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251/318

251.始まり

夜の帳の深まりと共に、華やかさを増してゆくホールは、貴婦人の囁きと弦楽器の奏でが宴の高まりを演出していた。

玉座には、マージオとアルマリアが既に着座していた。招待に応じて訪れた国々の王や大使からの挨拶を受け終えると 歓談を見守るようフロアから玉座に退き、主役であるナルセルとナキアに対応を任せた。


「…なかなかの顔ぶれだな」

「…はい。これも貴方の力があってこそですわ。この国がしっかりと独り立ちした証でもありますもの」

マージオは肘掛に寄りかかるように身体をアルマリア側に傾けると、正面を見据えたまま 囁いた。扇越しに、やはり正面を見つめたままアルマリアはそれに応えた。扇の中では、口許に柔らかな微笑みが浮かべていた。息子の晴れ姿に目を細め、居並ぶ国賓の顔ぶれに、この国の復興がかなった事を実感するのだった。

「いや、私の力など些細なものだ。王妃である貴女の力添えがあってこそかなった事だ」

肘掛に添えたアルマリアの手に、マージオはそっと自身の手を重ねた。その熱に至福の幸を感じ酔いしれる。アルマリアにとって何よりの賛辞だった。

言葉の代わりに、アルマリアは手を返してマージオの手を握り返した。

この先も 共に…

そんな想いを指先に込め、指を軽く搦めた。

その想いが伝わったのだろう、マージオが強く頷くのがわかった。


「…きたようです」

そのふたりの間に そっと声が掛かる。ニックヘルムの声に、ふたりは互いに一瞬力を込めてから 手を離すと、正面からゆったりと入場する一団に目をやった。


玉座はフロアを見渡せる高さにあり、その一団が玉座前の段差に近づいたところで、マージオはアルマリアの手を取り立ち上がった。

「マージオ国王陛下、アルマリア王妃陛下にご挨拶申し上げます」

恭しく深い礼を取るヘルデハークに続き、デジーラも礼を取る。その後にはローゼルシアが美しいカーテシー姿を披露していた。

「楽にしてくれ、ヘルデハーク公」

マージオの言葉にようやく礼をを解いたが、自身の君主たるヒルハイトに向き直り、再び礼を取った。

「我が王、こうしてお許しいただけたこと、深く感謝致します。ここに新たに忠誠を誓います」

ヒルハイトはヘルデハークの肩に手を置き、膝を着いていたヘルデハークを立たせた。

「これからもサウザニアのために力を尽くして欲しい。王太子であるフロイアスを支えてくれ」

まるで舞台のようなやり取りが、国賓たちの前で繰り広げられる。マージオとアルマリアはフロアへ降り立つと、サウザニア王家と宰相の復縁のシナリオに加わった。

「義兄上、ヘルデハーク公の力添えは心強いものでありますな。これであれば、我々(エストニル)も発展した関係を築いていけます」

「義弟の特別な取り成しがあったからこそだ」

ヒルハイトが心にもない笑顔を浮かべれば、マージオとアルマリアは会心の微笑みを返した。

そして、挨拶のために戻ってきたナルセルとナキアに視線を向けると、ヘルデハークは流れるような自然な動きで、礼を取り、婚約の祝辞を贈った。

理知的な姿勢、会話の中に頭の回転の良さが見て取れる。

(…病気がちだと聞いていたが、随分と印象の違うものだな…)

ヘルデハークは失礼にならない程度に視線でナルセルを探った。それはサウザニアを影で支えてきた男の習性であった。その様子を視界の隅に納め、ヒルハイトはヘルデハークの言葉を待った。

「…この先共に発展した関係が築けるよう、お時間を頂いてお話しさせて頂けたら光栄にございます」

言葉と共に腰を折り歩み寄りを見せたヘルデハークに、ヒルハイトは深く頷いていた。この男も、ナルセルを次期王として、油断ならないと認めたのだな…。

自身と同じ思いを抱いたことに安堵し、自身の後継をみやった。

フォルスが目を光らせ、ヒルハイトの傍からフロイアスが離れぬように付き従っている。そつなく社交をこなし、諸外国の要人相手に抜け目ない外交をしている一方で、落ち着きなくフロアに視線を漂わせ、誰かを探していた息子の行動を思い返し、嘆息した。


フロイアスは頑なだった。

これ以上踏み込めば、エストニルとの関係だけでなく、大陸内でのサウザニアの立ち位置にも関係してくる。次期国王として自重せよ。そんな言葉ではフロイアスの心を変えるのは難しかった。


