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269.救いたい

厨房の隅に腰掛けて、芋の皮を剥く。

芋から視線を上げれば、正面でエイドルが同じく芋の皮を剥いていた。

ダンの店にルーシェと来てから数日が経ち、真緒もリハビリを兼ねて厨房の手伝いをするようになった。ルーシェは店を手伝うだけでなく 留守にして王宮に出仕していることも多く、必然的にエイドルと過ごすことが多かった。


「もう身体はいいのか?」

エイドルはまだ左腕を吊っている。利き腕じゃないから大丈夫。そう言って器用にナイフを使い真緒よりもよっぽど手際よく皮むきをこなしていた。

エイドルが3個目の芋に手を伸ばしたとき、ようやく一つ目の芋から解放された真緒は、凝ってきた首を回してナイフを置いた。


おい、ひとつで終わりかよ!


エイドルの呆れ果てた声が聞こえるが、あえて無視だ。

エイドルの問い掛けに、笑顔で返事をした。

「もう大丈夫だよ。ベルタの街までいけるよ」

腕まくりして力こぶを作って見せる。まだ包帯の巻かれた腕にエイドルの表情が曇った。


責任を感じてるんだよね…、ごめん。そんなつもりじゃなかったのに…


気まずさに視線を落とせば、エイドルは慌てたように持っていた芋を自身の胸に当てた。

「そ、そういえばお前、あの胸作り物だったんだよなー」

危うく騙されるところだったわー。あれ、コルセットでかき集めて作ったんだろう?

エイドルの揶揄う口振りと 芋で胸を作ってアピールする動きに、怒りゲージMAXだ。

手元にある芋をエイドル目掛けて投げつけた。


おっと、危ないなぁ~


片手で簡単にいなすとは さすが騎士の端くれだ。妙なところに感心している自分にはっとして、エイドルを睨みつけた。


天罰くだれ! と思ってしまったことを後悔していたけど、神様、撤回します!


…でも ちゃんとわかってる。

こんな軽口の叩き合いができるのは、お互いが無事であったからだ。こんな怪我を負いながらも護ってくれたから。

ありがとう、エイドル。

口にするのは恥ずかしくて、心の声に感謝の気持ちを込めた。


「…ルーシェが特注のコルセットを閉めてくれたのよ」

「特注?肉が沢山集まるように?」

「違うわよ!万が一切られても、剣がくい込むのを避けるためにボーンに(はがね)を使ってあったんだって」

おかげで背中も胸も致命傷にならなかったんだよ。ルーシェのおかげ。

「━━ でも、刺されてたら ダメだったよな…」

エイドルのつぶやきに、真緒は表情を引きしめた。

確かにそうだ。

今この状況は、色んな偶然と必然の上にあるのだ。

生命があって、こうやって語り合えることに感謝しなければいけない。互いの視線が交わる。エイドルも同じ気持ちなのだろう、それを 視線に感じて微笑み返した。


再び手を動かし、皮むきをを再開すると同時にダンが顔を出した。

作業の進みが遅い!

問答無用にエイドルの頭を小突くと、再びフロアへと戻っていく。小突かれた頭を 痛え とさするエイドルの姿に思わず吹き出す。

他人事だと思って!マオのせいでもあるんだからな。

そんな愚痴が 返ってきた。


「…いろいろ ありがとう … です…」


照れくさがったけど、感謝の思いを込めて言葉にした。やっぱり恥ずかしい。

慌てて手元の芋を取り、真緒は無心に皮剥きに集中した。



ルーシェは真緒をベルタの街に連れてゆくにあたり、先だって視察にきていた。

自警団の団長にイザが就任すると、ベルタの治安は一気に改善された。

王都に入るルート上、ベルタの街は関所の役目を果たしている。特に、他国から送り込まれる後暗い者たちの検挙がめざましい。

王太子婚約の宴により、諸外国からの使者が訪れていた事もあるだろうが、イザが率いる自警団の活躍も大きかった。


真緒の目的はベルタの街ではなく、街を越えた先にあるマルシアの宿屋だ。

焼け落ちた渡りの樹を目の当たりにするのはどうなのだろうか。そんな思いが ふと 脳裏をよぎる。

いや。

異世界からやってきたとき世話になったマルシアに会うことが、マオの力になればいいと思う。

マルシアは、ナルテシア亡き後 あの王家の庭を護ってきた女性だ。生命の力について知っていることがあるかもしれない。

… 期待しすぎてはいけない。

過度に期待している自分を戒めた。


ベルタの街を警邏しながら自警団を目指す。

傭兵として身を置いたことが、随分前のことのように感じる。勝手知ったる隊舎だ。守衛に立つ騎士に挨拶をし、ヴィレッツ殿下からの書状を見せれば、ほぼ顔パスだった。案内を断り、真っ直ぐイザの執務室へ向かった。


イザは以前から自身が使っていた執務室をそのまま団長室として使っている。お飾りだった団長室を副団長室に変えたらしい。

イザ曰く 『ちょっと偉くなったって やることは一緒だ。部屋がを変えるだけ無駄』。

元々 実力主義の自警団ではあったが、更に改革を進め 王都を護る第四騎士団のような精鋭部隊になりつつあるのだ。


ライックが自身の後継にと望んだ男。

ベルタの街の住民を濁流から護るため 独断で高台にある貴族街の広場に避難させ、貴族の怒りから身を呈して民を護り、民から英雄と呼ばれる男。イザはライックの誘いを断り、ベルタの街を護ることを選んだのだ。


市井を護る

それは根底から国を護ることだ。


(ダン)の言葉だ。

いずれ自分もそうなりたいと思っている。ヘルツェイの下で ユラドラの治安を維持するために動いた充足感が蘇り、心が満ちる。イザを羨ましい と素直に思った。

思考を巡らせていれば、気づけばイザの執務室の前にいた。

ノックをすればすぐに入室の許可が下りる。

扉を開ければ、団長となっても変わらないイザが書類を睨みつけ難しい顔をしていた。この男は、事務仕事が苦手らしい。ガシガシと頭を掻き、唸っている。

「…相変わらず デスクワークに向かないようですね」

ルーシェの笑いを含んだ声にようやく顔を上げ、渋面を見せた。

「全身がむず痒くなるんだよ…」

そういって身震いして身体をさする姿は、熊のぬいぐるみの様だ。一種の愛らしさを感じて見つめていると、イザはぶすくれた。ここが引き際だと心得て、表情を戻すと、ヴィレッツからの書簡を差し出した。


「…… それで マオは どうなんだ…?」

息の詰まる長い沈黙の後、ようやくイザは口にした。

書簡をランプにかざし、燃えるさまを睨みつける。落ちた灰を忌々しげに避けると、視線をルーシェに向けた。

「傷の回復も良好で、今は父の所にいます。体力の回復も順調。生命の力の枯渇の兆候はみられません」

ルーシェの言葉に、イザの身体から力が抜けるのがわかった。

「…我々はマルシアに面識がありません。生命の力のことも含め、マルシアにきいてもらいたいのです」

訪ねた趣旨を告げれば、イザは 承知した、それはオレの役目だ と即答だった。


旅程などの細かいことを煮詰めて、ルーシェはイザの元を辞した。

残された時間がどれくらいあるのか。

医師・サルドの話では数年単位であったが、サルドも詳しくはわからないと言っていた。


時間(とき)が惜しい。


その足で、王都へと引き返す。


手掛かりが欲しい ━━━━━

マオが この世界で 共に生きてゆくためのに

















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