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229.隠れ家

爽やかとはいかない目覚めは、鐘が打ち鳴らされるような頭痛と共に始まった。目を開けられない。

身体が波に翻弄される小舟のように絶えず揺れ、胃がせり上がる。それから逃れようと 寝返りを打てば、一瞬の浮遊感の後、背中に弱くない衝撃を受けた。

「…!」

声が出ない。


このベッド、狭くない?

弱り目に祟り目。一体 私が何をした?


一段と増した吐き気と頭痛にもんどり打つ気力もなく、ただ そのまま静かに床と同化する。冷たい床の感触が心地よい。このままでいたい。

(…ここ、どこ…?)

最後の記憶は絨毯の上だった。寝落ちしちゃったよね


それから…?

うーん…、考えるの 面倒くさい …


素朴な部屋に 狭いベッド…、あの男(フロイアス)の手の内とは考えられない。

それに なんだか見覚えがあるんだよね、この部屋。

仰向けからうつ伏せになり 床を堪能していたが、ゆっくり目を開けて室内を見回した。

半地下なのか、明り取りのように上部に設えた窓、ベッドと簡易的な机と椅子が一脚のシンプルな部屋だ。


小さなノック音と共に人の気配がした。

「…なぁ、なんで床なんだ?」


━━ この声!

この瞬間、 吐き気も目眩も 気怠さも 全てが吹き飛んだ。

「エイドル!」

勢いよく起き上がり、声の主に抱きついた。

会いたかった。

無事だと聞いていても、自分の目で確認するまで不安で仕方なかった。

「足!…あるね!腕は?うん、あるね!」

真緒は夢中でエイドルの身体を擦り、無事であったことを確かめた。その勢いに気圧されて しばらくされるがままでいたが、余りに収まる気配がないので 引き剥がし、強制終了となった。

「相変わらずだな…」

エイドルは引き攣った笑いを浮かべているが、それでも再会を喜んでくれている様子が伝わってくる。ほっとしたら、吹き飛んでいた不快が、全て戻ってきた。

「…気持ち悪い…」

全身の汗腺が一度に開いた、そんな感覚だった。

ぶわぁっ と汗が滲み、襲う頭痛と目眩に夢中でエイドルの腕に縋り、そのまま膝から崩れ落ちた。

「おい!?」

焦ったエイドルが真緒の身体を抱き抱えた。

「… 酒臭いぞ …」

まさか 二日酔いか?眉間に皺を寄せ、呆れたようにベッドへと運んでくれた。

「寝相だけでなく、酒癖も悪いのか お前は」

当てつけのような大きなため息をつかれても、今の真緒には反論する余裕は無かった。

減らず口が当たり前の真緒からの反撃が無い。

本格的に潰れている真緒に、二度目のため息を盛大について 休んでいろ と部屋を出ていった。


身動きすることもままならず ベッドの住人となった真緒だったが、エイドルに会えたことで 心の枷が無くなり、気分は良くなっていた。

襲ってくる眠気の中、ここがダンの店であることに思い当たった。ライルと王都に来てしばらくお世話になったところだ。


ライル… どうしてるかな…

馬鹿 とか 消えちゃえ とか 言っちゃったな…


大嫌い…


それも言った。


お酒の勢いって怖い。

今迄、猫を被っていた訳では無いけど、心の奥の澱をさらけ出してしまった。


呆れたかな… 呆れたよね… ?


あのひと(シェリアナ)と結婚するの?


眠りに落ちる直前に脳裏を過ったのは、手を取りあい踊るふたりの姿だった。



「マオの様子はどうだ?」

ダンは料理をする手を止めることなく 厨房に戻ってきたエイドルに尋ねた。ダンの横に並び立ち、野菜の皮を剥く。エイドルは両肩を軽く上げ、寝てますよ 、ただの二日酔いです と呆れたように返した。

そうか、ダンもそれ以上は聞かなかった。

店の扉が開く気配がする。

それに気付き気配を探るように集中すると、来たか、

と呟き、一緒に来い、と顎で示した。

手を止めて、ダンの後に続く。

そこには、金髪のスレンダー美人がほほ笑みを浮かべて待っていた。

ルーシェよりも幾らか年上だろう。

ダンの恋人といわれても違和感がない。遠目に観察していると、すでにテーブルに着いているダンに呼ばれた。

「マオの護衛だ。男のお前だけでは難しい場面もあるだろう」

「エイラ です。よろしくお願いします」

そう差し出された手は女性のものなのに、剣だこが触れた。スレンダーに見えたが、しっかりと筋肉がついているのがわかる。この人は闘う者なのだ。

「ルーシェが戻るまで、エイダもここで店を手伝ってもらう。騎士たちや裏にも顔が利く。不審な奴らが店に探りを入れてくるだろうからな」

ダンの言葉にエイドルは頷く。エイラは艶やかに微笑んだ。

「ダンと共に任務できることを光栄に思います。エイドル、よろしくお願いします。ダンの押しかけ女房だと思ってください。その方が動きやすいので」

同意を求めるようにダンに微笑むが、ダンは無表情だった。

どうせマオのことだ。

厨房を手伝うと言い出すに決まっている。その方が護りやすいのは確かだ。

エイラの言葉に頷き 了承の意を示した。


エイラとダンは、店のこと、護衛のことなど話を詰めてゆく。纏う雰囲気は柔らかいのに、隙がい。

ただの騎士ではないのだろう。

ルーシェはヴィレッツ殿下直属の蜘蛛(アレニア)だ。エイラもそうなのだろうか…。


「エイドル、後は頼む」

ダンは厨房へ戻っていった。

エイラにマオはどうしてるのか 問われ、

「あいつは今、二日酔いで寝てますよ」

困ったヤツですよね、と苦笑混じりにボヤくと、エイラは真っ直ぐな視線をエイドルに向けた。

「随分と仲がいいのね」

ヒヤリとする声色に反射的にエイラを振り返ると、射貫くような視線がエイドルを捉えていた。

「私の役目はマオを護ること。それは害するものからだけでは無い」

エイドルはその意図を探るようにエイラを見返せば、無自覚なのか?と口の端を上げた。

「彼の姫はライル様もの。懸想が過ぎれば見過ごせない」

あぁ、釘を刺すつもりなんだな…、合点がいった。

「心配は無用です。その気持ちは 既に決着がついています。オレは二人の幸せを願っています、この気持ちに嘘はありません」

真っ直ぐな視線に穏やかな口調で語られたのはエイドルの偽らざる本心だ。

エイラは無言でエイドルを見つめ返していたが、大きく息を吐くと、すまない、と手を差し出した。

「疑って悪かったわね、改めて よろしく」

エイドルはその手を力強く握り返した。














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