219.噂
結局、目が覚めても現実は変わらなかった。
あの夜の侵入者の正体を真緒が知ることは無かったが、真緒には常に女騎士が警護につくようになり、監視がが強まったのは間違いなかった。
いつまで こんな生活が続くのだろう。
サウザニア王が帰国するまで?
狙われなくなるまで?
… まさか 一生涯…?
軟禁状態にされ、繰り返される毎日に辟易していた。煩わしいだけの淑女教育の講師たちが、今では待ち遠しい。それだけ外部との遮断は厳重だった。
あの日以降、ライルは真緒の前に姿を見せることはなかった。
どういうつもりなんだろ…
私を避ける理由は なに?
バツが悪くて時間が欲しかったんじゃないの?
冷静になりたかった それだけじゃないの?
『気持ちのない言葉はいらない。もう 無理して偽らなくていい』
そういえば、感情に任せて言っちゃったよね。
本当に そう思うの、真緒?
あなたの愛した人は、そんな狡いひと なの?
答えは 否 だ。
ライルはそんな器用なひと じゃない。
狡いひと じゃない。
手元の青紫の石を指先で摘み、陽射しに翳す。それは色んな角度から光を得て、輝きを放っていた。
惹き合いの石って、想い合う者が真名を告げることで生み出されるんだよね
お互いを想う気持ちに偽りはなかった、そう思っていたけど、渡りの樹が燃えて 帰る手段は無くなった。
お父さんも正気に戻ったから、ライルが頑張って私を引き止める必要が無くなった。
役目を終えたら 気持ちが冷めたのかな?
真面目な人だから、きっと私のことを真剣に愛そうとしてくれたんだ。
━━━ でもさ、それって都合良すぎない?
うわっ、 考えたらムカついてきた!
ちゃんと向き合おう って思っていたけど 、こうも会えないと話もできない。私は軟禁されてるし、相手が逃げてるなら 尚更だ。
そこまで考えて、慌てて辞めた。
いくら時間を持て余しているからって、余計なことを考えたらダメだ。全てが恨めしくなる。
目の前のお茶をひと息に飲み干し、大きく息を吐く。近くに控える護衛の女騎士が怪訝そうに様子を伺っていた。きっと百面相していたのだろう。
考えていることが すぐに顔に出る、って昔から言われていた。何か企んでいると思われたかな?
こんなとき、ルーシェがいてくれたら良かったのに。
今は離れた地にいるこの世界のお姉さんに思いを馳せた。
「マオ様、ナキア様がお見えです」
侍女が告げた来客は、マオを喜ばせた。この王宮で気兼ねなく話せる唯一の友達だ。ナルセルとの婚約に向けてお妃教育を受けている彼女は、忙しい中でも時間を作って会いに来てくれる。
このときばかりは ふたりでゆっくり過ごせるようにと、人払いがされるのだ。緊張を強いられる王宮での生活を思いやったナルセルの配慮だ。
弟よ、いい男だ!お姉ちゃんは嬉しいよ!
ソファに向かい合って座り、二人だけになるのを待つ。気分は恋人との逢瀬だ。そわそわしてしまう。
人払いがされても、テラスに面したガラス張りの扉の外側に騎士が二人、廊下に通じる扉の内側に女騎士、きっと扉の外側にも居るのだろう。それでも声の届く範囲から外れてくれることは有難かった。
「…ねぇ なんかさ、元気ないよ?」
ナキアのため息が気になり、真緒は顔を覗き込んだ。
心ここに在らずな ナキアの様子が気になった。
心配事? 勉強が大変? 虐められた?
できることは無いかもしれない、でも、話くらい聞くよ? これでも お姉さんなんだから!
ちょっおどけて見せれば、ナキアの顔が更に曇った。
あれ?なんか不味いこと 言ったかな?
どうしよう…
妙な沈黙のまま、目の前のカップに手を伸ばした。
うん、美味しい。
やっぱり 紅茶のようなシンプルなものがいいよね!
どうでもいいことを考えて、意識を逸らした。
「ねぇ…」
ナキアは声を掛けたが、言葉を続けるか迷っているようだった。気持ちのままに口にするナキアにしては珍しい。しばらくして、意を決したようにナキアは真緒を見た。
「ライルのこと…聞いてる?」
はい? どういったことでしょう?
「え…とね、知らないなら いい」
ナキアは躊躇って、結局言わない事を選択したようだ。
いや、待って。
これで 終わりは 非常に気になる。そこまで言ったのなら教えて欲しい。視線の合わないナキアの隣に座り直し、腕を引いて顔を覗き込んだ。
「怒らないから、教えて?」
怒らないって…。イタズラした子供でもあるまいし。
自分でも可笑しいと思う。でも 気になって仕方ない。ここはナキアに白状してもらうしかないのだ。
逃げられないように、両肩に置いた手に力を込める。
これ、説教するライックによくやられるのよね。
「…サロンで噂になってるの。婚約するって」
婚約!? 何それ!?
ようやく白状した内容に、真緒の思考は完全にフリーズした。言葉は分かるのに、意味が理解できない。
固まった真緒にナキアは、トドメを刺した。
「今晩の夜会で 婚約発表するって」




