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249.ヘルデハークの娘

王宮の中でも王妃宮にほど近い場所に、デジーラ公爵の私邸はあった。

王妃アルマリアがサウザニアから嫁いで以降、監視や国益に繋げる使者として、サウザニアからアルマリア付きの者が常駐してきた。

前任の者は、渡りの姫を拐かそうと愚かな貴族と手を組み罪を犯した。

デジーラ公爵はその後任として、アルマリアから望まれ、エストニルにやってきた者だった。

堅物だが、公正明大な人物。

アルマリアはそこを高く評価していたが、後継争いに荒れるサウザニア国内では、正しき事を告げる者が正義ではなかった。

他国との関係よりも、後継争いに夢中なサウザニアに未来はない。

既に老齢に差し掛かったデジーラだったが、異国での再出発に異存は無かった。


そして、自身の向かいに腰かけ、茶を楽しむ男。

この男を迎えることができたこと、それが何よりもデジーラを奮い立たせた。

穏やかな表情で香りを楽しみ、カップを口元に運ぶ。歳の頃はヒルハイト王と変わらないだろう。ヘルデハークは、茶が気に入ったのか、近くの侍従に 二杯目を所望していた。


宰相のような立場にあったヘルデハークは、慣習に則り、第一王子の後見となった。

王が後継指名を先延ばしする中、激しくなる後継争いを収めようと動くだけだなく、諸外国にも眼を光らせ、付け入る隙を与えないよう策を弄していたのだ。この男がいなければ、サウザニアは窮地に陥っていたかもしれない。

第二王子であるフロイアスを王太子とし、後継と認めたことで、第一王子は自身を支持する急先鋒の貴族の甘言に乗せられヒルハイト暗殺を企てた。

その計画を知ったヘルデハークが急先鋒貴族を粛清し、第一王子は廃嫡となったが、国王暗殺の黒幕と囁かれ続けたヘルデハークは暗殺者の手を逃れ、国外へ逃れることを選んだ。

身柄の引渡しがされない国マリダナを考えていたヘルデハークを説得し、秘密裏に受け入れたのがアルマリアとデジーラだったのだ。


国力の陰りが見えているとはいえ、それでもサウザニアはこの大陸での影響力はある。アルマリアの母国であり、エストニルにとって、新しい関係を築くことでまだまだ利用価値のある国なのだ。

ヘルデハークと手を取り合うことは、エストニルにとって最良の選択であると言えた。



侍従が、来客を告げる。

二人は立ち上がり、礼を取り迎えた。

「よい、楽にせよ」

艶のある声と共に、華やかな香りが室内を満たす。

アルマリアが着席すると、二人も腰を降ろした。

「…お父様。王妃様に見立てていだだきましたの」

アルマリアが目配せすると、後ろに控えたいた女性が前に進み出た。

目の冷めるような金髪に理知的なグリーンの瞳。

クリームを基調としたシンプルなドレスには、銀糸で全体に刺繍が施され、動く度に光を受けて煌めいた。

ヘルデハークは目を細め、愛娘を見つめた。

目じりの皺が深く刻まれ、その瞳には愛情が溢れていた。

「ローゼルシア嬢、美しいな…。あの男(フロイアス)には勿体ないな」

「デジーラ様、どうぞローゼとお呼びください」

鈴が転がるような声と、瑞々しさを湛えた甘い香りが、ドレスの動きに合わせて放たれる。アルマリアの妖艶な芳香とは違う、若い女性の放つ香りに 暫し酔う。そんな男たちの様子を扇越しに眺めていたアルマリアは、演技掛かった溜息で男たちを現実に引き戻した。

いやいや、これはこれは…

ローゼ嬢の美しさにあてられましたな…

苦笑と共にデジーラは、白髪を撫で、ヘルデハークに同意を求めた。それに対しては首を横に振りつつも、嬉しさを隠しきれない様子でヘルデハークは二杯目の茶を飲み干した。


「ローゼ」

アルマリアは自身の隣の席にローゼルシアを座らせると、本題に入った。

「今宵、フロイアスとの婚約を対外的に発表する。勿論、ヒルハイト王も承知のこと。そして、マリダナア王が祝福と共にこの婚姻を後押ししてくださる」

「はい、心得ております。私の役目は充分に承知しております。必ずや王妃様の期待に応えましょう」

ローゼルシアは理知的な瞳に焔を灯し、アルマリアの瞳に応えた。右手を自身の胸に添え、瞳をそらすことなく、アルマリアに礼を取った。

「私はサウザニアの礎となりましょう。フロイアス殿下を支え、必ずサウザニアを大陸の要となる国へと導きましょう」

アルマリアは満足気に頷き、期待しています、と言葉をかけた。

「ヘルデハークの娘だから、私は貴女を選んだのではありません。フロイアスの統治者としての資質を見抜き、父親を説得し、この結果に導いた貴女の手腕に期待したのです」

その言葉に深い礼を取ったローゼルシアは、表情を引き締め、アルマリアと向かい合った。

「フロイアス殿下の彼の姫への執着が気に掛ることではありますが、殿下の行動をコントロールするのも妻の役目にございます。幸いフォルスが力になってくれます」

ご安心を。そう目線で誓えば、アルマリアは微笑んでそれを受けた。

「ヘルデハーク、良い娘を育てたな…

サウザニアを頼みます。兄上様は詰めが甘い故、貴方の力が頼りです」

その言葉に、ヘルデハークは深く頭を垂れた。

「はい、再びサウザニアのために力を尽くせることを嬉しく思います。このご恩は、エストニルとの新たな関係の中でお返しできるとお約束致します」

アルマリアは大きく頷いた。その言葉は、アルマリアを満足させるものだった。


しばらくの雑談のあと、アルマリアは退室していった。アルマリアを見送り、残された三人は緊張から解き放たれ、背もたれに身体を預けた。

「…益々、政治的な感覚を養われて、気が抜けませんな…」

「…敵対関係になることは避けたい相手ですな…」

ヘルデハークから漏れた言葉に、デジーラが応える。

「良い関係を築いてゆければ良いのです。そのために私がおります」

ローゼルシアは深い笑みを浮かべた。

その姿は、エストニルに嫁いだ頃のアルマリアの姿に重なった。デジーラはふたりの女性に共通する強かさに 心の中で賛辞を贈った。


マージオ王は愚王でも傀儡でもない。

穏やかで聡明、国民からの信頼が高い賢王だ。

心優しい王は、陽のあたる場所で国を導く。

王妃アルマリアと宰相ニックヘルムが影を支える。

強い光には濃い影が伴う。


さて、サウザニアはどうか…

デジーラは、談笑する親子を見つめるのだった。




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