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238.ユラドラにて

半世紀前までのユラドラとは、国境沿いで小競り合いがあっても、外交や民間レベルの交流が行われていた。しかし、先王の代になると侵攻は本格化し、軍備ばかりに投資したことで、国土があれ国民が飢えた。諌言する古参貴族を左遷し、太鼓持ちばかりを重用したことで、ユラドラは力を失いつつあったのだ。

亡命しようとする貴族も民も厳しく取り締まられていた為、隣国であるマリダナやエストニルには亡命者が辿り着くことは稀であったが、それでも荒廃する国の様子は漏れ伝わってきていた。

農村部の蜂起から始まった第三王子と古参貴族によるクーデターにより、王、王太子、兄王子は失脚し、第三王子ヨルハルがユラドラの王として即位し、エストニルの支援を受けて復興に力を入れ、今に至る。



(…農村部はまだまだ だが、民の表情は皆明るい。貧しいながらも、安心した生活が送れているということだ。市場が立ち、他国の商人の出入りもみえるな)


テリアスとの密談から三日後、ヤーデンリュードはユラドラの招きに応じて、王城に逗留していた。視察を兼ねて少し遠回りで王都に入ったが、聞き及んでいたユラドラの様子より遥かに良い状態であった。

そのことに驚きを隠せない。

エストニルからの支援もあるが、短期間でこの復興は目を見張るものがあった。ヨルハルの王としての資質がうかがえる。


ヤーデンリュードは歳若いヨルハルに視線を向ける。

二人は国交再開と経済支援を交えた書類にサインを終えたところだった。ヨルハルの隣には老齢の男が二人並ぶ。

クーデターの際、ニックヘルムとのやり取りはこの男が担っていたという。若き王を支えるに充分な資質を備えた人物だとあのニックヘルムも評価していると聞く。


貧困著しい農村部での蜂起は、王位交代くらいでは治まらないだろう。アルタス派、第二王子派の貴族の燻りも油断がならない。エストニル軍の駐留を受け入れ、国内の安定を早期に図るための治安維持だけでなく、エストニルの庇護があることは他国への牽制にもなる。

エストニルの駒、手先、属国だと謗られることよりも、ユラドラの、立て直しを最優先としたヨルハルの決断をヤーデンリュードは高く評価していた。


ペンを置き、置かれたグラスを手に取るとヤーデンリュードはヨルハルにグラスを捧げた。

「マリダナとユラドラの友好に。ユラドラの更なる発展に」

「はい。両国の更なる関係強化に」

ヨルハルもグラスを掲げた。

互いの文官らが調印後の処理に慌ただしく動く。

背後の男がヨルハルの耳元で囁き、ヨルハルはそれに無言で頷き、ヤーデンリュードに向き直った。

「客人が到着したようです」

さぁ、此方へ。

ヤーデンリュードに先んじて扉の前に進んだ。


ヨルハルの案内に従い、王宮の奥へと進む。

暗がりへと進む様子に護衛が緊張感を高め、制止するような仕草を見せたが、それを手を上げることで制した。もし()()()があったのなら、王城に入る前にいくらでも機会はあった。列強国に対して繋ぎを必要とするエストニルとユラドラにとって、マリダナは必要な後ろ盾である。ヨルハルが浅慮な考えで()()を起こす愚王ではない、とヤーデンリュードは判断したのだった。


薄明かりの灯る回廊を抜けた先に、扉は現れた。

その前にはテリアスが控えていた。

飄々とした風貌は相変わらずだ。ヤーデンリュードが苦々しい表情を見せれば、目を細め、ゆっくりと礼を取った。

「お待ちしておりました」

テリアスはヨルハルと視線で会話し 自ら扉を開け、入室を促した。ヤーデンリュードの護衛たちが気色ばみ張り詰めた空気が場を支配したが、ヤーデンリュードが一喝することで納めた。


「久しゅうございます、マリダナ王」

凛とした女性の声が、張り詰めた空気を震わす。その声の主は、衣擦れの音と共に姿を現した。艶やかな微笑みを口許に浮かべ、見惚れるようなカーテシーを取る姿は、護衛騎士たちを黙らせるのに充分だった。

