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222.口添え

火照る頬に 外から入る風は心地よかった。

喉越しの良さに、フォルスが席を外したあとにも杯を重ねた。

目を瞑るとゆらゆらと頭の中が揺れる。

ふわりとする感覚が、今は有難かった。

こんな特等席で、ライルがあんな可愛らしい女性と仲睦まじくする姿を見なくちゃいけないのだ。

酔いがなければやってられない。


未成年の真緒は飲酒の経験はない。

微炭酸のこの飲み物がアルコールだと気づいたのは、かなりの杯数を重ねた後だった。

バイト先にも夜も更けてくると、お一人飲みのサラリーマンが来ていた。黙々とジョッキを傾ける姿に哀愁が漂っていた。お酒で何かから逃れるなんて…、そのときは理解できなかった。


でも、今ならその気持ちがわかる。

お酒って最高!万能!


新たなグラスを手に取ったところで、そのグラスは真緒の手から離れた。ムッとしてグラスの行先を追えば、ブロンド髪のいけ好かない痴漢男に辿り着いた。

「返して」

手を差し出して ほら 、と要求する。

「…飲み過ぎだよ」

ずれたベールを手直し しながらついでとばかりに頭を撫でてきた。


煩い! 煩い! 煩い!


真緒は乱暴にその手を払うと、ベールに手をかけた。

撫でる手も ベールの感触も イヤ!

なんだろ、イライラする。


「とにかく、もうダメだ。…目的を忘れてないか?」

グラスを奪い取ろうとする真緒の腕を掴むと、ぐっと腰を引き寄せた。ぐらり、と視界が回る。

「ちょっと離れてよ、痴漢!ホントにあなた誰よ」

いやいやをする幼子をあやす様に、フロイアスは真緒の背を優しく撫でた。

その感触が嫌で、身を捩った。

「私はフロイアス。サウザニアの王太子だ」

「…王太子!?」

そうだよ、真緒が驚きに二度見するとイタズラが成功したかのように してやったり な顔をした。

ナルセルが相手をする立場なのだとは思ったけど、まさかの王太子だったとは。

呆然とする真緒に 微笑む。

気づいていたと思ってたけど?

真緒の身体を更に抱き寄せて、顔を寄せた。

「私は 兄たちとは違う。君を自由にしてあげる。

私と共にあれば、しがらみから解放されて、 自由に生きられるよ」


どういうこと…? 何言ってるの…?


「ほら、もうすぐ彼らの番だ」

見て。真緒の身体を雛壇に向ける。

雛壇の下、礼を取るライルとシェリアナの姿があった。ビンクのドレスがふわりと舞う。栗色の髪が揺れ、国王に声を掛けられ、零れるような微笑みをライルに向けていた。美少女の微笑みの破壊力 恐るべし!


何かの罰ゲームなの?

なぜ私は 幸せそうなふたりを こんなところから見ているの?


「…おいで」

フロイアスに腰を抱かれ、強引に立たされる。真緒は引きずられるようにして 雛壇に近づいてゆく。

「イヤ!行きたくない!」

フロイアスに抵抗するが、その腕は揺るがない、


ああ 嫌だ。会話が聞こえる…


咄嗟に耳を塞ごうとしたが、フロイアスの腕が許さなかった。

「ちゃんと 確かめるんだ。君の立場を。彼の気持ちが誰にあるのか」


聴きたくない!


「大丈夫。私が傍にいるよ。マオ」

耳元で悪魔が囁きかける。心が闇に侵されてゆく。

ヒュー ヒュー と喉がなり、 息苦しさが思考を奪っていくのに、聴覚だけが研ぎ澄ますれていく。


「━━ 将来有望だな、王よ。宰相の息子であったか、後継の憂いも無いではないか。━━━ それに、 良い相手もおるようだ」

サウザニア王・ヒルハイトは饒舌だった。

ライルの武勲を褒め称え、護衛としての能力の高さを評価した。そして、並ぶシェリアナに視線を向けると目を細めた。ヒルハイトがシェリアナの発言を許すと、シェリアナは深く礼を取った。

「テルロー公爵が娘、シェリアナにございます」

シェリアナの脇に進み出て、小太りの男が共に深く礼を取る。

「おお、公爵の娘であったか」

ヒルハイトはその男に声を掛けた。滞在中のヒルハイトの生活を任されているのがテルロー公爵である。

高度な政治的なものは国王と宰相が担うが、プライベートを整えることはテルロー公爵に一任されていたのだ。その言葉に深く礼で返しながらも、顔が緩むのが見て取れた。

「なるほど。公爵が零していた相手は宰相の息子であったか」

目を細め、ライルとシェリアナをみつめるヒルハイトに、テルロー公は大きく頷いた。

「はい。娘の幸せを願っております。しかし、良いお返事をいただけないのです」

ふたりの気持ちは固いのですが、こればかりは…

言い淀むように言葉を濁し、チラリとニックヘルムに視線を送るが、その視線が交わることはなかった。

シェリアナがライルの腕をぐっと抱き寄せて身体を寄せる。ライルは身を固くしてそれに抵抗するが、御前であからさまに払うわけにもいかず、結果的にシェリアナのなすがままだった。発言を許されていないライルが、直接ヒルハイトに声をかけることはできない。

反論の言葉が喉元で暴れる。下唇をかみしめ、拳を強く握りこんだ。


「…公爵。まずは宰相を説得せよ。私が口添えしよう」

ヒルハイトの言葉に、ホールはどよめいた。

サウザニア王が口添えする婚姻。

誰が異を唱えることはできるのだろうか?

