218.夜の訪問者
それは それは 叱られた。
まぁ 勝手に抜け出したのだから 仕方がない。
覚悟はしていたが、ライックの説教は 長い!
それに今日は、ヴィレッツの説教という特典付きだ。
殿下の説教は 物静かな分、怖い。
そして、理路整然としていて 反論の余地がない。
ひたすら身体を小さくして 終わるのを待つだけだ。
「フロイアス殿下の狙いはマオだ。亡き者にしたいのか、連れ去りたいのか目的はまだわからない。ただ、マオが死んでいないことは知れている。充分に警戒する必要がある」
宰相邸で匿いたいのだが、国王が頷かない。
王妃宮の警備は強化したが、目的がはっきりしない以上 警戒をしても不安が付き纏った。
それなのに。
マオは自由を求めて 羽ばたく。
その意欲は枯れることなく、ブレない。
この娘を繋ぎ止めておけるのはライルくらいだろう。
大きく息を吐くと、おしまい? 期待を込めた真緒の視線とぷつかった。
懲りない、全く 懲りない。
背後からため息が聞こえる。ライックも同じ心境なんだろう。
押さえつければ 真緒の行動に反動がつく。
ヴィレッツはため息と共に立ち上がると、ライックと共に部屋を去った。
「…早いところ 仲直りしろよ」
あれも男だ、許してやってくれ
ライックが残した去り際の言葉が、ひとりになった部屋に余韻を残す。
避けてるのは あっちだよ…
時間が欲しい
そういったのは ライルの方。だから待ってる。
でも、許してやれって…
もしかして あの夜何があったのか ライックは知ってるのだろうか…?
んんん?
… 皆知ってたりするの!?
心の中で絶叫する。
恥ずかしすぎる! なんで知ってるの?
ライルが喋った…?
いやいや、そういうのって ふたりの秘密なんじゃないの!
急に熱を帯びた身体は 容易に火照りが醒めず、息苦しさに新鮮な空気を求めて窓を開けた。
大きく息を吸えば、胸に染み込んでゆくようで 何度も繰り返した。まだ疼く心は 容易に熱をぶり返しそうで落ち着かない。
何度か吸い込んだとき、鼻孔にふわりと甘い香りがした。
あれ…この香り…知ってる
本能が警鐘を鳴らすのと同時に身体が揺らいだ。
「危ないよ」
揺らいだ身体は固いものに受け止められた。聞き覚えのない声に、警鐘が鳴り響く。必死に押しやれば 腕を取られて自由を奪われた。
「…誰?」
甘い香りが思考を妨げる。これ、眠くなるやつだ…
「会いたかったよ、マオ」
ちょっと…!耳元で囁かないで…
イヤ! イヤ! 頭を振って抵抗するが甘い香りを纏った身体はいう事を聞かない。
「君の声を聞きたいけど、梟は耳がいいからね…」
唇に柔らかなものが触れて、口腔内にトロリと流れ込み、 ピリッとした刺激が走った。
痛…っ! あれ? 声がでない…
「大丈夫。朝には声が出るから」
ベッドにおろされて初めて 訪問者の顔を見た。
目深に被ったフードが外される。
ブロンドの髪は肩に跳ねて柔らかなウェーブがかかり月光に照らされ、覗き込む瞳は琥珀に輝き、ねっとりと纒わり付くような妖しさを放っていた。
真緒の身体に沿うように身体を寄せて 腕を絡ませる。
「あぁ、やっと君に触れられる」
一絡げに掴まれた腕は、かけられた身体の重みで動かすこともできず、跳ね除けようと動かした足も絡げられて自由を失った。
吐息が耳元から首筋にかかる。
その熱の 逃れ先を求めて身を攀じる。動かない身体がもどかしい。
誰なの…?
緩んだ拘束から弾かれた腕が、サイドテーブルの水差しを払い、勢い良く投げ出されたそれが音を立て落下した。ガラスの砕け散る音は、絨毯に吸い込まれても室内に響くのに充分なものだった。
「…残念だけど…。またね マオ」
その言葉と共に開放された身体はシーツの上で力なく投げ出され、動かすことができなかった。
私、助かったの…?
何が起きたのか、状況が分からない。
勢いよく開いた扉からライルが飛び込んでくるのを、ぼんやりと見つめた。
「大丈夫か!」
「…」
大丈夫、そう言葉にしたいのに 陸に上がった魚のように口が動くだけだった。
「…怒っているのか?」
違うの!声がでないの! 身体の自由がきかないの!
言葉にできないって なんてもどかしいんだろう…
伝わらない気持ちに、涙が溢れてきた。
「…すまない…。嫌か…」
違う!そうじゃない!
抱きしめられていたライルの腕が離れていく。
待って!
縋りたくても腕がゆう事をきいてくれない。ようやく掴んだライルの裾も、指先からすり抜けた。
「部屋の中に女騎士を配置する、安心して休むといい」
ライルは背を向けたまま告げると、窓を閉め、淡々と警備の指示を出しながら、去っていった。一度も振り返らない背中を視線で追う。
視線を交わせば、言葉がなくても伝わる筈なのに。
合わせることすら 拒絶されたようで、心に闇が広がってゆく。
ねぇ、どうして…?
重い瞼が閉じてゆく。
今は この眠りに委ねよう。
目が覚めたら いつも通りの彼に会えるかもしれない。
ううん。
これ自体が夢かもしれない。うん。きっとそうだ。




