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241.取引

「取引しようじゃないか」


ライルの発した言葉に、フォルスは茫然と見返した。

その言葉の真意を探る、というよりも何を言われているのか理解できない、そんな表情だった。

真緒を護るように背に庇い剣を構えるエイラを振り返ることはなく、ライルはフォルスから視線を外すことはなかった。

「連れてゆけ」

エイラに真緒を連れて行くように命令を出す。エイラも短い返事を返しただけで、すぐに行動に移した。呼び寄せられたエイドルが真緒の身体を抱き上げた。

「あれ、エイドル?」

次々に現れる顔馴染みに、真緒は混乱していた。

だが、緊張を孕む空気に、疑問を解決するのは今ではない、と考え直し大人しく従った。

「私、歩けるよ?」

そう申告してみたが、エイドルは抱く力を強めて無言で拒否した。前を歩くエイラの背中からも緊張感が伝わってくる。三人だけかと思えば、エイドルの背後や脇にも気配がある。襲撃現場はまだ殺伐としていて、殺気が満ちている。再襲撃を警戒していることは明白だった。

護られる側がすることは、ちゃんと指示に従うこと。

間違っても 勝手な行動をしてはいけない。

ルーシェに口を酸っぱくして言われた言葉が脳裏に蘇る。

教訓を活かさねば。

反省するだけじゃない。私は反省から学べるのだ!

成長したな、私。うん。


エイドルに抱かれたまま、用意されていた馬車に乗り込む。エイラも一緒だ。ちょっとホッとした。

ちょっとエイドルを意識してしまっただけだ。

エイドルの膝に抱かれれば、嫌でも伝わる鼓動と温もり。髪にかかる息に鼓動が早まる。

こういうときは 必殺 寝たフリ だ。

気まずい馬車はこれに限る。一度 意識してしまうと、顔が赤らんでいるんじゃないかと心配になり、エイドルの胸に顔を埋めて隠した。そのまま重い瞼を閉じた。


「…悩ましいな」

真緒の姿を見て、エイラはポツリと零した。

その言葉にエイドルは寝入った真緒を椅子に横たえようとしたが、エイラにとめられた。

「抱いたままでいれば いい」

無防備に眠る真緒の姿に、エイラは苦笑いした。

初めは疑っていたが、ライルとマオの幸せを願う エイドルの気持ちに偽りはないと判った。

そこにあるのは、静かな想い。

大切な人が幸せになることだけを願う気持ち だ。

ひとときだけでも。

そんな想いが報われてもいいのではないか。

エイラは車窓から灯りに照らし出される王都の夜の刹那的な華やぎを見つめるフリをして、窓に映るエイドルの姿を見つめるのだった。



立ち去る真緒たちの気配が消えると、ライルは躊躇いなくフォルスに向けて剣を下ろした。フォルスの首筋に、朱が走る。フォルスはその剣先から逃れることもせず、ライルを真っ直ぐ見据えていた。

殺せ(やれ)

次は外すなよ、視線で挑発するが、ライルは乗ってこなかった。

「取引しよう、そう言った筈だが?」


応じないなら、望み通り殺す。

だか、お前の望みは 死 なのか?

フロイアスを 王位に付けることではないのか?


ライルはフォルスの首に当てた剣に力を込めた。

拘束したフォルスの身体を踏みつける。

ライルの重みに軋む身体が、悲鳴をあげる。

「…我々は利害関係で手を組むことができるのでは無いかな」

口の端を上げ、射殺すような鋭い視線でフォルスの瞳を覗く。一瞬揺れたフォルスの瞳をライルは見逃さなかった。

「フロイアス殿下が王位に着くためには、お前の力が必要だろう ━━━ そう、マージオ国王と私の父のように」

資質があっても、神輿を担ぐ者がいなければ王位につくのは難しいのだ。

「マオを狙うのは、殿下がマオに執着して本筋を見失っているから ━━ 違うか?

マオを葬って しまえば 目が覚める、そんなところか」

このままではフロイアスはヒルハイト王に見限られるぞ。我々はフロイアスが王位につくための策がある。


凍てつく視線に感情は一切ない。表情からも感情は読めない。目の前の男は拘束したフォルスを見下ろし決断を迫った。


「━━━ わかった、応じる」

その言葉を聞いたライルの表情は変わることは無かったが、剣を引いてフォルスから離れた。すぐに黒衣の男たちがフォルスを囲んだ。ライルが合図を送れば、言葉で指示がなくても統制の取れた動きをみせた。

この男も闇を率いる者なのか…

ライルの纏う空気は殺気を孕み、研ぎ澄まされたナイフのような鋭さだ。感情を映さない猛禽の目は 逃れを許さない。

「そこまでして あの女を手に入れたいか」

フォルスは引き立てられながら ライルに投げかけた。

ライルはゆっくりとフォルスに向き直ると、口許に笑みを浮かべた。

「あぁ、そうだ、マオは誰にも渡さない。彼女を護るためならなんだって利用する。必要な力を得る為には どんなことも厭わない ━━━ お前の主が そうであったら、また違っただろうな」

言い終えると振り返ることな立ち去っていった。


そう、その通りだ。

フロイアスが王位に執着していれば、こんな危険を犯すことは必要なかったのだ。だが、残念なことにこれが現実だ。泥水を飲み、地獄を這うことになっても、フロイアスを王位につける。

これは、フロイアスに王の資質がある、ということだけだはない。フォルス自身の矜持の問題でもあるのだ。


そちら(エストニル)が利用するなら、こちらも利用するまでのことだ。

揺れる馬車に乗せられて、すっかり日が落ちたを木立の中を進んでゆく。


行く先は地獄か 修羅の道か


フォルスは 引き返すつもりなど なかった。








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