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268.回復

深い眠りの中で数日をすごした真緒は、ようやく覚醒のときを迎えた。

老齢の医師は、傷の治癒具合を確認すると、ルーシェの案内でヴィレッツの待つ別室へと向かった。


「━━━ 深い眠りの中にあっても、生命の力は消費されてゆくものです。体力が落ちれば、それだけ消費も増す。傷も癒えた。日常に戻されるのが良いでしょう」


ヴィレッツは 老齢の医師に座るよう促すと茶を勧め、労った。

「老師、マオの生命の力はどれくらい残っているのだ?」

湯気の立ちのぼる様を見つめていた老齢の医師・サルドは ふむ と思案顔となり閉眼した。

「その力は 測れるものではございません。気の流れといいますか感じるもの」

言葉を切り、口を潤す。

「渡りの姫が特別な訳では無いのです。我々も生命の力を宿しているのです。ただ、感じられないだけ。姫は渡りの樹からその力を得ているので、私が知れたまで 。あの傷を癒すために生命の力が消費されているのにも関わらず、供給されないことから結論づけたまで。私にもどれくらの時間が残されているのか…分かりません」

深い皺が幾重にも刻まれたサルドの顔に浮かぶのは、苦渋の色だ。それでも毅然とヴィレッツを見つめるサルドの言は信用できる。ヴィレッツはその視線に頷き応えた。

「王宮の聖殿にある樹は、渡りの樹の泉から得た水から生まれでたもの。それでは代わりにならないのか?山神の里にも似た大樹があるだろう?マオはその樹の元に界渡りから戻ったと聞くが どうなのだ?

サルドも思考を巡らす。

真緒の現状を知って、弟子であるヤシアに連絡を取り、自らは王宮にある聖殿へと足を運んだ。しかし、生命の力の波動を感じる事は出来なかった。ヤシアの返事も同様だったのだ。そのことをヴィレッツに伝える。

「…源となる王家の庭の渡りの樹がを復活させること。渡りの姫の生命を繋ぐのなら、元の世界へ還されるのが宜しいかと」

「渡りの樹そのものが失われたなら、そもそも元の世界へ還ることも不可能なのでは無いのか?」

ヴィレッツの疑問はもっともだった。サルドはゆっくり頭を振り、

「還るだけなら 可能でしょう」

そう 事も無げに言った。

「始祖から譲り受けたナキアの力と 渡りの姫の帰りたいと願う気持ちがあればできるでしょう。現に一度、還っておりますから。

ただし、されるのなら生命の力が枯渇する前が良い。力が足りなければ目的の世界に着くことができず、違う界に落ちてしまう恐れがありますから」

ヴィレッツは眉間のシワを深め、背もたれに身体を預けた。そして大きく息を吐いた。

「…このこと… マオには?」

「伝えておりません。生命の力のことも。生命の期限があることも」

必要なら、私から姫に伝えますが?

