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258.護るため

「大丈夫よ。このような事態も想定済みです」

ローゼルシアは不敵に微笑んだ。

「ですが、私が戻らなければ()()は動きません」

ふぅ、と小さくため息を漏らした。外は見張りが置かれているし、あの高い位置の窓からでは脱出は無理だろう。


どうやって ここから逃げる…?


月明かりに照らされ 薄ぼんやりとした室内を、真緒は見回した。明り取りを兼ねた天窓がひとつ。扉がひとつ。真緒が背伸びすれば外が見える高さの はめ込み式窓があるのみだ。

天窓に見える月は随分と高い位置にある。囚われてから 数時間は経っているのだろう。


…朝を待つ?


いや、待ったところで状況は変わらないだろう。壁にもたれ、思考を巡らせていた真緒の耳に 壁越しの潜めた声が耳に入ってきた。

それは、ローゼルシアを穢すための算段だった。

どうせ殺すのだ。ヘルデハークを誘き出すときに生きてさえいればよい。男たちの卑猥な笑い声に 身の毛立つ。フェなんとか という名の男が、卑劣な目的のためにこの小屋へ向かっているらしい。その男が来るまでになんとか逃げなくては!


「服を…!服を脱いで!」

真緒はローゼルシアに近づくと 小声で告げると同時に、ローゼルシアのドレスに手をかけた。慌ててその手から逃れようとするローゼルシアをがっちりと押さえ込み、背後のボタンを外した。

「いいから!フェ…フェなんとかっていう男が、あなたを狙ってここに来る!その前に逃げなくちゃ」

いいながらも真緒は自身のドレスを脱ぎ去りコルセット姿になると、ローゼルシアにそれを被せた。そしてローゼルシアのドレスを身につけると、背中を向けてボタンをとめて欲しいと頼んだ。戸惑いつつも、ローゼルシアはとめてゆくが、普段やらない作業に手間取っているようだった。

イザの言葉を借りれば『ボン キュッ ボン』のローゼルシアのドレスは華奢な真緒にはブカブカだ。裾も引き摺る。でも、そんなことに構っては居られなかった。真緒のドレスは幸いにもボタンはないが、豊かなボディには無理があり、壁にかかっていたローブを頭からすっぽり被らせ、見事な金髪と魅力的な胸を覆った。具体的な案がある訳では無い。でも、なにかせずには居られなかった。


『おい…あの女はいるのだろうな?』

『はい、フェルダス様』

『…私が出てくるまて、誰も近ずけるな。お前らもしばらく離れていろ』


外の男たちの会話が、ローゼルシアと真緒の耳に入る。ローゼルシアの身体が強ばるのがわかった。

「あの男…っ!」

吐き捨てるような侮蔑を含んだその呟きが漏れる。真緒はローゼルシアを扉から一番遠い明かりの届かない隅に座らせると、ローブを深く被るように指示した。そして、ゆっくりと扉の影に立つ。火かき棒を手に持つと、ゆっくり上に振りかぶった。


大丈夫…

きっと上手くいく。ほら、サスペンスドラマでは、こうやって犯人が襲うじゃない?ここからドラマが始まるし!成功率100%!よし!

火かき棒を握る手が震える。汗で滑る手に力を込めて握り直した。扉の向こうから 鍵をいじる音が不気味に響く。金属の鈍く擦れる音が、真緒の心を削る。

どんな理由であろうとも、これからすることは他人を傷付ける行為だ。生命を奪うかもしれない。

身体が震え、足がすくむ。

ギュッと強く瞳を閉じて、己の決意を強くする。


━━ カチャ…


その音と同時に真緒は 目 を見開くと、扉を開け放ち入ってきた男を睨みつけ、影からタイミングを窺った。

「…これは、これは…。サウザニアの華と呼ばれた貴女がこんな姿とは … 気味がいい」

侮蔑した笑い声を含んだ声と共にその男は一歩、また一歩ローゼルシアに向かっていく。

男の影が背後からの月明かりから 天窓からのそれに変わったとき、真緒は男の背後に忍び出ると、振り上げていた火かき棒を振り下ろした。


「…っ!」

声にならない短い呻き声と共に、その男は地面に倒れた。その音をかき消すように真緒は扉を閉めた。

息が上がる。上手く呼吸ができない。

かじかんだように動かせない指から火かき棒がはなれない。足元に横たわる男を睨みつけながら、震える足で、男を蹴った。

…動かない。

もう一度。今度は力を込めて蹴った。

それでも動かないことで、真緒は大きく深く息を吐き、その場に崩れるように座り込んだ。


「…マオ!」

ローゼルシアが躓きながら駆け寄ってきた。目の前で起こった荒事に、流石の女傑も声が震えていた。

ローゼルシアが真緒の手から火かき棒を取り上げようとしたとき、突然扉が開いた。

咄嗟にローゼルシアを背にかばい、真緒は火かき棒を扉に向けて正眼に構えた。

しかし 震える腕では相手を定められず、指揮棒のように宙を揺らいだ。子鹿のように震える足では 立ち上がることも出来ず、背に庇うのが精一杯。それでも、怯む訳にはいかない。負けまいとそのシルエットを睨みつければ、それは見知った男だった。


