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270.姉弟

ルーシェがベルタの街から戻ってきて数日経ち、真緒はベルタの街へ出発することとなった。

ベルタで体調を整えて、そこから真緒が望んでいたマルシアの宿屋に向けて出発する予定だ。


真緒の乗る馬車に、ルーシェは有無を言わさず、腕を吊っているエイドルを押し込めた。


片手では長剣の腕が落ちるが、短剣での近接戦ならいけるだろう?


そういって宥めるような、けしかけるようなことをエイドルに言って扉を閉めてしまった。

エイドルは納得いかないのか不満気な様子で鼻を鳴らした。いつもそうなんだ!だいたい姉さんは…!

エイドルの愚痴は止まらない。妙な雰囲気のまま馬車は森を進む。朝から身体の重さを感じていた真緒は、体調の悪さも加わって、早くもうんざりした。

(ルーシェ… この空気 どうしてくれるのさ…)

出るのはため息ばかり。

相槌を打つのも馬鹿らしく、早々に目を瞑り 背もたれに身を預けた。


真緒の体調を考慮してか、ゆったりとした工程が組まれているようで、馬車の進みはゆったりとしたものだった。

ルーシェは騎馬で併走している。

時折、様子を伺うように馬車を覗き込んでくるが、話しかけてくることは無かった。

御者はダンが手配したという男。歳の頃もダンに近い。護衛も兼ねているのだろう。ルーシェと交わす会話からもそれが伺えた。


「…俺も馬が良かった。尻が痛い…腰が痛い…」

数時間も走ると、エイドルは泣き言を言い始めた。

(…音を上げるの 早くない?)

立ち上がったり寝そべったりエイドルは落ち着かない。体勢を変える度に馬車が揺れる。馬車に慣れていない真緒は既に酔っていて、その揺れが更に症状を酷くする。声を出すのも億劫だった。

馬車の隅に身体を寄りかけて、目をつぶっている。動くことなど無理。顔を向けるだけで、強い吐き気に嘔吐きそうだ。

「…お前 よく寝れるな…」

逆に凄いな…。呆れ声で返されて真緒は口を開く気力も失せた。

眠れたら どんなに楽だろう…。

エイドルの能天気さが欲しい。なんだかんだと身体を動かすことができるのだから 羨ましい限りだ。


…どうしよう。

寒気までしてきた。身体が小刻みに震えているのが分かる。迫り上がる吐き気をぐっと堪えて エイドルに背を向け横向きになると、可能な限り身体を丸めた。

背後にエイドルが動き回る気配を感じながら、だんだんと強くなる悪寒に耐える。


寒い…何か掛物が欲しい…

無意識に身体をさすっていたからか、エイドルが旅装のマントを掛けてくれた。

「寝てるのか…?まぁ、寝れた方が楽か」

エイドルは独り言をつぶやき離れていった。答える気力もなかった真緒にとっては寝ていると思われた方が都合がいい。そのまま揺れに身体を預けた。



━━━ どれくらい眠っていたのだろう …

人の言い合う声で、意識が覚醒していく。遠くの不明瞭な声がだんだんと、大きくはっきりとしたものとなり、真緒は重い瞼を開けようと試みたが上手くいかなかった。


どこ…?


馬車の揺れとは違う。温もりのある揺れに戸惑う。

薄く開いた視界に映ったのは、深緑の布地だった。真緒の身動ぎを感じ取ったのか 気づきましたか と頭の上から声が掛かった。

上目遣いに声を追えば、目眩が襲う。

頷くだけの返事をしてギュッと目を閉じた。迫り上がる吐き気を何とか抑え込む。胸が苦しい。鼓動が痛いくらい激しく打っている。

馬車を降り、移動しているようだった。

真緒をだき抱えているのは御者の男だ。

手際よく真緒をベッドへ横たえると、まだ言い合う姉弟を諌めた。

「いい加減になさい!病人の前ですよ」

ドスの効いた低い声に、不毛な言い争いは終わった。

「…姉さん、過保護すぎだろう。熱を出すことなんて誰だってあるだろう」

それなのに 王都に戻るとか…何考えてるんだよ…

エイドルがまだブツブツ言っている。それを拾ったルーシェが言い返そうとしたとのを、御者の男が止めた。

「二人とも ダンに言いつけますよ!」

荒らげた声でもないのに、この姉弟には効果的なようだった。押し黙ったふたりに別室にいくようにいうと、御者の男は真緒の額に濡れた手ぬぐいを当ててくれた。

「今は休みなさい。心配入りません、少し疲れが出たのでしょう」

何とか目をこじ開ければ、目尻の皺が優しい笑みに深まるのがみえた。この世界の大人の男性は、みんなイケオジだなぁ。

もしかして…私、オジ専?

