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246.茶会②

「おや、これは…。ご一緒してもよろしいかな?」

…この声!

真緒は遠のきかける意識と抗いながら、声の主へ緩慢に向き直った。


…フロイアス殿下!


霞む視界にも その姿は映った。

その後ろに控えるフォルスも視界に捉えた。相変わらず、不機嫌な顔をしてるわね…

散漫な思考でフォルス睨めつけ、視線をテーブルへと移した。この機会に退席してもいいかな…

他国の王太子と同席なんて、ムリ。

━━━ と、言うより 痴漢王子と一緒にお茶飲むなんて 嫌だし。

ここは 丁寧にご挨拶して退散しよう。身体も火照ってボーッとするし、何より酔っ払っているみたいだ。酒癖が悪い自覚はある。悪態ついて国際問題になったら大変だ。


「…!」

ナプキンを置いて立ち上がろうとした真緒の手首をフロイアスが掴み、その動きを封じた。フロイアスの熱の籠った視線に絡め取られ、視線が外せなくなってしまった。グッと手を引かれ、浮いた腰が椅子に戻される。その腰にフロイアスの腕が回った。

その腕の感覚に 身体の芯を稲妻が走り、腰が砕けた。動悸が真緒を支配し、何かが湧き上がるようにゾワゾワとした感覚に身体が包まれる。

「…くぅっ…!」

吐息と共に思わず声が漏れた。自分の身体の変化に戸惑う。どんどん増していく身体の熱が真緒を苦しめた。

「どうしたのかな?」

フロイアスが真緒の耳元で囁き、腰を撫でる。

その手つきに身体が反応するように、ピクリと波打った。自身の身体の反応が恥ずかしく、フロイアスに気づかれたのではないかと視線で探れば、悦びと欲を帯びた瞳とかち合った。

フロイアスは真緒から視線を外すことなく、自身のカップを手に取り口元へ運ぶ。カップの縁を舌先で すぅ

となぞる仕草は壮絶な色香を放っていた。


見てはいけない ! … 目が離せない …!


視線が離せないなら、目をつぶってしまえ!

強く目を瞑れば、感覚が研ぎ澄まされるようで、息が上がった。

兎に角、ここから離れたい…!

目をつぶったまま、全身の力を振り絞って、その腕を振り払い立ち上がった。力の入らない足元にヒールでは真緒の身体を支えられなかった。


傾ぐ身体を、自分ではどうにもできず、テーブルに縋った。掴んだテーブルクロスは手からすり抜け、クロスの上では音を立ててカップや花瓶が動いた。

「お嬢様!」

ルーシェの慌てた声がやけに近くに聞こえる。

柔らかい腕に支えられ、その胸元に抱えられていると気づくまでに時間がかかった。


「殿下!」

ルーシェの声と被るように、フォルスの鋭い声が、東屋に響いていた。フォルスはフロイアスの手からカッブを奪い取ると、失礼、と形ばかりの声を掛けてそれを口にした。一瞬で顔色を変え厳しい顔つきとなり、それをナプキンに吐き出すと、衛兵を呼んだ。

「殿下を部屋へお連れしろ!」

真緒に手を伸ばすフロイアスを遮るように真緒との間にたちはだかると、何か言いたげな主を半ば強引に、騎士に連れていかせた。



華やかな庭園の茶会は、瞬時にして騎士に囲まれた物々しいものとなった。

「なっ、なんですの!」

シェリアナは気色ばみ、声を荒らげた。フォルスは構わず拘束するように命令を出すと、シェリアナに鋭い視線を向けた。令嬢であっても、騎士は手加減などせずに後ろ手に拘束した。動きを封じられてもなお、シェリアナは抵抗を止めなかった。

「…これに何を入れた?」

射殺すような強く冷たい視線を逸らすことなくシェリアナに向け、奪ったカップを掲げた。シェリアナは聞かれた意味が分からず、ただ、首を横に振った。

「…なんのことです?私は公爵令嬢ですわ!このような扱いを受けるとは屈辱です!父を…、父を呼びなさい!」

いいでしょう、フォルスは近くの侍女に目配せし呼びに行かせると、シェリアナの侍女に胸元の異質な膨らみを探るよう命じた。あっさりと小瓶が晒され、テーブルに置かれた。無表情でそれを手に取りシェリアナに問う。

