27.脱出
月が雲に隠れ、真央の姿を闇夜に隠す。
日付けも変わり、夜闇が増すこのときを待っていた。
続きの間にある採光用の窓から身体を外へ滑り出す。本調子には程遠いが、運動神経はいい方だと自負している。あとは気力と根性でカバーして脱出するつもりだ。
殺される、と思った。
テリアスは容赦なく剣先を真緒に向けた。あの目は本気だった。真緒が人生を全うするためには、まずここを逃げ出すことが絶対条件、善は急げ、だ。
窓の外は2階の屋根の上。屋根伝いに裏庭にある大木へ向かう。動きやすいワンピースを選んだが、それでも裾が邪魔をし、足が取られる。なんとか月が隠れている間に辿り着き、大きく息を吐く。さあ、次のミッション!この大木を降りるのだ。
都会っ子の真緒に木登りの体験はない。高さを意識したらダメだ、真緒は下を見ないようにゆっくりとと移動する。幹は太すぎて真緒の腕が回らず、太い枝を選んで降りてゆく。力が入らず 腕と脚が震えた。視界も狭まり 揺れているがここで集中しなければ地面に叩きつけられる、頑張れ、私!
足先が地上に触れた途端、緊張の糸が切れ地面に崩れた。土の冷たい感触が気持ちいい。しばし休憩。
この家には塀がなかった。
なんとも真緒には都合のいいことだった。川に沿って行けば街か村には着くはずだ。遭難しても水だけは得られる。
川辺に着くと、水をすくい口に含む。冷たい水が喉を潤し、真緒はひと心地ついた。
(どれくらい歩けば着くんだろう…)
月明かりが照らしてくれるが、足場が悪く歩きづらい。心細さを鼻歌で誤魔化し、下流に向かって歩きはじめた。
こういうときって、王子様とかヒーローとか助けに来てくれるんじゃないの?村人とか旅人とか偶然会ったりするんじゃないの?
体力の限界を既に超え、気力も萎えて岩場の窪みに腰を降ろした。窪みは身体にフィットして硬いリクライニングシートのようだ。この際 硬いのは我慢。岩に身を預け星空を見上げた。
「…ライル…来てくれないの…?」
おもわず洩らした呟きに 自分が一番驚いた。うわっ、恥ずかしい…。腕に抱かれた温もりがリアルに蘇り 頭を抱えて悶え続けた。
夜風に吹かれ熱がさめたら、頭も冷めた。今度は虚しさに全身から力が抜けた。
「…何やってんだろ…」
気づいたら異世界にいて、誘拐されて、殺されかけて、逃げ出して…悶えてるし?
「もう イヤだぁ…」
疲れた…。少しだけ 休んでもいいよね。
私、よくやってるよね…
自分で自分を誉めて英気を養い、微睡んでいると、荒々しい足音が耳に入ってきた。
何人かいるのだろうか、話し声に笑い声が交じる。
(えー、助けはこないのに盗賊はくるんだ…)
自分の運のなさに舌打ちする。幸い真緒は川辺から死角になっている。このまま動かない方が良さそうだ。
息を殺して、その集団が居なくなれ!と祈る。
神様お願い!仕事して!
盗賊は川辺で人を待っているようだった。
声の感じでは3~4人いるだろうか。
「なぁ、その情報本当なんだろうな」
「この先の館って 爺さん婆さんしか住んでないやつだろ?」
「いや、金持ち貴族の隠し子が居るんだ。そいつを拐ったら金が貰える」
確かな筋からの情報さ、俺たちは拐って連れていけばいいのさ
え?私、また誘拐されるの?!
もう勘弁してください。こんなところで隠れんぼしている場合じゃない!
窪みから身体を起こし、岩肌に沿って裏手に回り込む。気づかれてないよね…、そっと岩の陰から覗いてみる。
「!!!」
真緒の口許を何かが塞いだ。
「暴れないで、助けにきたんだ」
耳元で囁く声に覚えはない。ガッチリと後ろから抱き込まれていて、身動きが取れない。頷くことで無抵抗の意志を示す。男は真緒を後ろから抱き込んだまま、ゆっくりと岩場から移動を始めた。
(私、結局誘拐されるの…?)
 




