24.渓谷の館
身体が定まらない。
小舟に揺られているような浮遊感に悩まされている。
真緒は気怠い身体を持て余し、ベッドの上で寝返りを打つ。
気づいたときにはこの場所に移されたようで、開放された窓からは燦々と光が降り注ぎ眩しいくらいだ。湿度を含んだ風が心地よい。小川が近くにあるのだろうか、耳を澄ませばせせらぎが聴こえた。
動けない真緒の世話は、耳の遠い老婆がしてくれる。
部屋の外の様子はわからないが、ドア越しに人の気配がするので常に見張りがいるようだった。
(ご苦労さまなことで…)
そんなに用心しなくても、今の真緒は何もできない。
あの甘ったるい香りの影響なのか、船酔いのように身体が揺れて気分が悪く、身体に力が入らない。
スプーンを持つのも億劫な程だ。
ベッドの上ですることといえば、ウトウトするか
どうしこんなことにっているのか考えることくらいだった。
わかっている事は確実に2日経っていることくらい。2度目の朝日を浴びながら朝食を取ったところだからだ。老婆が食器を下げていったので 昼食までは真緒一人の時間。昨日よりは幾分気分もマシだ。
こんな軟禁状態は納得いかない。まずは自分の置かれている状況を把握しなければ、気怠い身体に鞭打ってベッドに腰かけた。身体がベタつく。お風呂に入りたい。汗ばむ身体の不快感に眉を寄せた。
サイドテーブルを支えにゆっくりと立ち上がる。胃がせり上がってくる。無理矢理唾を飲み込んでそれを押しこめる。目をつぶり、不快の波が引くのを待った。意識して両足に力を込めると、思ったよりしっかりと立つことができた。気を良くして1歩踏み出してみる。視界が揺れて慌てて壁に寄りかかった。
(逃げるのはまだ無理かぁ)
ガッカリしたら、余計に身体が重く感じて、ため息をついた。壁にもたれながら窓の外をみると、山並みがみえた。異世界といっても ファンタジーな要素はこの景色からは感じられず、渡りの樹を目指したあの里山の感じに似ていて妙に懐かしく感じた。
立っているのも辛くなりズルズルと壁伝いに座り込む。
(ここ、どこなんだろう…)
(誘拐された目的はなんだったのか、そもそも誰がこんなことしたんだか…)
心当たりもなく、真緒の思考もだんだんと愚痴になっていった。
コンコン
ドアのノック音と共に男が入ってきた。あの男だ!
真緒の怒りスイッチが入った。
「あなた、誰?どういうことが説明してもらえるのよね?」
男は気にする様子もなく、真緒に近づくと正面に膝をついた。それでも背の高い男の視線は真緒をみおろしていた。それも癪に障る。真緒はその視線を無視し斜め向こうを見つめた。
「気が強いな…」
笑いを含んだ言葉にカチンとくる。
「名前くらい名乗りなさいよ!誘拐犯!」
「テリアス」
名乗りの後、不便はないか と続けて聞かれる。不便も不便!困ったこと大有り!のこの状況を説明して欲しい。テリアスは真緒を抱き上げるとベッドへと下ろした。
「元の世界へ戻れるのか?」
ミクは帰ったようだが、お前はその方法を知っているのか?
意外なことを聞かれ、真緒は言葉が出なかった。
「お前はこの国を乱す。お前の世界に帰れないのならここで暮らしてもらう」
テリアスは腰の剣に手をかけ抜刀すると、真緒の首筋に刃先を向けた。
「争いの種は要らない」
スっと剣先が首筋を撫でる。チリッと痛みが走る。
冷めた視線で見下ろすテリアスは更にその剣先を真緒の左胸に立てた。
「覚えておけ、この国のためなら殺すことも厭わない」
生命を握られた状況で発する言葉なんてなかった。真緒はただテリアスにされるがままに恐怖に耐えるしかなかった。