他国の国王に祝福される婚姻話に、どよめきから祝福へと変わった。


ライルは反射的に顔を上げ、ヒルハイトに視線を向けた。待ってくれ!そう口にする前に、ニックヘルムが割って入った。

「愚息への配慮、恐れ入ります。しかしこれは私的な話。王の歓迎の場に相応しい話題ではありません。どうか御容赦ください」

「宰相の言う通りだ。今宵の宴に相応しくない。

義兄上(サウザニア王)、この話、私に引き取らせてください」

マージオが言葉を繋ぎ、軽くヒルハイトに頭を下げた。ライルがヒルハイトに抗議の声をあげようとする姿が目に入る。ニックヘルムはライルを視線で制すると 手を鳴らし楽団に合図送る。

「ふたりはダンスを披露してはいかがかな?」

この場をおさめるためだ、堪えろ。

ニックヘルムの意図を汲み、ライルは強ばる顔に笑みを貼りつけてシェリアナの手を取った。

「今宵のダンス、一番に貴方の手を取る名誉をくださいますか?」

手の甲に唇を寄せて上目遣いにシェリアナをみつめれば、紅潮した頬に恥じらう素振りをみせてはにかんだ。

「ええ、喜んで」

ホールに響くような声は、勝どきのようだった。

手を取りあうふたりはホールの中央へと進んでゆく。まるでモーゼの十戒のように人の波が開かれる。


まるで断頭台にあがるようだな…

いや、

その方が遥かにいい。

なぜ私は この女の手を取っているんだ?

婚姻?祝福?

冗談じゃない!


「血が滲んでますわ」

シェリアナが口元にハンカチを当ててきた。その手を掴み口元から離した。

「怖いお顔」

くすくす、シェリアナは微笑みながらつぶやく。

「王の口添えがあるのですよ、私たちは結ばれる運命」


そう、貴方(ライル)は私のもの。

あんな(真緒)には 渡さない。

ご覧になって?

みんなが私たちを祝福しているわ。

ほら、あそこの方たちが、羨ましそうに噂しているわ


シェリアナは恍惚とした表情を浮かべ、ライルを見つめた。ようやく手に入れた、愛しい男を。

今は 仮初でも構わない。

あの女が居なくなれば、きっと私を見てくれる


ステップを踏みながら、ホールをゆっくり見回す。

次第に増えるダンスの輪の中心で、フロイアスの姿が目に入った。小柄で華奢な女性を腕に抱き寄せている。ベールを被っているが、間違いない。

…あれはマオだ。

わからせてあげるわ。

誰が ライルの隣に相応しいのかを。


ぐい、と強引に方向を変えられ ライルは視線をシェリアナに向けた。シェリアナは可憐に微笑んで、視線を雛壇の方へ向けた。

「ご覧になって、フロイアス殿下ですわ」

言われるがままに視線をうつし、ステップが止まった。


マオ…!?


フロイアスに抱き込まれた小柄で華奢な女性。

見慣れぬドレスに深く被ったベールはあれど、見間違う筈もない。

「きゃぁっ…!」

シェリアナが小さな悲鳴と共にライルに倒れかかってきた。咄嗟にその身体を受け止めながら、視線は真緒から外せなかった。

「足を痛めたようです…」

シェリアナの声も耳に入らない。いく人のペアが真緒までの視界を遮っているのに、ライルの視線に真緒の視線が重なった。


…マオ!

…ライル!


声も届かない距離なのに、名を呼ぶ声がした。

ライルの足が一歩真緒に向かって踏み出されたとき、シェリアナの悲鳴が響いた。

ハッとして縋るシェリアナを見れば、縋る腕は一段と強さを増した。

「足を、足を痛めたようです」

しおらしい声は 周囲の同情を誘い、ライルの枷となった。真緒の元に駆けつけたいのに、それが許されない。

マオ、なぜ君は他の男の腕に居るんだ!

自身の苛立ちが、真緒を責めることにすり替わる。

「ライルさま…」

縋るシェリアナが思考の邪魔をする。

近寄ってきた近侍が、こちらへどうぞと声をかけてくる。

「…歩けませんの…」

かすれる声でつぶやき涙をうかべるシェリアナを、思わず睨みつけた。

「どうか こちらへ」

ぐっと腕を掴まれてライルが視線を向ければ、ライックが鋭い視線を返してきた。何やってるんだ、そう責め立てる。

「失礼」

ライルはシェリアナの膝裏に手を入れ横抱きにすると、案内の近侍に従いその場を離れた。


真緒の視線を背中に感じながら、反論することも、振り返ることも許されない。

シェリアナが掴む腕が 蜘蛛の糸のようにライルを縛っていった。




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