背後からの声に、固まったままだった身体が力を失う。座り込んだマオの身体を柔らかい腕が支えてくれた。

「フォルス、よく来てくれました」

ローゼルシアの言葉にフォルスはそっと扉を閉めて改めて向き直った。奥に臥す男の姿を見つけると、器用に縛り上げ奥の壁に向かって引き摺っていった。

「失礼致しました。お迎えに上がりました」

真緒に対して嫌味ったらしい物言いが鼻につくフォルスは、さすがに主の婚約者には丁寧な態度だ。そんなどうでもいいことをぼんやり考えながら、真緒は二人のやり取りを眺めたいた。ローゼルシアはこれで大丈夫だろう。


…私は?

この男(フォルス)は 私を助ける気なんてないんじゃない?

ジト目でフォルスを睨めていると、大いに不満だ!と顔にしっかり書いた男が、ついてこい、と顎をしゃくった。

あれ? 私も助けてくれるんだ…

そんな気持ちが伝わったのか、ローゼルシア様の意向だ 私は承服しかねる。とご丁寧に説明してくれた。

はい、納得です。


力の入りきらない脚を叱咤し、真緒は立ち上がった。それをローゼルシアが寄り添い支えてくれる。身体に沿う温もりが、真緒の心を支えてくれた。

揺らいだ身体に一歩下がった足裏が何かに取られ、 意識せず床を見てしまった。月明かりに晒された地面の朱は、不気味に赤黒く反射していた。

「…見てはダメよ」

早口の強い口調でローゼルシアは真緒を叱った。それでも、真緒は赤黒い輝きから目が離せなかった。フォルスが真緒の異変に気づいき、その腕を強く引いた。

「早くしろ。見つかったら厄介だ」

強引に向きを変え、真緒の身体を扉の外へ押し出した。揺らぐ足は言うことをきかない。真緒は扉の外にフラフラと数歩出たところで、崩れた。

真緒の頭の中は、あの赤黒いものに囚われていた。


あれは 血 。

あの男の 血 だ。私が 流したのだ。この手で。


震える手を見つめれば、その手が赤黒く染まり滴る朱が溢れ出る。そんな錯覚が真緒を襲い、無意識にドレスに擦り付け その手を拭った。ドレスも赤黒く染るその光景に真緒の理性が悲鳴をあげ、まさに途切れるその時、頬の痛みが真緒を襲った。

「しっかりなさい!」

張られた頬に そっと手が添えられ、温もりが宿る。

温もりと共に真緒の瞳にローゼルシアのグリーンの瞳が映った。

「…あ…」

乾く唇を何度も擦り合わせ、唾を飲む。次第に口腔内に潤いが戻ってきた。

「お立ちなさい」

凛とした声に真緒は身体をビクンと震わせ、小さく頷くと、ローゼルシアの肩を借りてなんとか立ち上がった。

そうだ、逃げなければ。

そのとき フォルスの舌打ちが夜闇に響いた。

「ローゼルシア様 ━━━ お急ぎを」

向かってくる複数の足音を捉えたフォルスの視線は濃い闇の向こうに向けられていた。

その闇から視線を外すことなく、ローゼルシアの手を取り、建物の裏手に向かい足を進めていく。真緒はそのうしろ姿を追った。


囚われていたのは、作業小屋のようだった。

裏手には鬱蒼とした森が闇に溶けて三人を待っていた。風が木立を揺らし、不気味な音を奏でる。それは咆哮のようであり、闇に誘い込む唄のようであった。

足を踏み入れれば 闇は身体に纏わり付き、肌を攫った。その感触に肌が粟立つ。気づけば自分自身をかき抱いていた。

早く、早く逃れたい。

本能が煩いくらいに警鐘を鳴らし、真緒の不安を煽った。


止まりかけた足を気力で前に出し、光のない森へ立ち入る。森を足早に進めば、ローゼルシアは何度か足を取られ、次第にその足運びは勢いを失っていった。


複数の足音が 夜闇に紛れて近づいてくる。

真緒にもその気配を感じ取れるくらいの距離となったとき、ローゼルシアの足が止まった。

フォルスは訝しげにローゼルシアを見つめ、急ぎましょう、と促した。その声に焦りがにじみ、切迫した状況であるのだと、嫌でも意識させられた。

「…私を…置いてゆきなさい。マオを連れてゆくのです」

フォルスとは対照的な落ち着いた声が闇を震わせた。この足では直ぐに追いつかれます、足を痛めてしまいました。淡々と口にするローゼルシアの表情は見えないが、咄嗟に掴んだ手は冷たく 小刻みに震えていた。

「できません!」

フォルスの唸るような低い声に、ローゼルシアが息を飲むのがわかった。ローゼルシアの手が、真緒の手をすり抜けてゆく。

「お、降ろしなさい!これでは直ぐに追いつかれます!」

上擦った声が 戸惑いを含み繰り返されるが、フォルスほ聞く気がないとばかりに返事はない。


ローゼルシアを抱きかかえて、再び歩き出した。











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