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262.姉弟

フォルスと違い、エイドルは真緒の歩みに合わせてくれた。周囲を警戒しているのか口数は少ない。それでも、エイドルの気遣いが伝わり、真緒の心を温かいものが満たしてくれる。

少し先を歩くエイドルの背中が大きく見えた。


突然エイドルが立ち止まった。

不意に突き飛ばされ、突然のことに受け身も取れず、地面に強か打ち付けた。ドレスの裾を抱えていた真緒は見事に顔からダイブとなり、怒りが込み上げた。

何するのよっ!

真緒が口を開いたその時、剣戟の鋭い音が耳を突き抜ける。出かけていた文句も引っ込んだ。真緒にも分かる。襲撃を受けたのだ。

金属がかち合う甲高い音に、真緒の心臓は強く打ち、苦しいくらいの動悸に襲われ 息ができない。

薄暗い中に濃い影が絡み合う。

「先に行け!」

怒鳴るような声に、遠のいていた意識が呼び戻される。慌てて立ち上がるが、何度も重ねる剣戟の音が、真緒の足を鈍らせた。

「早く行けっ!」

エイドルが苦しげな声で叫ぶ。一歩踏み出せば走り出せる。それなのに、その一歩が でない。


早く逃げなくちゃ。

エイドルが護ってくれている。ここにいても足手まといになるだけだ。


そう叱咤するが、どうにも身体は言うことをきいてくれなかった。

「いけーっ!…ぐっ……」

叫びにくぐもった声が混じり、鉄の臭いが鼻につく。

反射的に振り返れば、エイドルが片膝をつきながらも剣を払ってる姿が目飛び込んだ。


勝手に身体が動いていた。

気付けば、その影目掛けて体当たりしていた。

もつれるよに地面に押し倒せば、その影は月明かりにその姿を晒した。

「…フォルス…」

知った者だったことで、真緒の動きが止まってしまった。フォルスはその一瞬の隙を見逃さず、真緒を突き飛ばすと、剣を振るった。そんな俊敏な動きに対応できるはずもなく、その切先をただ、見つめた。不思議と怖さはなく、スローモーションのように描かれる軌道を視線が追っていた。


あ…… やられる ……


「うっ…がっ…!」


まるでカエルを潰したような声と同時に、真緒に向けられていたフォルスの剣が、消えた。その剣は、乾いた音を立て真緒の足元に落ちてきた。フォルスは肩を押えながらも横に飛び、背後から飛んでくるスローイングナイフを鮮やかに避けていた。


「… なぜマオが殺されかけてる?」

感情の籠らないその声と共に、音もなく真緒とフォルスの間に現れ、真緒を背に庇った。

「……姉さん…」

姉さん?エイドルの? ……え… ルーシェ?

エイドルの緊張が真緒にも伝わってきた。どんだけルーシェを怖がってるのよ。声が震えているよ。

身体に沿う黒衣に身を包み、見事な金髪は衣装と同じ黒い布に覆われていた。見上げる背中はしなやかで美しく、同性の真緒が見惚れる程だった。

スローイングナイフからグラディウスに持ち替え、

ルーシェはフォルスとの間合いを詰めた。

「マオを連れていけ」

エイドルに視線をむけることなく言い放つ。グラディウスを構えると、口の端を上げた。

━━━━ お前の相手は私がしてやるよ。

冴え冴えとした眼光はフォルスを捉えて逃さなかった。


真緒は揺るぎ立つエイドルに駆け寄った。エイドルの動きに合わせて鉄の臭いがする。肩を貸そうと腰に腕を回せば、エイドルがそれを拒んだ。

「ダメ!ほらっ」

つべこべ言わずに頼りなさいよ。エイドルの腕を強引に自身に引き寄せて肩に回すと、暗がりに向けて踏み出した。

「…くそっ…」

エイドルの悔しさが滲みでた呟きが、肩を貸す真緒の耳元に落ちる。握る拳に力が籠るのがわかる。


騎士としての矜恃

敵を前に退かなければならない屈辱

自分の力不足を突き付けられる現実


かける言葉が見つけられず、地面に視線を落としてひたすら足を進めた。

背後から聞こえるであろう剣戟の音が しない。

背後を伺うように頭を振れば、エイドルの低い声がそれを止めた。

「…大丈夫だ。姉さんは強い」

真緒は無言で頷いた。そうだ、ルーシェは強い。

「…姉さんのこと、怖いか?」

ふるふる、ゆっくり頭を横に振る。

「ルーシェはこの世界にできた大切な友達。うーん、お姉さんかな?どんな姿でも、ルーシェはルーシェだから」

真緒の返答はエイドルにとって納得できるものだったようだ。

「そうか」

それだけいうと口を噤んだ。もう少しで森を抜ける。

目指す先にぽっかりと空いた月明かりさすトンネルの出口のようなものが見えた。

もう少し…!

