223.駆け引き
サウザニア王・ヒルハイトへの挨拶は異例尽くしだった。
他国の騎士の武勲を褒め称え、護衛としての能力の高さを評価したのだ。そして、並ぶシェリアナに視線を向けると目を細めたその発言を許した。
シェリアナはゆっくり深く礼を取る。
それは流れる動作で淀みがなく、優雅だった。
綺麗だ。
真緒は素直に思った。
「テルロー公爵が娘、シェリアナにございます」
鈴を転がしたような声がホールに響く。
このような場面でも臆することなく、凛とした立ち姿。敵わない、そう思った。
「なるほど。公爵が零していた相手は宰相の息子であったか」
シェリアナがライルの腕をぐっと抱き寄せて身体を寄せる。真緒は身体を固くし、ライルがどうするのか見つめた。ライルはシェリアナの行為を受け入れていた。その姿は愛しいひとを護るように寄り添う姿に映った。
胸が詰まる。苦しい。
真緒は自身の胸元を強く握りしめた。硬いものに指が触れる。胸元に隠した惹き合いの石は、熱を帯びることはなかった。
「…公爵。まずは宰相を説得せよ。私が口添えしよう」
ヒルハイトの言葉に、ホールはどよめいた。
サウザニア王が口添えする婚姻。
誰が異を唱えることはできるのだろうか?
他国の国王に祝福される婚姻話に、どよめきから祝福へと変わった。
祝福の声が波状となって真緒の耳に届く。
婚約… 婚姻…
それは真緒の心を押し潰す。息ができない。崩れそうな心と身体を必死に奮い立たせた。
…離れたい…! この場所に居たくない…!
身体を強ばらせ、今にも崩れそうな身体を震える足で必死に支えている姿が、愛おしくて堪らない。フロイアスは背後からギュッと抱き締めた。
放心状態の真緒は抵抗することなく、この腕の中にある。フロイアスは胸の高鳴りを抑えられず、抱く腕に更に力を込めた。
「みて、マオ」
跪き手を取りダンスを乞うライルの姿。頬を染めてそれを受けるシェリアナ。ふたりの姿はフロア中央でシャンデリアの輝きを浴びて浮かび上がっていた。
「お似合いですわね」
「サウザニア王の祝福を受けての婚姻とは羨ましい」
好意的な囁きがふたりのダンスを祝福し、それはフロアを支配した。祝福ムードの中、ダンスがはじまる。
「彼は君の知ってる男ではない。宰相家の者としての選択をしたんだよ」
その言葉にノロノロとライルの姿を目で追った。
いく人のペアがライルまでの視界を遮っているのに、真緒の視線にライルの視線が重なった。
…マオ!
…ライル!
名を呼ぶ 声が聞こえた…気がした。
期待を込めて見つめた視線に映ったのは、シェリアナがライルに垂れ掛かかり、それを支えるライルの姿だった。
「いこう、マオ」
真緒とライルの視線が絡む状況に苛立つ。フロイアスは見せつけるように真緒を更に腕に抱き込んだ。ライルの表情が変わる様は、フロイアスに優越感をもたらした。弱々しく抵抗する真緒を抱いて背を向けた。
「…休みたい…気持ち悪い…」
掠れた声で真緒が懇願する。本当はこのまま部屋へ連れ去りたかった。だが、腕の中の真緒はしっとり汗をかき、苦しそうに喘いでいた。フロイアスは自身の欲を押し込めて、庭園の噴水脇のベンチに真緒を横たえた。
「マオ、愛しいマオ。君を自由にしてあげめられるのは私だ。君に曇りのない笑顔をさせられるのは私だけだ」
背を摩り、髪を撫でる。
「彼は あの令嬢を選んだ。そういう男だ」
君も見ただろう? 他国の王に祝福された婚姻が翻ることは無い。
「フォルス殿」
ホールを後にするフロイアスの姿を視界に捉え、後を追う足を止めたのはライックだった。
「これは…師団長殿」
無視できる相手ではない。視界から消える後ろ姿を確認して、ライックに向き直った。
「楽しんでおられますかな?」
行く手を阻むようにさり気なく立ち位置を移動し フォルスの前に立ちはだかった。
この男を知っている。
宰相の右腕。マージオを国王に押し上げた宰相が信頼する男。暗部を束ねる男。
飄々としているが、油断ならない。
フロイアスは第二王子だが、王位に興味がなく穏便に日々を送ることばかり願っていた。その王子が、イヴァン王子がマオを拐ったと聞いたときから 変わったのだ。
「マオは渡さない。そのためなら王位を手に入れる」
幼い頃から傍にいたフォルスは、他の王子から覇気のない男だと謗りを受けることに我慢ならなかった。
能力なら十二分にある。どの王子よりも優れた王になる。そう確信していた。だが、フロイアスは争いを好まなかった。
そんなフロイアスが決意したのだ。
だから私が、全身全霊で支えると決意したのだ。
王位継承権の低い第三王子を王位につけ、大国に並ぶ国へと押し上げたニックヘルム。自分もフロイアスを王位につける。
第二のニックヘルムになる。
そのニックヘルムが認める男が、何の用だ?