サルドの申し出を手を翳して制し、口止めする。

既に本人以外は知る事実であるが、身体の回復とライルが戻るのを待つこととする、そう結論が出されていた。


サルドはゆっくり立ち上がり、礼をとると静かに退室していった。残されたヴィレッツは、この会話に立ち会っていたルーシェへと視線を向けた。

感情が表情に出にくいルーシェの物言いたげな視線とぶつかり、ヴィレッツは発言を許した。

「…殿下。どの道マオを失うことになる、そういうことでしょうか…」

「そうだ。…決めるのはマオ自身だ。ライルが戻ってきたら、私からふたりに話すつもりだ」

アルマリア様不在の今、これ以上の心痛を陛下に与えてはなるまい。お心を支える方がいないと。

再び大きな息を吐くと、重い空気を変えるかのようにヴィレッツは話を変えた。

「ところで、君の弟はどうだ?」

ライックの配慮でエイドルは療養のため実家に戻されていた。順調に回復し、店を手伝い始めていることを伝えると、そうか、とヴィレッツの表情も和らいだ。

「ルーシェ、マオを連れて君も実家に帰ってくるといい。マオもここよりは気が休まるだろう」

ライルが戻れば、過保護に囲い込み自由がきかないだろう。今のうちにベルタの街や世話になった宿屋に連れて行ってやれば良い。ふたりが護衛についていれば大丈夫だろう。

ルーシェは深々と頭を下げた。ヴィレッツの言葉に胸が熱くなる。

「…エイドルといったか。彼には真緒の事実を話すな。正直なあの者は、マオに悟られる」

その通りだ。ルーシェは諾の意を込め頷いた。

「…ダンは知っている。何かあれば彼に相談すれば良い」

父の名にあの大きい手の温もりが蘇り、ルーシェの不安を和らげてくれた。

そうとなれば、荷物をまとめておかなければ。

出立は早くても明後日だろう。

眠りから覚めたばかりで、馬車での移動もきついだろう。

ヴィレッツの御前を辞して、真緒の部屋へと向かう足取りは軽い。一緒に暮らした色付いた日々を思い出し、ルーシェの心はいくらか軽くなっていた。



甘い匂いから解放されたが、まだ頭にモヤがかかっているようだ。痛みに悶えながらも、重い身体を起こしてみる。そっとベッドから足を下ろすと、すーっと血の気が引いた。

(やばいっ!)

そう思った時には身体は傾いで、顔面から絨毯にダイブした。鉛のような腕は支えにはならなかった。

なぜ後ろに倒れないの?顔面ダイブしたら鼻が無くなるわ…

毛足の長い絨毯に突っ伏し、痛みを逃す。

あれ?

随分痛みが楽だ…。身体の怠ささえなければ動けそう。顔だけ動かして横を向けば、部屋の扉が開くのか見えた。スラリとした足が迫ってくるのをただ見つめていると、視界が急旋回した。

やめてー!そんなことしたら吐いちゃう!

真緒の心の悲鳴は届かない。吐き気をこらえるために強く瞑ったが、耳を塞がなかったのは失敗だったと後悔する。

「マオ!あんたはなんで大人しくできないの!」

ルーシェの雷が落ちる。頭に響くよ… 後悔先に立たず。

ルーシェのお小言はまだ続きそうだ。起きたかったの?そういってそのままソファへと座らせてくれ、クッションやら掛物やらをせっせと運んできてくれた。なんだかんだと面倒見がいい。

目眩も止み、ようやく喋る気力が沸いた真緒は、自分の状況を教えて欲しいと頼んだ。この感じは薬でしばらく寝かされていたやつだ。

「…あれから5日ほど経ってるわ。無理しなければ日常に戻して構わないって、先生からお許しが出たのよ。ちゃんと食べて、体力が戻ってきたら私の家に行きましょ」

殿下の許可は取ってあるから!エイドルも居るわよ。ルーシェの楽しげな様子に真緒も釣られて笑った。

ライルが戻るまで王宮を離れて療養していいらしい。過保護な彼が戻ってきたら自由もきかないだろうからね。束縛が強いと、マオのことだから逃げ出すでしょう?

案外酷いことを言われている気がするが、王宮を離れられるのは嬉しい。私を庇って怪我を負ったエイドルのことも気になっていたので、素直に嬉しかった。

「はい!そうとなればまずは食事をしましょう!」

消化の良いものを貰ってくるわ、そういってルーシェは部屋を出ていった。


置物の人形のように、クッションに挟まれてソファに座らされている現状に苦笑する。身体の至る所に巻かれた包帯にため息が零れた。

「…傷だらけ…。乙女としてどうよ。人前で裸になれないわ。水着も温泉も無理だよね」

これだけ傷があったら跡残るよね…

切なくなって 自身の体を掻き抱く。瞳が潤み、涙が溢れてきた。私だって 一応 年頃の女の子。

身体の傷は 心の傷でもあるんです。


「…あのぅ… 大丈夫ですか?」

背後から声をかけられ心臓が止まるほど驚いた。ゆっくり振り返れば、箒を持った侍女が、心配そうに真緒をみていた。誰か呼んできましょうか?

その親切に首を横に振り、辞退する。

「ありがとう、大丈夫。傷だらけの自分に切なくてなっただけ」

できるだけおどけたような口調で告げ、笑顔を作った。痛ましいものを見るかのような憐憫な瞳を向けられて、更にいたたまれなくなる。

しっかり、私!ファイト!

自らを励まし、その侍女の後ろ姿を見送っていると、ルーシェがカートを押してもどってきた。


どうしたの?何かあった?


そう尋ねるルーシェに、説明が面倒くさくて なんでもないよ、と素っ気なく答えた。湯気の上がるカートからは空腹を意識させる美味しそうな香りがした。真緒の視線も自然とそれに引き寄せられる。


しばらく食べてないんだから、ゆっくりよ、

冷まして食べなきゃダメ、


母親のようなルーシェの小言と愛情をスパイスに、久しぶりの食事を堪能したのだった。








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