「これは?」

シェリアナは一瞬目を大きく見開いたが、瞳に涙を浮かべると潤んだ瞳と震える声でフォルスを見つめ許しを乞うた。

「…それは マオ様の緊張が解れればと…」

身体を震え、大きな潤んだ瞳で見上げる姿は小動物のように庇護欲をそそるものだった。しかし、フォルスにとってそんな姿は滑稽でしか無かった。

「…毒」

小瓶の中身を舌で確認すると、言い放った。

シェリアナの表情が一変した。

「嘘!嘘よ!そんな訳ない!…それは 媚薬の筈よ!」

そう口走って はっとした表情をしたが、開き直ったのか、髪が乱れるのも構わずに拘束された身体を揺らして必死に訴えた。

「ほら、そこの女をみればわかるでしょ?」

視線で真緒を示した。

「…この女性に()()を飲ませたことは認めるんだな?」

フォルスが確認するように問えば、シェリアナはあっさりと肯定した。


複数の足音と共に、ライックと共にライル、近衛騎士が東屋にやってきた。ほぼ同時に、テルロー公爵とヒルハイト王、ニックヘルムは少し遅れ、ヴィレッツと共に姿を見せた。

ルーシェの胸に寄りかかるように荒い息を繰り返す真緒の姿を視界に捉えたライルの顔が険しくなる。

「早く医師の所へ」

鋭い口調で指示を出すと、運ばれてゆく真緒の姿を一瞥しただけで、拘束されているシェリアナの前に立ちはだかった。

その姿をヴィレッツは目を細め見つめた。

(…ほぅ、覚悟を決めた ということか…)

その視線をライックに移せば、油断ない視線と絡んだ。流石、宰相の懐刀と言われる男だ。どんな手を使ってライルに覚悟を決めさせたのだろう。視線を絡ませながら、ヴィレッツなりの賛辞を贈るのだった。


「ライルさま!お助け下さいませ。神に誓って何もやましいことは致しておりません。お父様、助けてくださいませ!」

しおらしく、涙を流し濡れ衣だと訴える姿を、ライルは冷ややかに見下した。視線をフォルスに向ける。

ヒルハイトは勧められるままに席に腰を下ろすと、フォルスに説明するよう命じた。

「恐れながら…。フロイアス殿下のお茶に()()が混入されておりました。殿下は口にすることなくご無事です。部屋へとお連れしています」

深々と頭を下げ、危険に晒したことを詫びるフォルスにヒルハイトは、手を伸ばし回避できたことを労った。足元がふらつき必死で姿勢を保つフォルスの姿にヒルハイトが尋ねれば、、毒味のため含んだだけで、大丈夫だとフォルスは主張し、それよりも、こんなことをした犯人を許せない、そう言い放ちシェリアナを睨みつけた。

「他国の王太子に薬物を盛るとは…、相当な覚悟があるようだな、テルロー公爵?」

名指しされたテルロー公爵は顔面蒼白を通り越し、色のない顔で反射的に首を横に振った。

「…そんな…そんな…そんな大それたことを…」

膝から崩れ落ち、床に土下座するように伏した公爵は、ヒルハイトの足元でその靴に額をつけて無罪を主張した。震える声で、一切の疑惑を否定する姿にシェリアナもその隣に伏した。

ライックの命令で、簡単に親子はヒルハイトから引き離され、拘束された。テルローはヒルハイトに歩みよってきたニックヘルムを睨みつけ、声を荒らげた。

「お前か!お前が嵌めたのか!」

騎士によって地に伏せ拘束されたテルロー親子を一瞥し、ヒルハイトに恭しく礼を取った。

「厳しく詮議致します。追ってご報告させていただきたい」

連行されてゆくふたりが喚く声が遠ざかる。


声が聞こえなくなり、ヒルハイトはテーブルの上の小瓶に目をやった。

「…愚かなことを…」

吐き捨てるように呟くヒルハイトに、ニックヘルムは表情を変えることなく、淡々と口にした。

「…量の問題ではありますが、媚薬とは薬にも毒にもなるもの。これはどうでしょうな…。マリダナと競う彼の国と秘密裏に交易をしていたテルロー公爵なら容易く手に入れられたのでしょうな」

チラリ、と視線だけヒルハイトに向け、口の端をあげた。ご心配なさらずとも、中和剤が有りますからな。

さぁ、部屋へご案内しましょう。

ニックヘルムはライックに目配せすると、ヒルハイトを促した。


既に政敵(テルロー公爵)を追い落とす算段は この男の中にあったのだろう。それを効果的に行う時期を待っていただけに過ぎないのだ。


ヘルデハークが娘を伴い謁見に訪れる。

もう後には引けない。引く気もない。

フロイアスの地盤固めためにも、サウザニアが国としてこの先も存続するためにも、エストニルの、この男(ニックヘルム)の策略に乗るしかないのだ。


ヒルハイトはニックヘルムの誘いに応じ、ゆっくりと席を立った。


あとは 明日の宴 だ。






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