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233.ナーシャ

抜けてくる風が熱を孕み夏の到来を告げていた。抜けるような青空はどこまで高く澄んでいて、沈みがちな真緒の心を幾らか軽くしてくれた。

洗濯を終え、ジリジリとした陽射しに額の汗を拭うと、空を見上げた。

チラリ、と横目で見ればエイラは何かに集中するかのように壁の向こうに視線を送っていた。この数日、エイラが店にいることが少なくなった。気配を伺っていたと思えばもう姿がない。日が落ちる頃に気づくと戻っている。

どこに行っているのか聞いてみたが、()()()()()()()()()()のところですよ、と笑って誤魔化された。

()()… ? えっ、 複数… ?



この数日のパターンから、息抜きのチャンスはこの時間だと狙っていた。

そろそろ ナーシャが来る頃だ。

エイドル目当てのナーシャとは、すぐに仲良くなった。

ダンの店に食材を届けにきて、お目当てのエイドルに話しかけてる。塩対応のエイドルに玉砕して、肩を落として帰るナーシャに真緒が声を掛けたのだ。

そのナーシャに王都巡りをしたい、でも、内緒で行きたいのだと相談したら、楽しいことに目がない様子で、任せてと親指を立てた。

利用するようで後ろめたい気持ちもあるが、せっかくの申し出を断るのもよくないと思うのよね、うん。

エイドルと距離が縮まるように協力するから、ね!


ナーシャは、いつも通り昼過ぎにやってきた。

ちなみに今日もエイドルは塩対応だ。

食材を厨房に運び込む。酒樽が幾つかあるため、ダンとエイドルは器用に転がしながら運び込んでいった。

食材を片付けながら、その姿を横目で追う。

「マオ、この麻袋を裏木戸の茂みに置いておく。今日は騎士団の集まりがあるでしょ?その賑わいのときに木戸の鍵を開けて、この袋に入って待っていて」

ナーシャの耳打ちに無言で頷いた。


今から脱出するわけじゃないんだね…


確かに、こんな昼間から居なくなったらすぐバレるか。でも、夜って危険じゃない?

聞き返したかったが、ナーシャはそれだけ言うとさっさと離れていった。エイドルの後を追い回している懲りないナーシャの姿に苦笑いを浮かべながら真緒も食材の片付けに没頭した。



「…上手くいったかい?」

「ええ!大丈夫よ、ちゃんと言われた通りにマオに伝えたわ。今日は騎士団の集まりがあるから、店は忙しい筈よ。私も手伝うことになってるし」

ナーシャはその声に屈託なく答えた。路地の影から声をかけられて、声の主を見ることはない。

この人(声の主)は、マオに恋している。

そう、私と同じ。

苦しい想いを抱えているのだ。だから、少しでも報われてほしい。

理由があってマオとは会えない。

でも、互いに想い合う気持ちを確かめ合いたい。そうしたら、この状況にも我慢ができる。

この男は切なく ナーシャに語ったのだ。


そう。

私は想い合うふたりに協力するのだ。

店が閉まるまでの僅かな時間、ふたりは幸せなときを過ごすのだ。幸せに包まれるふたりの姿に、うっとり妄想に耽けると足が止まる。

「ナーシャ、ありがとう。君の恋が上手くいくように祈ってるよ」

その声に現実に引き戻されると、街の喧騒が耳に入ってくる。かなり妄想の世界に入り込んでいたようだ。


マオには想いを寄せる相手がいる。

それは会話の中でわかっていた。気持ちがすれ違い、届かない。会うことも叶わない。そう言って切なそうに目を伏せた彼女の力になりたかった。


これで、エイドルも諦められる筈。

エイドルが凪いだ表情だが、熱を帯びた視線をマオに向ける瞬間がある。それは内に秘めた想い。

ねぇ、マオには想い合う人がいるんだよ。私をみて。エイドルの想いが届くことは無いのだから。



夜の闇が、王都を包む。

不夜城と称される街は、賑わいのある声に店の灯りが灯り始め、一層華やいでみえた。

ダンの店ににも、騎士たちが集まり始めていた。

真緒は厨房でひたすら酒を継ぎ、料理を皿に盛っていた。それをエイラとナーシャが次々運び出してゆく。

料理がひと通りフロアに運ばれると、酒のオーダースピードが上がった。賑やかな声がフロアから聞こえてくる。

一体どのタイミングで裏庭に行けばいいのか…

マオは皿を洗いながら、横に並ぶエイドルをチラリとみた。なに? そう問われて なんでもない、と首を横に振る。見張り(エイドル)が居るうちは無理だ。

うーん、今日は無理かな…

諦めの境地に達しかけたところに、ダンがエイドルを呼んだ。

「マオ、ボトルが裏にある。何本か持ってきておいてくれ」

「はいっ!」

ダンがフロアの声に負けないように怒鳴り声で言えば、反射的に真緒も答えていた。

よし、チャンス!

これを活かさない手はない。

裏庭に向かう背中をナーシャが追いかけてきた。

「後は任せて。ボトル持っていくね」

マオの背をポンと叩き、いい夜を!と囁いた。

裏木戸に向かう真緒のせを見送って、ボトルを抱えると、ナーシャは厨房へ向かったのだった。


これかな…?

裏木戸には照明がない。月明かりが頼りだ。

木戸の鍵を開けて、茂みに麻袋を探す。壁際にあるそれは真緒が入るには充分な大きさだった。一体何を入れるものなんだろう…。心配になって臭いを嗅いでみたが、麻独特の香りだけだ。怪しそうな臭いはしない。これなら入ってられそう。

でもさ。

扉の外にも見張りがいるのかな?

このまま こっそり外に出た方が早くない?

そっと裏木戸を開けて外を覗けば、特に人影も見当たらなかった。


よし!


真緒はそのまま扉をすり抜けた。

月明かりに晒されて、影になるように背を向けて塀沿いを進んだ。


そんなに 照らさないで…


後ろめたいことをしている、その自覚が明るさに照らされることを拒む。

店からは壁越しに、笑い声が響いてきた。

盛り上がっているのだろう。


本当にごめんなさい。

少し散歩したら、すぐに戻るから。


心で詫びて、人混み目当てに大通りにでる。

人が多い方が安全だよね? 王都は初めて歩くからまるっきり分からない。大通りなら迷うことなく帰って来れるだろう。

少し奥まったところにあるダンの店だが、大通りの喧騒は聞こえていた。

一段と明るい先に、行き交う人々の姿が見える。

あの建物の先が目指す大通りらしい。

真緒は当たりをつけて、足を早めた。


突然 頭に強い衝撃を受けて、視界が歪んだ。

…なに…?

狭まる視界で必死に捉えようとすれば、手足の自由が奪われる。

やめて!

あげる声を遮るように、口を塞がれ それは呼吸も奪い真緒は苦しさにもがいた。

力が入らない…

後ろ手に縛られ、猿轡で口を塞がれる頃には意識が薄らいでいた。甘い香りが鼻孔を擽る。

あ、これダメなやつ…

わかっているけど 抗えない。

ゆっくり深い闇に意識が飲もれていくのがわかる。


━━━ ごめんなさい…


沈む意識が最後に告げたのは 謝罪だった。














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