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225.口喧嘩

東屋は、王宮が誇る庭園から外れた木立の中にある。せせらぎに沿った遊歩道が整備され、華美な庭園とは趣を異なり、自然を活かした作りになっていた。

それは王家の庭を想起させる。

東屋は渡りの樹に似せた大樹の元にあった。


遊歩道を月夜の照らす明かりを頼りに進む。

ホールでは宴が催されているが、ここまでは音も届かず 別世界だ。ライルはこの先に在るひとを思い浮かべて 急く気持ちに合わせて、歩みを早めた。


「こちらです」

ライルの姿を捉えた騎士に呼ばれ、東屋へ近づく。

長椅子には まるで仔猫のように背を丸めて眠る真緒の姿があった。

ライルと入れ違いに騎士たちは 近くを見てきます、 と暗闇に消えていった。


この場にはライルと真緒だけ

その事実に 胸を占めていた苛立ちが霧散し、愛しく想う気持ちが溢れてきた。

そっと額に触れ、髪をなぞる。

そのまま腰を下ろし、月明かりに照らされた寝顔をみつめた。化粧が施されているのだろうか。目元を彩る色と艶のある薄開きの唇が艶かしい。

固く閉じた黒曜の瞳を早くみたい。

頬をなぞれば、涙の筋がまだ濡れていた。


眠りの中でも 泣いているのか…


その原因は 自分である、そう思う、そうであって欲しい。シェリアナとの姿に嫉妬した、悲しみの涙であってほしい。

それは 欲望。

マオの気持ちが 嫉妬に狂い、自分を求めて欲しいという 欲望。

それでマオが苦しむことを 悦びと感じてしまう自分がいる。


酷いな。最低だ。


それでも 欲している マオの気持ちの全てを


髪を指に絡めて弄べば、薄く開いた唇から声が漏れた。目覚めの期待を込めて、その名を呼んだ。

「…マオ…」

ゆっくりと ゆっくりと 蕾が綻ぶように開かれる瞳を、瞬きもせずもせずにみつめた。

その瞳に 俺を映してくれ。

「…ライル…?」

その唇がライルにもたらしたのは、悦び だった。


何が起きたのか わからない。 そんな顔だな…

真緒のぼんやりとした表情は 仔猫が見上げているようで愛おしかった。つい イタズラ心がでて マオの鼻を摘んだ。

途端に見開いた双眸に、自身が映る。


ねぇ、もう一度 名前を呼んで。


そんな甘い気持ちは ライルの手と共に薙ぎ払われた。

真緒の目は座っていた。

「…何しに来たの?」

呂律が回っていない。舌っ足らずな語りが 堪らない。

「酔ってるのか?」

「酔ってないっ!」

やはり 酔ってるな。それは 酔ってる者の常套句だ。

「…マオ?」

起き上がり爪を立てる猫のように座った目で睨見つけるマオの肩に腕を回した。

「触らないで!早くあの人のところに行っちゃえ!」

勢い良く その手を振り払い、真緒の身体はバランスを崩してソファの上で揺れた。

その身体を抱き留めて、強く胸に抱き込んだ。

「触るな!あっちいけー!」

全力で抵抗するマオの瞳が濡れている。それに気づいたら余計に手放せる訳はなかった。

「ダメだ、離さない」

ライルはマオの耳元に言い聞かせるように呟けば、暴れるマオの動きがとまった。

「…ライルの馬鹿! 嘘つき! …大嫌いっ!」

嗚咽と共に吐き出された言葉は、ライルの胸を抉った。言われても仕方の無いことをしたのだ。どんなに苦しくても受けともなければ。マオはもっと苦しんでいるのだから。

「…あのひとには 敵わない。どんなに着飾って お化粧したって、お姫様にはなれない…」

髪を飾る花も、首元を飾る宝石も ドレスも 要らない!マオは手当り次第に引きちぎり、それらは固い石造りの床に飛び散った。

固い音を立てたそれは 小さな布袋だった。

見覚えのある布袋を、ライルは手に取った。その口を開けば青紫の石が月明かりに照らし出された。

「あの人の所へ 行っちゃえっ!消えちゃえ!」

細身のピンヒールと共に背に投げつけられた言葉に、ライルの中で何かが切れた。


━━━ 惹き合いの石。

これはふたりの想いが生み出した石。

それなのに。

それを 要らないというのか!