「エイドル、大丈夫?もう少しだから」

エイドルを励ましているつもりが、自分を励ましていることに気づき、苦笑する。エイドルに回した腕に力を入れて支え直すと、足を早めた。


それは小さな音だった。

下草を踏むその音にきづいたときには、数人の男が行く手を塞いでいた。距離はあるものの、この細い森の道では、退くか進むか しか選択肢はなかった。

「……マオ 下がれ」

真緒の身体を強引に離すと、自身の背に庇った。揺らぐ身体を支えるためか、エイドルは大きく足を開き、腰を落として剣を構えた。

「…このまま引き返せ。直に 姉さんがくる」

低い唸るような声が、早くしろ!と追い立てるが、明らかに軽くない傷を負っているエイドルを置いてなど、行けるはずもなかった。

それでも、エイドルの動きを妨げることにならないように 太い幹の裏手に身を隠した。

エイドルの荒い息遣いに、下草を踏みしめる音が混じる。近づいた気配に、真緒は身を固くして膝を強く抱えた。


「…あいつら(第一王子派)より先に見つけられたようだ」

フロイアスは前髪を掻きあげ、後ろに撫で付けた。その顔には笑みが浮かび、その視線はエイドルではなく真緒が居る幹に向けられていた。

「マオ」

名を呼ぶ声に 真緒は耳を塞いだ。ぞわりと背筋を走る感覚に身震いする。


イヤだ、来ないで!


「お姫様はご機嫌ナナメだね」

返事のないことも面白くて仕方がないと言う様に、フロイアスは笑みを深めた。

「おいっ!」

エイドルは左手で脇腹を押えながらも、攻撃の隙を狙っていた。構えを解くことなく、真緒が背中に来るように、立ち位置を変えていった。視界を妨げられたフロイアスが、苛立ちの声を上げた。

「邪魔だな」

それは攻撃の合図てもあった。フロイアスの脇をすり抜けるように背後の男たちがエイドルを半円に囲む。

「ほら、拗ねてないで出ておいで。このままだと (エイドル)は困ったことになるんじゃないかな?」

立っているのもやっとだよね、彼は。

フロイアスの含み笑いが木霊する。

「マオ、おいで」

猫なで声が真緒を誘う。致命傷を与えず、なぶるように傷つける行為がなされていることに、真緒は気づいてしまった。人が動く気配と共に、声を殺したエイドルの呻き声が聞こえるのだ。

耐えられず、真緒が動き出したそのとき、呻き声はくぐもった別の声色になっていた。


「王太子直々に、弟に 手ほどき頂いたようで」

慇懃無礼な言葉と共に現れたルーシェの手にはスローイングナイフが踊っていた。幹の影から盗み見ると、エイドルを囲んでいた男たちは油断ない雰囲気に殺気を漲らせてルーシェを睨みつけているが、その姿は身体のどこかに攻撃を受けた後のようだった。

ひとりがルーシェに攻撃を仕掛けたが、

ルーシェから繰り出されたスローイングナイフは吸い寄せられるように胸へと刺さり、後ろに仰け反るように 視界から消えた。

あら? 当たりが良かったわね。

小首を傾げ妖艶に笑うルーシェはグラディウスをゆっくりと抜き 一同を見回すと、次は誰?と視線で挑発した。ルーシェが踏み出せば、同じ分だけ退く。その攻防を繰り返し、ルーシェはエイドルを背後に置く位置まで押し返した。

荒い息遣いに苦痛に歪められた表情ながら、しっかりと視線を合わせてきたエイドルを確認すると、ルーシェはフロイアスに向き直った。


「このまま引いてください、フロイアス王太子」

それとも、この地に墓標を建てますか?

ルーシェの凛とした声が夜の森に響いた。


「…ここは 引くとしよう…」

苦し気にようやく紡がれた言葉に、真緒は呪縛が溶けたように力が抜けてその場に座り込んだ。

今更ながら 足が震える。指が強張り溢れる涙を拭いたいのに目尻に沿わない。なんとか深呼吸を一回、続けてもう一回する。


そのときだった。

身体近くに気配を感じるのと同時に、真緒の背に強い痛みが走った。続いて襲う熱に背中が焼かれるような苦しみが襲う。無意識に払った腕にも、蹴り出した足にも同様の痛みと熱が灯されて、全身火ぐるまとなった錯覚に陥った。


助けて…!


「マオから離れろ!」

エイドルの鋭い声が飛ぶ。真緒が身を隠した方向からする物音にエイドルが気付いたのだ。

「た…!」

助けて。言葉は続かなかった。真緒の身体は強く地面に押し付けられと、腹を蹴られ襲う強い痛みが意識を奪う。


闇に沈む意識に、焼き付く痛みからの開放感が真緒を包む。身体が揺れる感覚は波にさらわれるように深い眠りへと誘う。


真緒の意識は 深く 落ちていった。




















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