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239.愛しい人

アルマリアを護衛してエストニルに戻ったライルは、その足で宰相邸の別邸へ向かった。

ライルは、サウザニア王太子・フロイアスに不敬を働きヴィレツッツの監視の下、投獄されていることになっている。王宮に姿を現す訳にはいかない。ベルタの街から護衛の任はライックに引き継いだ。


宰相邸は王都の外れにあり、王宮近くに構える本邸とは異なり質実剛健で、一見しただけでは高位貴族の別邸だとは誰も思わないほど質素だった。

ライルはこの別邸で幼少期をすごし、母親の死後本邸へと迎えられるまで過ごした場所だった。外観からだけでなく、寂しい気持ちになるのはそのことも関係しているのかもしれない。

寄宿舎に入り、近衛騎士となってからもこの別邸に足を向けることはなかった。

懐かしさと幼少期の複雑な思いが蘇り、厩からその建物を見上げた。

(…今は違う。ここにマオがいる)

そう思うだけで、無機質な外観も温かく迎え入れてくれているような気分になるのだった。


むかしからこの邸を管理する老齢の執事が迎えてくれる。真っ直ぐに父であるニックヘルムの執務室に向かい報告を終えると、真緒が療養する部屋へと向かった。

ユラドラに旅立ち任務を遂行している間に、真緒は拐われ、監禁された場所は火を放たれ、殺されかけた。助け出したのがあのフロイアスだということが癇に障るが、救出してくれたことには感謝しなければなるまい。火傷は軽度で快方に向かっていると聞いても、顔を見て自分の目で確認するまでは安心できなかった。


凶行を指示したのはテルロー公爵とその娘・シェリアナだと判明している。今は泳がせている、そうニックヘルムは告げた。あの公爵を失脚させる理由には事欠かない。効果的に消えて貰う、徹底的にやるぞ。口の端を歪め、感情のない瞳をライルに向けて時期を待て、と告げたのだった。


執事から教えられた部屋の前で 息を整える。

思ったより早足だったのか、再会への悦びか。息の乱れはないが鼓動が早い。落ち着かせるように深呼吸を繰り返して、扉をノックした。


…返事がない。


もう一度 ノックする。


期待していただけに、無言の返事は堪えた。

居ないのか?

肩透かしをくらった気分だ。 では どこにいる?

意味無くキョロキョロと辺りを見回していると、不意に扉が開いた。

細く開いた扉の向こうに、不安げに見つめる黒曜の瞳があった。思わず扉に手をかけ、力を込めた。

扉と共に華奢な身体が胸に飛び込んできた。それを両腕でしっかりと抱き留めて、大きく息を吸った。

どこから香るのか。微かに甘い香りが鼻孔をつく。

あぁ、マオの香りだ。

黒髪に顔を埋めれば、柔らかな髪がライルの頬を擽る。

胸に感じるマオの温もりが、ライルの胸を熱くした。


「…マオ…」

無事でよかった。思いが溢れて言葉にならない。名前を口にするだけで精一杯だった。

腕の中で真緒が何度も頷き返してくれる。その度に髪が頬に触れ、癒されていく。甘えるように胸に頬を擦り寄せてくる真緒が愛おしくて 愛おしくて 堪らない。

「…」

唇の動きが自分の名を呼んでいる。掠れて音にならない空気の擦れが鼓膜を揺らす。

「無理しなくていい、ちゃんと解るから」

ライルはマオの髪を指で絡めて弄び、不安げに揺れる黒曜の瞳を覗き込んだ。

大丈夫だ。だからオレをみて。


互いの瞳が熱を帯びて求め合い、自然に唇が重なる

柔らかな感触に触れて、少し離れる

熱を求めるように 今度はしっかりとその感触を探る

そして

互いの想いを紡ぐように、絡み合う

長く 深く 求め合う


潤いを帯びた奏が 耳介を擽る

それは

艶を帯びて ライルの心を掻き乱した

身体の芯で膨れ上がる熱が 理性を飛ばす


気付けば

瞳を潤ませ 力なく腕に抱かれるマオは意識を飛ばしていた


腕の力を緩めると 床に崩れ落ちるマオの重みを感じて抱く腕に力を入れた

その重みが ライルに悦びをもたらす


横抱きに 抱き上げて ソファに向かう

膝の上で抱けば、すっぽりと己の腕の中に納まるマオが小さく身動いだ。


「愛してる」

額に唇を寄せ 呟いてみる。己が紡いだ言葉なのに、自身の胸を熱くする。堪らず強く抱いた。

途端に胸を強く押された。

力を込めた腕の中で藻掻く姿が必死で可愛い。潤んだ瞳で上目遣いは反則だ。

悪戯心が湧いてきて、胸を押す華奢な手首を掴んで拘束するとソファへと組み敷いた。

「心配かけたマオが悪い。お仕置だよ」

耳元で囁き耳介を食む。軽く吐息をかければ熟れた林檎のように色付いた。

マオの唇が動く。

なぁに? 何を伝えたいの?

あぁ … 声が聴きたい。 名を呼ばれたい。


必死に唇を動かし訴えるマオ。

炎の中で熱風を吸い込み喉を痛めたのだ。

まだ粘膜の腫れがあるため声を出すことを止められているのだ。

先程までの熱に浮かされていたのが嘘のようにライルの心が 怒りに支配されてゆく。


許さない ━━━━━


マオをこんな目に合わせた奴らを、絶対に許さない。


「…すまない。

辛いめにあったばかりなのに」

ライルは拘束を解き 抱き起こすと そっと胸に抱いた。繭を抱くように、硝子細工を愛でるように。

己の胸で頭を横に振るマオは、ゆっくりと胸から離れると潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてきた。


『あ・い・し・て・る』

真剣な光を帯びた瞳で、一文字ずつ 丁寧に 唇が紡ぐ


「あぁ、オレもだ。…愛してる」

マオの瞳に溢れる涙を 綺麗だと思った。



マオに会ったら、シェリアナとの事を説明して誤解を解こうと思っていた。言葉を尽くして、誠意をもって話せば伝わるんじゃないか、そう思っていた。


多くの言葉は要らない

触れ合えば、瞳を交わせば解る

お互いの気持ち


マオは胸に顔を埋め、泣いていた。

嗚咽が掠れた音を奏でる。これ以上、喉を痛めてはダメだ。泣き止むようにと背を撫でて、髪を梳く。


今は 言葉は要らない

マオの気が済むまで こうしていよう


窓から吹き抜ける初夏の風を受けてレースのカーテンが揺れる。

抜ける青空が眩しく、ライルは目を細めた。














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