243.再会
物音に 瞬時に意識が弾け、一気に覚醒した。
あまりに急速に目覚めたため、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしている。まるで授業中の居眠りで カクンして目覚めた時と同じくらい 。ドキドキが治まらない。
呆然と天井をみつめ、瞬きを繰り返す。
さぁ、ここは何処だ…?
異世界あるある。
でた、目が覚めたら見知らぬ場所バージョン。
真緒は眉間に皺を寄せ、額に手を当て考える。
私の記憶が正しければ、エイドルに抱き抱えられたのは夕方から夜にかけての筈。それなのに、この明るさ…。うん、朝だよね。
子供じないんだし、夕方から翌朝まで寝るって…
「マオ?起きてる?」
ん? … この声 …?
空耳? 聞き間違いじゃないよね?
真緒が固まっていると、視界に手がかざされ、それは煩いくらいに目の前をブンブン行き来した、
「おーい、マオ?」
わかる? と心配顔で覗き込むその顔が しっかり視界に映し出され、真緒は破顔した。
「ルーシェ!」
そうよ!とばかりに覗き込む顔が頷いた。そして、確かめるような優しい手つきで頬を撫でた。
「…こんなに痩せて…」
その瞳が悲しげに揺れる。綺麗なうねりのある金髪を高く結った美人が、笑顔で真緒に抱きついた。この世界のお姉さん。ダンの娘、エイドルの姉であり、私の親友とも言うべきひと。
ルーシェの手の感触が心地よくて、自らその手に頬を擦り寄せ、目を瞑りその心地良さを堪能した。
クスッ、漏れる笑い声と共に、甘えん坊ね、優しい声がした。
ルーシェが任務でユラドラへ旅だったのは、アルタス討伐前だから、随分と経つ。ユラドラに新王が誕生したあとも、ヘルツェイと共に 治安維持のためユラドラから戻ることは無かったのだ。
「貴方を護るために 帰ってきたの」
その言葉に、真緒は力を込めてルーシェを抱き締めた。込み上げるこの 歓びがルーシェに伝わるだろうか!あぁ、伝わって欲しい…!
「待ってたの。会いたかったよ、ルーシェ」
力の籠った抱擁に、弾む声。
真緒が自分を求めてくれている事実に、ルーシェの心も沸き立った。
…もっと早く…もっと早く こうするべきだった
遠いユラドラの地で、真緒の危機を聞くとき 何度も駆けていきたかった。傍にいて、こうやって肩をだいて『大丈夫よ』
そう言ってやりたかった。
「…ありがとう、ルーシェ…。帰って来てくれて…」
弾んだ声が 涙声に変わっていた。顔を見たくてゆっくり身体を離せば、黒曜の瞳は涙に潤み輝いて、吸い込まれそうだった。ルーシェは思わず胸に抱き寄せた。
ライル様の気持ちが わかるわ…
密かに 吐息混じりの溜息をついた。
「さぁ、仕度しましょう」
ルーシェは侍女の制服姿だった。ということは、私もメイドコスプレ決定ですか…。
侍女服が嫌な訳では無い。むしろ可愛い。
だけど、コスプレ感が半端なく、恥ずかしいのだ。
ルーシェとお揃い、侍女のみんなとお揃い
呪文のように自分を納得させ、羞恥心に打ち勝ち、ちょっぴり期待に浮き立つ気持ちを落ち着かせた。
ルーシェに言われるがままに、ベッドから起き上がり手を引かれて向かった先は、ウォークイン クローゼット…? には余りに広すぎる衣装部屋だった。
「…」
「ほら、口閉じて!」
惚けていたのだろう。ルーシェに叱られて慌てて口許を押さえた。
どんなものが好みかしら? 色は? タイプは?
