217.協力関係
サウザニア王が到着した翌日から、思惑の絡み合った宴が、力のある者の手によって催されていた。
現国王ヒルハイトとの繋がりを求めたものも多いが、適齢期にある未婚の王太子フロイアスを目的としたものも多かった。
見事な庭園を望むガラス張りのテラスで催される本日の茶会もそのひとつである。
ナルセルは婚約者であるナキアを伴い、フロイアスの隣で挨拶に訪れる令嬢を紹介していた。
正式な婚約発表はまた先であるが、社交界への顔繋ぎや場馴れの意味もあり、ナキアはナルセルと共にあった。何度かこういったものに出席しているが、他国の王族が出席するようなものは初めてである。ナキアの緊張はピークに達していた。
「婚約者殿は顔色が優れないようだが?」
フロイアスはナルセルにそっと耳打ちした。
そっと連れ出し、休ませてはいかがかな、慣れない場ではお辛いでしょう。万が一、倒れることなどあれば口さがない者たちの思うつぼ。私がその間、場を仕切りましょう、こういったことには慣れてますから、さぁ。
躊躇するナルセルにフロイアスは優しく微笑みかけ、優雅な仕草でふたりを背に庇うように進みでると、正面の栗色の髪の令嬢に手を差し出した。
「素晴らしい庭園の案内をお願いしてもよろしいかな、テルロー公爵令嬢」
見事に咲き誇る薔薇を愛でながら、ゆっくりと小路を散策する。フロイアスは腹心の侍従に目配せをし、さりげなく人払いをした。
「…殿下、私に御用がおありですか?」
先に口火を切ったのはシェリアナだった。その瞳には慕うものは感じられず、猛禽の鋭さが宿っていた。
勘がいいな、頭の悪くない者は嫌いじゃない。目を細めシェリアナを見つめた。
「シェリアナ嬢、なぜそう思われたかな?」
柔らかな笑みに浮かぶ瞳は鋭くシェリアナを射抜いたが、それに怯むことなく可憐な笑顔を向けて扇で口元を隠して声を潜めた。
「あのようなことをされなくても、繋ぎを頂けばお力になりましてよ?」
殿下の狙いは存じましてよ?
そう含ませ囁く言葉に フロイアスは笑みを深めた。
「…ほぅ…?」
「サウザニアの情勢を考えれば、この時期のご訪問はリスクが高過ぎます。それでもいらした理由…、他国に先んじる必要があった」
シェリアナは言葉を切ってフロイアスの反応を待った。フロイアスはその視線に応えるかのように、視線を絡ませ 続きを促した。
「渡りの姫を お望みなのでしょう?」
フロイアスの耳元で その者の名を口にする。扇に隠された可憐な笑顔は、強かな女の顔に変わっていた。
「…貴方の望みは…彼かな?」
薔薇のアーチの影に立つライルを視線で示した。
「…殿下の目と耳は あらゆる所にお有りのようですわね」
シェリアナもライルに視線を送る。隠すこともない。その眼差しは熱を帯び、白磁の肌は薄紅に染まっていた。
「この国での手となりましょう」
社交界での根回しは必要でしてよ?微笑みと共にカーテシーを取る。
「お力になれると思いますわ」
…他国の王太子である私を利用しようというのか。
確かにあの男は目障りだ。
マオが想いを寄せる相手だ。宰相の息子で、国王からの信頼も厚い。あの男がこの令嬢と婚姻関係となれば、マオの目も醒めるだろう。
マオ、君がその瞳に映すのは私だけなのだから
「…いいだろう。貴方と彼が良い関係となるように力添えしよう」
「ありがとうございます、殿下」
それは 咲き誇る薔薇も霞むほどの艶やかな笑顔だった。シェリアナはカーテシーから背筋を伸ばし、茶会の会場を振り返った。
「そろそろお戻りになりませんと。殿下が長く席を外されては、他の令嬢たちが悲しみますわ」
エスコートするために差し出された手に、そっと手を乗せシェリアナは微笑んだ。
女は怖いな。こんな可憐な娘も好いた相手を手に入れるためには、女の顔になる。
でも。
マオは違う。彼女の微笑みに嘘はない。
テラスに戻る姿が 見えたのだろう。
令嬢たちが庭園へと歩みでる姿がみえた。
色とりどりのドレスが、鮮やかな芝の深緑に映えて目に鮮やかだ。歩みを進めれば、あっという間に囲まれた。シェリアナは 楽しゅうございました と簡素な挨拶と共に、その鮮やかなドレスの波間に消えていった。
その後ろ姿を視線で追うこともない。
彼女との間にあるのは協力関係だけだ。
「お待たせしてしまいましたね」
甘い言葉に微笑みを添えれば、一様に頬を染めた令嬢たちが、恥じらいつつもその瞳に野心を燃やして牽制するのがわかる。
優しい微笑みの王子の仮面を付けて、その渦中でひとときのやり取りに時を費やす。
欲の垣間見える笑顔に嫌悪感しか感じない。
あぁ、マオ。
君の笑顔がみたいよ。どうしたら会える?
今夜 会いにいこうかな…