「いい加減にしろ!」

ライルは反射的に怒鳴っていた。


あの男(フロイアス)か! あいつを選ぶのか!


宴でみたフロイアスに抱かれるマオの姿が蘇り、どす黒いものがライルの胸を占めた。

「お前こそ、あいつを選ぶのか!俺を…俺を裏切るのか」

自分でも驚くほどの低い声が マオを責めた。

俺がどんな思いであの場所に居たのかわかるのか?

俺が喜んであの場所にいたとでも思うのか!


あんな女と俺がお似合いだと?

一度湧き上がった苛立ちを抑え込める訳が無かった。込み上げる怒りに 身震いするのがわかる。


「ライルこそ、皆んなに祝福されて 甘い顔して踊ってたじゃない。寄り添う彼女を支えて、抱き上げて!そんなことしてるくせに …!私にそんなこと言う権利なんてない!」

真緒も負けてはいない。

いつもなら、心の中に秘める思いが口から溢れ出す。売り言葉に買い言葉、上等じゃない!


ねぇ、あんな姿をみせられて

どれだけ私が 悲しんだか 苦しかったか わかる?

あの人に どれだけ嫉妬したか わかる?


涙声が 夜闇の木立に木霊する。

絞り出すように紡がれる言葉は マオの血の涙だ。

「馬鹿!ライルの馬鹿!どうせあの人と結婚するんでしょう!勝手に幸せになればいいじゃん!」

はい、おめでとう!

投げやりに祝福の言葉を口にすれば、ライルの顔つきが変わった。

乱暴に真緒の肩を掴み、怒りに満ちた瞳を真緒に向けた。

「本当に そう思うのか!お前はあの男がいいのか!

…だから 俺を捨てるのか」

あの男に 何を言われた? 答えろ!

強く揺すられマオの身体が大きく揺れた。それに抵抗して真緒は力を込めてライルの腕を払った。

「もう イヤ!…ライルなんて 大嫌い!」


マオの叫びは嗚咽に変わり、ライルに背を向け膝に顔を填めた。触れれば身体を強ばらせ、身を捩る。肩を震わせ嗚咽する姿に、ライルの波立つ心が少しずつ落ち着きを取り戻していった。


自分に非があるのだ。責めるのは間違っている。

深く息を吐き、大きく吸った。


「ライルさま」

マオの名を呼ぼうとしたタイミングで戻ってきた騎士に声を掛けられた。あれだけ声を荒らげたのだ、近くに控えていた騎士たちには聞こえたいたのだろう。気まずそうな様子でライルと真緒を見遣り、近寄ってきた。

「そろそろ 宜しいでしょうか」

女騎士が前に進み出て、真緒に近づいてゆく。ライルは女騎士に場所を譲り、控える騎士にこの後どうするのかを尋ねた。


「彼の姫を 宰相邸へ送るように言われております」

それを聞いて、ライルは ふぅ と息を吐いた。

それならば いい。

真緒の酔いが覚めたら、落ち着いてちゃんと話し合おう。

「ライルさまはお戻りください」

後はお任せ下さい。ライックの元で長く務める男だ。この男は信頼できる。真緒の震える背中を見遣り、男に向かい頷いた。

「頼む」

後ろ髪は引かれるが、今は任せよう。


暗い木立に向かい歩き出す。

心躍らせた遊歩道は、今は先の見えない地獄道を歩いているようだった。

月を仰ぎ見る。

青白い月は 冷たい光でライルを照らした。


月よ、お前も 俺を責めるのか…


下腹に力を入れて 背を正し、再び歩き始めた。





















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