ルーシェに グイグイ手を引かれ、奥へと進む。
真緒の意見など、聞いているようでまるっきり聞いていないルーシェのドレス選びを終えて、ヘアセット、メイクまで怒涛の時間が過ぎた。
一切の妥協と口答えを許さないルーシェの鬼気迫る迫力に負けて、真緒はメイド服よりもコスプレ感が強い令嬢へと仕立てあげられていた。
「…なぜ、お姫さま…?」
鏡の中には、盛られたお姫さまが、口を開けた間抜け顔で見つめていた。ルーシェがハミングしている。
「マオ、今日から貴方はヴィレッツ殿下の縁戚にあたるご令嬢です」
髪に飾った花の位置を微調整しながら、鏡越しにルーシェは微笑んだ。
マオ、貴方は今までの分も幸せになるの。
そう つぶやき 愛おしそうに優しい眼差しを向けた。
「…もう、逃げないでね」
一瞬 瞳に浮かんだ鋭さは、真緒を現実に引き戻した。
「ルーシェ、どういうことなの?私、何も聞いてない」
振り返り ルーシェと直接視線を交えれば、心配要りません。ヴィレッツ殿下からお話し致します、とすました返答が返ってきた。
あー、こういうときのルーシェは聞いても答えてくれないやつだ。
… 仕方ない。殿下に聞くしかなさそうだ。
溜め息をつき、早々に諦めてルーシェに手を引かれて朝食のテーブルへと向かった。
豪華だが、落ち着かない食事を終えると、いよいよ真相究明の時間だ。
ルーシェに手を引かれ、ヴィレッツ殿下の元へ向かう。
無駄に長い廊下に差し込む陽射しは帯のようで、天使が舞い降りる、そんな幻想を抱かせる。
そして、見目麗しいアイドル級の騎士たちが、ところかしこに居る。ここは芸能事務所か!
履きなれないヒールにドレス姿の真緒の歩みは牛歩だ。決して、ヴィレッツの元へ行きたくない訳では無い。アイドル級の騎士たちに見守られて進むコスプレイヤー。
…心が折れそうです…
黒目黒髪のチビ、ガリが、ナイスバディ向けのドレスが似合うはずもないのだ。
ようやく苦行のランウェイが終わりを告げた。
ルーシェは取次の騎士と言葉を交わし、開かれた扉の中へ真緒の手を引き進んでゆく。
「よく来たね、マオ」
爽やかな陽射しを背に受けてまるで後光が差す姿は、絵画の域を越え、幻想的すぎて現実味が無かった。
言葉を失いその光景に見蕩れた。眼福です!
「…マオ?」
ヴィレッツの心配そうに名を呼ぶ声と、ルーシェに背を突っつかれるのは同時だった。現実に意識を呼び戻し、ヴィレッツの言葉に従い、対面のソファに腰を下ろした。
カップを持つしなやかな指も、口元に運ぶ流れるような優雅な仕草も、The 王子!
「よく眠れたかな?」
その声、反則!
そのバリトンボイス、ノックアウトです!
是非バラードを一曲 聞かせて欲しい。
再び背中を突っつかれて、今度は気合を入れて魂を現実に繋ぎとめた。
「おはようございます、殿下」
ぺこり、と頭を下げて挨拶をすれば苦笑いのヴィレッツと目が合った。
「マオ、貴方は私の縁戚の姫となる。貴族としての身分、いや王族として恥ずかしくない立ち居振る舞いを身につけてもらう。それも、早急に」
また勝手に 決められちゃうの…?
不満が表情に表れていたのだろう、ヴィレッツはマオに諭すように言葉を紡いだ。
「貴方が、そういった事を望まないということは我々も承知している。だか、ここまでことが複雑となり、多くの利害が絡んでしまったら、身分で縛り護ることが マオだけでなく、この国にとっても必要なのだ。どうか理解して欲しい」
私だって 解っている。
沢山の人に護られている、我儘を言える立場ではない。
「それに、貴方の幸せのためには 必要な事だ」
それは それは 艶やかな微笑みを ヴィレッツはマオに向けた。
「ライルは我が国屈指の名門貴族だ。王族縁のものが婚姻を結ぶのには最適な相手だよ」
婚姻…! 婚姻…! …結婚!?
身体中の血液が顔に昇ったかと思った。
きっと頭から煙が出てる。
唇も 手も 震えている。 身体も震えたきた。
おや、熟れた林檎のようだ
ヴィレッツは優雅に笑っていた。
笑いごとじゃない…。恥ずかしい…。
━━━━ でも、彼女がいる
すぅ、と熱が引いた。そうだ、ライルには祝福された婚約者がいる。
急に沈んだ表情となった真緒の様子に、ヴィレッツは聡く気づいたようだった。先程までの艶やかな微笑みを一瞬で消し、宰相補佐の表情となった。
「心配は要らない。この国にとっての悪しき者たちには退場いただく。そのためにも、マオ。貴方は貴族令嬢としての嗜みを早急に身につけていただきたい」
よろしいな?
YES 以外の返事はないのだろう。
真緒は冷めたお茶を口にしながら、ヴィレッツの深い微笑みを見つめた。




