表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
259/318

259.暗闇の逃走

フォルスの荒い息遣いが、闇に吸い込まれてゆく。

それでも、闇の先に灯る明かりが 希望をくれる。

しかし、それはまだ小さな灯火だ。

気持ちは急くが、足取りは落ちる一方だった。


ローゼルシアを抱きかかえての逃避は、体力だけでなく精神力も削ぎとる。迫りくる緊迫感は真緒でも息苦しい。フォルスにとっては殊更だろう。

背後の揺れる明かりが、足を止めることを許さない。

真緒の足は何度も縺れ、つまづきながらもフォルスの後ろをついて行くのに必死だった。当然ながら、フォルスが真緒を気遣うことなど、一切なかった。

仕方の無いこと だと真緒もわかっている。

フォルスにとって、(フロイアス)を惑わす悪女なのだから。


(悪女ねぇ…)

失笑。自分で言っておいてなんだが、なんとも様にならない悪女である。ローゼルシアのドレスは装飾は多くないが、無駄に生地が厚い。はっきりいって重い。それに丈が長くそれを胸で無造作に絡げ、歩幅の広いフォルスの後を小走り気味について行く。

身体に合わないダボダボのドレスに、背を丸め、荷物を持つように裾を絡げて後を追う姿は、最早 喜劇である。間違っても、こんな姿をライルに見られたくない。

助けに来て欲しい。

あの胸に抱かれ安らぎに包まれたい気持ちと、こんな喜劇な自分を見られることの恥ずかしさを心の天秤が計っている。

(…そんなことを天秤にかけられる程には余裕が持ててるってことか。…うん、まだやれる!頑張れ 私!)

挫けそうな気持ちを、闇に囚われそうな心を奮い立たせ、とにかく目の前の男の背を見失わないように追った。


「近くにいる 筈だっ!」

背後に迫る鋭い声に、ローゼルシアがフォルスに迫った。降ろしなさい!そんな言葉にフォルスが耳を貸すわけがなかった。

しかし現実は厳しい。

足を速めるが、追いつかれるのは時間の問題だろう。次第に大きくなるローゼルシアの声と 抗う力に、フォルスは足を止めて、地へ降ろした。そして、失礼、とひと言呟くとローゼルシアを昏倒させた。

力無く横たわるローゼルシアを再び抱くと、追手の松明の明かりから隠すよう茂みの中へ身を隠した。


「…私が 囮になる。その間に逃げ切って」

真緒はフォルスを正面から見据え、震える声でひと息に言いきった。

「だって、狙いは彼女でしょう?」

チラリとローゼルシアに視線を向ける。

「私、彼女のドレス着てるし、この暗闇なら少しは騙せると思う。それに、この森のこと 知ってるから」

嘘。本当は知らない。怖い。一緒に連れて行って!

喉元まで言葉がせり上がってくる。それを飲み込んで、無理矢理笑った。


ライルとみた王都の夜景。

ベルタの街の賑わい。

こんな自分を護ってくれるひとたち…


サウザニアの人が、この国で生命を落とすことになれば、戦争になるかもしれない。

戦争になれば、ライルも戦いの場に身を置くのだろう。そんなの 嫌だ。

ライルが護っているもの。私も護りたい。

怖い。

本当は 逃げてしまいたい。

でも、護って貰うだけじゃダメなんだ。

私も 抗い 闘わなければ。


そして 絶対 ライルの処に 帰る。


フォルスは何も言わなかった。

暗闇ではその表情も読めない。だから 返答が無いことを了承と取った。

真緒はゆっくりと立ち上がると、茂みから抜け出した。そして足元の石をいくつか手に取ると松明の揺らめきに向かい足を進めた。


時間は稼げただろうか…

茂みからできるだけ離れるように歩いたつもりだ。

大きな幹に身を寄せて、松明の動きを見る。

先程から同じような場所で明かりが揺らめいており、この辺にいると当たりをつけて、向こうも念入りに探しているようだった。


真緒は握りこんだ石を、先程の茂みの反対に向かって立て続けに投げた。木や枝に当たったのか葉を揺らす音が立つ。人の移動するざわめきが、波のように真緒に届いた。

ぐっ、と下腹に力を入れて 拳を握る。

ローゼルシアのドレスはクリームを基調としたシンプルなものだか、銀糸で全体に刺繍が施され、月光を受けて煌めいた。

先程まで求めた救いの灯りに背を向けて、真緒は追手が見つけやすいように月明かりを求めて走り出た。

「居たぞっ!」

期待通りの声が聞こえた。

強く打った心臓を宥めるように胸に手を当てる。

ドレスの裾をかきあげて抱き直し、大胆に足を出して走り出した。


必ず ライルの元へ帰る!

その想いだけが、真緒を支えていた。



遠くに、ざわめきがきこえる。

松明の灯りが忙しなく揺れるのがみえた。


━━━ マオが捕まったのだろうか


フォルスの胸が ざわり とする。

…だが、これはチャンスだ。

マオが亡き者なれば、憂いは無くなる。


フロイアスが王として立つ。

それが全てだ。マオの存在は必要ない。

言い訳するような思考を打ち切り、ローゼルシアを抱き直すと足を進めた。

ぼんやりとした小さな光だったものが、随分とはっきりとした灯火となってみえた。

(…きたか…)

胸元から発光石を取り出すと、それを強く打ち合わせ割ると、手近にある太い幹に投げつけた。

発光弾のように瞬間的に眩しい光を放つ。

すると離れた灯火が、短い間隔で点滅を繰り返した。


フォルスは、あてもなくローゼルシアを探していた訳ではない。

ローゼルシア拉致の報を受け、直ぐに影からの情報を得ていた。第一王子派が動いている。ヘルデハークを誘い出すことが目的なのは明らかだった。

廃嫡まで追い込まれた第一王子は、フロイアスの味方についた第三王子に深刻な怪我を負わせ、サウザニア国内は混沌としている。この機を逃すことなく、王位を狙ってくる。ヒルハイト王の生命だけでなく、フロイアスを狙ってくるのは必定だ。

マオも時を同じくして拉致されていた。フロイアスを誘き寄せるためであろう。ローゼルシアではフロイアスをおびき出すには不十分とみたのだろう。悔しいが、間違っていない。


マオの拉致を、決して フロイアスに知られてはならない。

この混乱に乗じて マオの存在を消す。

もうローゼルシアは取り戻したのだ。

第一王子派に精々役立ってもらおう。


なのに… 何故 …


━━━ こんなに 胸がざわつくのか …


自分の心の有り様が 分からない。

マオのことが気に掛る


━━━━ らしくない

ゆっくりとかぶりを振り、フォルスは口の端を歪に釣り上げ、その瞳に冷たい光を宿した。


合図に応じた灯火が、近づいてきていた。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