ヒルハイトの憂いを帯びた視線の先にあるのがフロイアス だと気づき、アルマリアはそっとローゼルシアに視線を投げかけた。扇の向こう、目線だけで頷き返すローゼルシアに、今度はしっかりと視線を向けて微笑んだ。

「…そちらのご令嬢をご紹介頂けるかしら?」

その言葉を受け、前へ進み出たローゼルシアは優雅なカーテシーを取った。

「恐れながら、我が娘ローゼルシアでございます」

父親によって紹介されたローゼルシアは、さらに深く腰を折った後に、ナルセルとナキアに身体を向けた。

「ヘルデハークが娘、ローゼルシアと申します。ナルセル王太子殿下のご婚約に際し、心からお祝い申し上げます」

凛とした声で告げると、ナキアにそっと視線を向け、微笑んだ。それは一瞬の出来事だったが、優しげな微笑みに悪意がないことはナキアにも伝わった。

「ローゼルシア殿、私の婚約者ナキアと親交を持って頂けたら嬉しい」

ナルセルがナキアの気持ちを代弁すれば、ナキアの頬がほんのり紅に染まり、その初々しさが、周囲に好感を与えた。ナルセルより少し後ろに控えるように寄り添う姿は、本来の快活なナキアとはかけ離れているが、アルマリアの徹底した教育の賜物だった。目論見通り、庇護欲をそそる清楚な王太子の婚約者は、諸国の要人たちから好意的に受け入れられた。


ナキアは山神の遣いと呼ばれる一族の娘だ。

一族の存在は、その高い戦闘力と結束によって諸国に周知されており、この婚姻により、エストニルと強い関係性が生まれることに危機感を募らせている国もある。長であり、父親であるリュード、兄であり後継であるタクラも勿論この宴に招かれているが、そういった思惑を刺激しないようにと、控えの間に落ち着いていた。

戦闘民族の印象が強い山神の遣いからの妃を迎える。ナキアが いかに野蛮で粗暴であろうかと、意地悪く その所作をみていた者たちの鼻をあかしたのだった。


「ローゼルシア様、どうぞ仲良くしてくださいませ」

恥じらいながらも、ナキアが言葉をかければローゼルシアは心得たとばかりに、どうぞローゼとお呼びくださいませ、と微笑み返した。


何故、ここにヘルデハークの娘(ローゼルシア)が…? そして…フロイアスは、悟った。

ヒルハイトによって名を呼ばれ我に返ったフロイアスは、エスコートせよ、の意を含んだヒルハイトの目配せに反射的に応え、ローゼルシアに手を差し出した。


これは… 計られたな…


サウザニアの反フロイアス派の抵抗はしぶとく、第三王子が苦慮しているという。早急に帰国を願う書簡が父上に何度も届いている。それを納めるためにはヘルデハークと手を組むことが最善策だ。それに異論はない。ただ、この場にローゼルシアを伴って現れたということは、自分との婚姻関係を結ぶことで、父上(ヒルハイト)と何かしらの取引があったことは明白だ。


どうしたら 逃れられる…?

このままではマオ(渡りの姫)は 手に入れることができなくなる…


外堀を埋められている感覚が、フロイアスの焦りを加速させる。ローゼルシアに視線を向ければ、微笑みを浮かべながら、真っ直ぐに瞳を覗き込まれた。その瞳は、全てを見透かすように鋭く、フロイアスの中に入り込んできた。思わず視線を逸らせば、逃すまいとローゼルシアが口を開いた。

「…我々は手を取り合い、(サウザニア)を護らねばなりません」

その声は責める訳でもなく、諭す訳でもなかった。意表を突かれ、フロイアスはローゼルシアを再び見つめた。

「…ヒルハイト王から お話しはありませんでしたか?」

その問いに首を横に振る。いや、話しをするつもりだったのだろうが、マオに執着している自分を見限ったのだろうか…。思案げに表情を曇らせたフロイアスの腕を取り、身体を添わせダンスの輪に加わる。ゆったりとした調べに合わせ、フロイアスに身体を預け、顔を寄せた。

「…御容赦ください。こうすればお話しできますでしょう?」

ローゼルシアの大胆な行動にフロイアスは驚いたが、その言葉に身体の力を抜きローゼルシアを受け入れた。

「…聞こう」

そう応えれば、ローゼルシアは頷き、この婚約に至った経緯をフロイアスに語り始めたのだった。












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