ライックは柔らかな笑顔を浮かべ、フロイアスが立ち去った方向を一瞥してフォルスに視線を移した。
「…ひとときを邪魔するのは 無粋ですよ」
━━ 確かに、一理ある。
しかし、そんなことを言うために呼び止めたのだろうか?疑心が伝わったのだろうか。ライックは口の端を歪めて声を潜めた。
「我々は 向けられた刃に向ける剣しか持ちませんよ」
フォルスの背に冷たいものが流れた。見透かすようなライックの視線から逃れるようにフォルスは視線を外した。
「警備の話をししたいのだが?」
ライックは間合いを詰めてフォルスに声をかけると、さぁ、とばかりホール横の小部屋を示した。断る選択肢はないようだった。
フロイアスは部屋へと向かっただろう。
それなら、エストニル側の邪魔を入れないことも必要か。フォルスは思い直し、ライックと並び子部屋へと足を向けた。
真緒の呼吸は落ち着いてきたようだ。
このまま部屋へ運ぶか。
退室したらフォルスが追ってくるよておだったが、フォルスが現れない。何かあったのか?
それなら尚更 マオを部屋に囲いたかった。
このまま部屋で共に一夜を過ごせば、行為有る無しに関わらず既成事実だ。噂はすぐに拡がる。
「マオ、少し我慢して」
そっと横抱きに抱え上げる。眉間に皺を寄せて小さく唸るマオの額に唇を落とす。涙の跡が月の光に反射する。眠っても尚、あの男を想って涙を流すのか…。
胸の奥に激しい焔があがる。胸に広がる嫉妬というエネルギーがフロイアスを支配した。思わず力を込めて抱き締めれば、真緒の身体が小さく丸まり腕と胸の中におさまった。
「フロイアス殿、ここでしたか」
爽やかな声で呼び止められた。声の主は無視できる相手ではなかった。心の中で舌打ちし、振り返らずにその声に応えた。
「ナルセル殿、私をお探しでしたか」
「ええ」
ナルセルはフロイアスが振り返らないとわかると、正面に回り込み、真っ直ぐに視線を向けた。
「父上が 殿下とお話ししたいと。お迎えに上がったのですよ」
「わざわざ、殿下が?それは申し訳ありません、では、彼女を部屋で休ませ直ぐに向かいます」
フロイアスはしっかりと抱き込んで、ナルセルに顔が見えないように隠した。
フォルス、早く来い!
「そちらのご令嬢は 私の近衛に送らせます。サウザニア王もお持ちです。これ以上お待たせするのはいかがなものかと思いますよ」
言葉と行動は同時だった。
「失礼致します」
ナルセルの近衛騎士はフロイアスを囲むように近づくと、丁寧ながらも強引に腕から連れ去った。
「お連れしろ」
ナルセルの微笑みは変わらない。
近衛を追うように踏み出した一歩をナルセルが塞いだ。
「フロイアス殿、こちらです」
囲む近衛が壁となり、真緒の姿が見えない。
フォルス、なぜ来ない!お前が来ていれば、みすみす奪われることは無かったものを!
奪われたことに苛立ち、怒り暴れる気持ちが、表情に出ないように大きく息を吐いた。
「感謝する」
平静に言えただろうか? ひとことやっと口にして、ナルセルと並び近衛に囲まれてホールへと重い足を向けたのだった。




