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221.主の正体

楽団の演奏が奏でる魅惑の調べは 何かが起こる期待を抱かせる。

それは 一夜の夢かもしれないし、運命的な出会いなのかもしれない。



夜会の煌びやかさは泡沫夢幻だ。その刹那的なひとときだからこそ、華やかなのだろう。

宝石に彩られた華たちは扇の内に本音を隠す。

厚いベール越しに、華やかだが空虚な夜会を見渡した。

ゆっくりと 手を引かれ進む真緒に、周囲の視線が注がれる。突然現れた者の正体を探り合う潜めた声がホールを埋めた。


サウザニアのドレスを纏う真緒は目を引いた。

オーガンジーのような柔らかな薄布を幾重にも重ね、裾に向かい濃いグラデーションとなる淡いオレンジのドレスは胸下で切り替えられており、広がりのないドレスの裾は足さばきに合わせふわりと舞った。

肩を隠すように纏うショールには、銀糸の刺繍が施され 光に反射して輝き、まるで羽のようだった。


足が震えるのは、慣れない靴にドレスのせいだ。

まるで映画のセットのような会場を、覚束ない足取りで進む。

こんな注目を浴びるとは。

自分の結婚式だって、こうはならないだろう。

転ばないように足元に目線を集中させて、人々の好奇な視線から逃れるように意識を逸らした。


「顔を上げて、愛しの姫」

目の前に現れた影から掛かる声に思わず顔を上げた。ベール越しでもわかる。その黄金の髪、琥珀の瞳、この声…!

「痴漢じゃん!」

心の声がそのまま言葉に出てしまったことに、自分の声で ハッとする。殺気がエスコートする手から伝わり、思わず手を引いた。

「フォルス」

痴漢のひとこえで殺気は収めてくれたが、視線が痛い。

「綺麗だ、よく似合う」

胸元に抱き込まれ、耳元で囁かれる。背中に虫唾が走り、反射的に胸を押した。慣れないヒールは足元をぐらつかせる。傾ぐ身体をぐっと引き困れ拘束が強まった。

「いいの?知りたいのだろう?噂の真相を」

吐息と共に耳元を揺らした声は、甘い響きなのに反論を許さない強さがあった。

「その口を塞ごうか?君の声を誰にも聞かせたくないな」

ベールの内に忍んだ指が耳朶から頬、唇へと撫でてゆく。

「貴方が私を呼んだ主なの?」

「そうだよ…君はあの男の正体を知るべきだと思うからね。君が手を取るべき相手は誰なのか…」

指が唇をなぞる。

「貴方は …」

誰なの?続く言葉を言い終えないうちに、男の背に庇われた。真緒は咄嗟にその背から離れようとしたが、フォルスは真緒の腕を強く掴むと、背後から囁いた。

「そのまま黙っていてください。貴方の友人のためでもありますよ」

友人…?フォルスを見返せば、視線で示したのはナキアだった。私がここに居るのがバレたら、ナキアがまずい立場になるってこと?王太子の婚約者として認めらるために努力しているナキアの足を引っ張る訳にはいかない。

下唇を噛み締めて下を向けば、それを了承と受け取ったのかフォルスは腕を離しすぐ後ろに立った。

「フロイアス殿下、楽しんでいただけてますか?」

ナルセルがナキアを伴い近づいてきた。

「背に庇われた 素敵な女性をご紹介いただけますか?」

げっ! 勘弁して !

真緒が身体を固くするのが伝わっのか、フロイアスは真緒のベールをより深く被るようにみずから手直し、愛しいものを慈しむ柔らかな視線を向けた。

「まだ秘しております。お許しください。

━━━ 私の大切な者である、とだけ。」

人差し指を自身の唇に当て、そっと微笑んだ。秘する人であるから詮索するな、そう言外に伝えると再びその背に隠した。

「…それは失礼。私の知るものに似ておりましたので」

ナルセルはそれ以上詮索はしなかったが、微笑みの下から 庇われる女性に意識を向けた。

背丈に華奢な身体、ベールを被っていても光の加減で透けてわかる黒い髪。

(なぜ マオがここに?なぜ フロイアスといる?)

雑談を交わしながら、思考を巡らす。

王太子同士の交流は目を引く。

関わりを持ちたい貴族たちが、次第に集まり始めていた。

「フォルス」

その言葉と同時に真緒は両腕を掴まれてよろめいた。

「慣れない場所でお疲れの様子。席へお連れします」

いや、あなたが掴むからよろめいだけだし!

睨みつけたいが背後を取られていてはなにも出来ない。足でも踏んでやろうか。ピンヒールは武器だ。一撃くらいはかませるはず。顔を上げて気合いを入れたところで、心配そうに揺れるナキアの姿が真緒を思いとどまらせた。

本来の目的を忘れるところでした…

なすがままにフォルスに身体を支えられて歩く。強い腕は振り払える気がしない。

ナルセルが自ら声をかけるくらいだ、高貴な人なんだろう。これだけ人の目のある中で、ヤバいことはさすがにしないだろう。この夜会でライルが婚約するのか、真実がわかればいいのだから。


連れていかれたのは貴賓席のある一角だった。

今日はサウザニア王の歓迎だといっていた。ということは、お父さんと並んで座る人がサウザニア王か…。

ベールを被っているのをいいことに不躾に壇上の男を見つめた。

イヴァンを焚き付け、実の息子を切捨てた。

誘拐しようとしたり、エイドルを苦しめたり、いろいろとあったサウザニアの悪事はこの男(サウザニア王)が黒幕なんだよね。


この人がいなければ、平和に暮らせるのかな…

私の生活の安全が保証されるのかな?


「そんなに見てはいけない。失礼ですよ」

フォルスは真緒にグラスを差し出した。

これ、大丈夫なの?あなた、信用できないんですけど?疑いの目でグラスとフォルスを交互に見れば、目を細めて冷ややかな視線を返された。

「何もしてませんよ。こんな所でなにかする程馬鹿じゃない」

そういうと、自分のグラスと入れ替えてひと息に煽ると、トレイから新たなグラスを受け取り、真緒に差し出した。それはどうも、失礼しました。今までのことを考えたら疑うに決まってるじゃない!

差し出されたグラスに手を伸ばしたが、口をつける気にはなれなかった。

「ほら、貴方のお目当てはあそこにいますよ」

正面を向いたままフォルスは軽く顎で先を示した。挨拶のために並ぶ列に、彼はいた。


栗色の髪をハーフアップにし、下ろした髪はふわりと揺れる。装飾の施された淡いピンクのドレスは、可憐な彼女によく似合っていた。揃いの色のポケットチーフが胸元を飾るライルは、騎士服とは違い、正に映画の中の王子様だった。

腕を組み、彼女が微笑み身体を寄せる。ライルがそっと微笑ま返す様は、正に映画のワンシーンのようだった。

あー、あんな甘い顔もするのね…

貴族の子弟だもんね、それも宰相とかしちゃうお家の人だもんね。ヴィレッツは貴族然としているが、正に今のライルはそうだ。


「…もうやめた方がいいのでは?」

フォルスの声に、現実に戻された。気づけば進められるままにグラスを開けていたようだ。そういうフォルスの手にはまだグラスがある。

「それだけ頂戴」

そう言えば、素直にグラスを渡してくれた。

微炭酸のそれは、柔らかな果実の香りがした。飲みやすい。胸のモヤモヤもあってか、炭酸の喉越しが心地よかった。










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