ヤーデンリュードは目を細め、鷹揚に頷き挨拶を受けた。

「久しいな、アルマリア殿。義姉上とお呼びするべきかな」

アルマリアは扇で口許を隠し、とんでもございません、と艶やかに微笑んだ。ヤーデンリュードはアルマリアの手を取り ソファへとエスコートすると、自らも腰を据えた。

「今宵はエストニル王の代理としてここにおります。三国の今後の関係をより良いものとすること。それが目的です」

アルマリアはヤーデンリュードが頷くのを待って続ける。

「エストニルは巣立つとき迎えました。この親離れの力添えを頂きたいのです」

既にお聞き及びのことと思いますが、そう前置きして真っ直ぐ視線を合わせた。

「マリダナ、ユラドラ、エストニルが手を組むことにより この地方はサウザニアに勝る勢力が生まれます。海洋を挟んで向かい合うサウザニアへの良い牽制となりましょう。━━━ 鉱物資源の流通も魅力的なものかと。我々と手を取り合うことは、山神の使いとの繋がりを得ること」

悪い話ではないと存じます。そう締めくくったアルマリアの視線に挑むように視線を合わせ、ヤーデンリュードは問うた。

「その見返りに 望むものはなにかな」

アルマリアは扇をたたみ それをテーブルに置くと、しっかりと向き直った。

「列強国への口利きを。そして、他国からの侵略を防ぐ牽制の役割を」

「━━━ サウザニアの盾になれと?王妃の母国であろう?」

「━━━ 確かに私を育んだ国ですが、私が第一に思うのはエストニルです」

その言葉に迷いはなかった。

「更なる安寧のため。民のため。次期国王の御世の安寧のためでございます。そこまで国力がある国ではございません。再び戦乱が起こればひとたまりもないでしょう」

「マリダナを盾にして 牽制に使うとは」

ヤーデンリュードは可笑しくて堪らないとばかりに身体を揺らして笑った。

「ユラドラは陸戦のノウハウとエストニルからの鉱物資源の運搬に関することを。国の復興が叶えば、列強国の中でも一目置かれる存在へ後押しできるかと思います」

ヨルハルはヤーデンリュードに恭しく頭をさげた。

ヤーデンリュードは、ヨルハルの頭を上げさせると同盟関係となることに異論はない、と宣言した。

そして、アルマリアに視線を移すと、何やら口添えして欲しい婚姻があるとか?と口許を歪めた。

「そうなのです。

ある王族の婚姻に口添え頂きたいのです」


先程とは打って変わって艶やかな表情になると、扇を広げ口許を隠した。

「私、ある王族縁の娘を養女に致しましたの。その娘が想う相手と添わせてやりたいと思っております」

しかし、想う相手にはサウザニア王が祝福した相手がおりましてね、

「そのご令嬢はいろいろと…まぁ、お里が知れるといいますか…」

破談にすることはさほど難しくは無いのですけれど。ことを確実にするために、ナルセル王太子の婚約披露の場で諸外国の王や使者の前で、ヤーデンリュードに口添えをしてもらいたい。 そう告げた。


それくらい なんてことは無い


しかし、わざわざ頼むことなのか…?

その養女は…?


真意を探ろうとアルマリアの瞳を見つめる。逸らすことなく見つめ返されるが、何も読み取ることはできなかった。


「国王の叔父に当る殿下にゆかりのある者ですわ」

ヤーデンリュードの視線の意味を捉えたのか、アルマリアはそう言葉にした。信じるかはお任せしますわ。

そう瞳が語っている。


━━━ 渡りの姫 か。

他国への牽制に、私を使うとは。

さすがステリアーナの実姉だな。

柔らかな雰囲気で儚げな容姿とは裏腹に、強かさと腹黒さを持ち合わせた妻が思い浮かび、思わず苦笑が漏れた。

まぁ いい。

マリダナには不利益は無い。


了承の意を伝えれば、大輪の華が咲くかのような艶やかな笑みをアルマリアは浮かべた。


扉近くに控えていたそれぞれの腹心を呼び寄せ、三国の今後についての具体的な話し合いが夜更けまで続いた。


払暁には まだ早い。

濃い朝靄と、明ける前の夜闇の混じる薄暗がりの中、数騎がユラドラの谷を駆け抜ける。

アルマリアとそれを護る騎士たちだ。

アルマリアの 二馬身ほど前を駆ける騎馬はライルだ。

アルマリアを王宮まで護衛した後、宰相家の別邸へと向かうことになっている。


そこには 真緒がいる。


向き合って、ちゃんと話をしよう。

マオの誤解をとき、己の気持ちを伝えたい。

マオの気持ちを 確かめたい。


ライルの心は身体よりも早く、エストニルに向かっていたのだった。





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