろ姿が遠ざかっってゆく。

それを見送り、もう一度 星空を見上げた。






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