「そんな潤んだ瞳で見つめるのは 気持ちを寄せる相手にだけ、ですよ」

うわぁ… 返しも大人だ…

「私は医師でもあります。だから安心しておやすみなさい」

ここはベルタの街の手前にある村です。数日滞在して体調を整えましょう。

手ぬぐいを絞り直して額に乗せると、ポンポンと頭を撫でて灯りを落とした。

飲まされた薬が効いてきたのか、眠りに誘われる。


また迷惑かけちゃったな…

でも、体調イマイチだと言ったら、ルーシェは中止にしそうだったし、なんとかなると思ったんだけどな。でも、結局ベルタに着く前にこんなことになっちゃった…


寝しなの思考はとめどなく まとまりのないものだ。

ゆっくりと 眠りの波にのまれていった。



「眠りましたよ」

姉弟が待つ部屋に御者の男がやってきた。姉弟喧嘩はヒートアップしており、やれやれとばかりに肩を竦めた。

「いい加減になさい。ルーシェ、貴女がそんなでどうするのです」

頭を冷やしなさい。御者の男・ハルセンに諭され、ルーシェは 頭を冷やしてくる と部屋を出ていった。

残されたエイドルも気まずいのか、俯いていた。

ハルセンはダンと長く仕事をしている男だ。

エイドルもこの男から剣を習った。幼い頃から付き合いのあるこの男は、父に反抗心を持っていた自分にとって父親のような存在でもあった。

「…姉さんは 何であんなに過保護にするんだ。マオだって子供じゃない、自分の身体のことくらいわかってるだろ。それなのに、一緒に居たのに何で具合が悪いことに気付かないのかと責められても納得いかない」

エイドルの愚痴はとまらない。

ハルセンはそれを否定することも、止めることも無く静かに聞いていた。言いたいことを口にしたら、気持ちの昂りも落ち着いたようだった。エイドルはバツの悪い顔をして 下を向いてしまった。

「エイドル。気は済みましたか?」

ハルセンは下を向いたエイドルの前に膝まづき、肩を掴んだ。エイドルはハルセンの凪いだ視線に自身のそれを合わせた。

「…私も、詳しいことはきいていません。ただ、マオの体調を最大限に考慮することが、この旅の鍵なのです。ルーシェはヴィレッツ殿下の勅命を受けて動いています。ルーシェの行動には理由があるのです」

ハルセンは立ち上がり、エイドルを見下ろした。

「エイドル、大人になりなさい。

馬車の中での様子は、まるで駄々こねする子供のようでしたよ。剣の腕が上がっても、身体に宿る精神(こころ)が高まらなければ 騎士として認められない。━━ 大人として騎士として認められれば、ルーシェも貴方を頼りにするのではないでしょうか」


ぐうの音も出ない。

確かに そうだ。自身の行動を省みる。

騎乗できなかったこと。

…確かに片腕では咄嗟の時に反応できない。

ルーシェが言う通り、片腕でも短剣なら戦力になれる。

俺が騎乗できなかったことに苛立っているとき、マオはどうしていた?身体を丸めて横になっていたとき、震えていなかったか?

自分の不満と苛立ちを消化できず、マオの変化に気づいていなかった。もっと早く気づいていれば、マオに無理を強いることは無かったのだ。


エイドルの 険のある表情がみるみる変わる。

その変化を敏感に感じとり、ハルセンは柔らかく微笑んだ。

「エイドル。貴方はきっといい騎士になる」

そう言葉にしたハルセンが、外の気配に表情を引き締めた。

「…来ましたね」

馬の嘶きと共に、荒い足音が近づく。

降り出した雨にできた水溜まりを蹴散らす水音がする。いくつかの扉を勢いよく開けながら、足音を立てて駆け込んできたイザに、ハルセンがため息をついた。

「団長ともあろう者が 落ち着きがないですよ」

病人がいるのです、静かにしなさい。

ドスの効いた低い声に、さすがのイザも動きが止まった。濡れそぼった外套からは水が滴り、床に水溜まりを作る。

すまない。

そうつぶやきバツの悪い顔をして 外套を脱ぐと、部屋を出て外套を掛けて戻ってきた。

「久しぶりですね、イザ」

ハルセンが微笑めば、イザは居心地悪そうに頭をガシガシと掻いた。

「マオは隣の部屋にいます。靴を拭ってから静かに見舞ってくださいよ」

ハルセンの言葉に頷き返し従うイザの姿に、エイドルは、改めて自分の行動が幼かったかを痛感した。

部屋に戻ってきたルーシェと目が合い、エイドルは自ら姉に近づき、頭を下げた。

一瞬目を見開き弟を見つめたが、ルーシェは優しい笑みを浮かべてその謝罪を受けいれた。

「…ごめん、私こそ大人気なかった」

ルーシェの言葉にエイドルの余計な力が抜けた。


ハルセンはエイドルと何を話したのだろう。

父に反目する分、ハルセンに父親を求めていたエイドル。大人になりきれない幼さを残す精神(こころ)は、今後の支障になっていくと危惧していた。

(ダン)が ハルセンを付けてくれた訳が、わかった気がした。





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