215.真緒の王宮生活
ライックの長い説教を有難く頂戴した後は、慌ただしく王家の庭を出立することとなった。
何故か 王妃様と同じ馬車…
圧が凄い…。
妙な緊張感が漂う車内でできることといえば 狸寝入りくらいだ。 うん、居た堪れない。
王妃様 ごめんなさい。嘘寝します。
心の中で詫びれば、即実行だ。体調が悪いフリをして隅に身体を寄せて目を瞑った。
「…マオ! …マオ!」
嘘寝はいつの間にか 本気となり 深い眠りに落ちていた。扇越しにかかる声に名を呼ばれ、突然覚醒させられた意識は大混乱だった。
目を開けた途端に 天地はひっくり返り、ずり落ちた座席の端に 強か背を打った。
「いっ、いっ…」
もんどりうっていると、目の前に艶やか緑の扇が突き出された。
「…見苦しいっ!」
そのまま扇で額を小突かれ、痛いところが増えたことに抗議の視線を向けると、呆れと怒りの混じった深いブラウンの瞳が真緒を見下ろしていた。
「…王妃様…」
そうだ。王妃と同じ馬車だった…。
床に尻もちを着いた姿勢のまま、王妃を見つめ返す。
「…早く お座りななさい」
呆けている真緒に冷気を伴った声が かかった。
不味い…、本気で怒ってます?
本能が 危険!だと狂ったように警鐘を鳴らす。冷水を浴びたように 瞬時に目が覚めた。
お尻から伝わる振動は小さく、舗装の整った所を走っているようだ。森を抜けたのなら、王都に入ったのかな?気まずさを思考で誤魔化し、おずおずと 王妃の対角になるように隅に座り直した。
「…貴方にはどこに出しても恥ずかしくない立ち居振る舞いを身につけて貰います。ナキアと共に学びなさい」
額にそっと手を当て、難しい顔をされていても絵になる美しさ。これが真の貴婦人なんだよねぇ。指先まで仕草が美しい。この世界、見目麗しい男性が多いけど、やはり女性の麗しさには敵わない。眼福。
お母さん、本当のお姫様って凄いね!
「━━ 聞いているのですか、マオ!私の娘となる以上、身につくまでは外に出しません、いいですね!」
美人が怒ると迫力が半端ない。気圧されるままに、コクコクと頷いた。
私の娘…?
チラリと王妃を盗み見れば、綺麗なお顔にうっすら浮かぶ青筋がみえて、私は疑問を飲み込んだ。
今 聞くことでも ないよね…
━━━ うん、確かに頷いたけど、あんまりだ。
え?
そう、私は絶賛逃亡中です。
王妃の本気は凄かった。王宮へ到着するとそのまま王妃宮の一室から出ることができなくなった。見張り役の侍女たちの連携、騎士たちも隙がない。
今まで脱走を成功させてきた自信は、すぐに砕け散った。でも、負けていられない。
自由を得るためには努力を惜しまないのが、私なのだ。
イベントがあるのか、今朝の宮は賑やかだ。
一層慌ただしい様子を横目に、大人しく従いますモード全開でベッドに潜んだ。
これはチャンスかも!
仕度に訪れた侍女に頭痛がするからもう少し休みたい、しおらしく伝えてみれば あっさりと引き下がってくれた。本気で私に構っていられないらしい。これ幸い と二度寝をしてチャンスを待つことにする。
サウザニア王を迎えるため、一段と華やかに着飾った王妃が様子を見にきたようだったが、二度寝中の私が気づくはずもなく、こうして偽り体調不良の私は、王妃公認の病人として、本日の休養をもぎとったのだった。
そして、昼過ぎには落ち着きを取り戻した邸をこっそり外出し、警邏の騎士を避けて咄嗟に小屋に身を隠したら、あっという間に警備が強化されて出られなくなってしまったのだ。
こういうときは、人が去るまで待つしかない。
真緒は腹を括って居座ることにした。
こういうとき、ライルと会っちゃったら気まずいなぁ。エイドルが相手なら、いくらでもやり込めるのに。
…エイドル…元気かな…
エイドルの顔が脳裏に浮かんだ瞬間、奪われた唇の感触が鮮やかに蘇った。あのとき感じた熱まで再現され真緒の身体が熱を帯びる。
エイドルは毒に侵されたものの回復していると、ライックから聞いている。今は父親であるダンの店で療養中だ。会えないのは寂しいが、かえって良かったかもしれない。
少しの 自由を求めて 散歩に出た… 筈なんだけど、物々しい雰囲気の騎士たちに囲まれて大ピンチに陥っていた。
うたた寝して寝返りをした足が立てかけてあったスコップに触れる。床に硬い音を立てて落ちた。
勢いよく扉が蹴り破られた瞬間、真緒の自由も奪われたのだった。
「なぜ ここにいる?何者だ?」
…これ、名乗ってもいいのかな…?
私についてる侍女さん、騎士さん、ごめんなさい。
怒られちゃうよね。怒られるくらいで済めばいいけど、目の前の緊迫感からはそんな事ではで済まされない気がしてくる。
何重にも囲まれて、地に押さえつけられた状態でできることなどない。
「怪しい者じゃありませんって。ちょっと隠れてたら寝ちゃっただけ!」
離してってば!捕まっちゃうから!
あ…、もう捕まってるか。
必死で訴えるが、拘束する腕は緩まなかった。あっという間に後ろ手に縛られ、口に噛まされると立派な不審者となった。
(いないことに気づいた侍女さんたちが探してくれたら、解放されるかな。またお説教だなぁ…)
こうなれば迎えが来るまで待とう。さすがに王宮なのだから命の心配はないだろう。心が決まれば、腹が据わった。
荒々しく立たされると、両脇を抱えるように拘束された。背の高い騎士に両脇を抱えられると、小柄な真緒は足が浮く。そのまま歩き出す騎士に荷物のように運ばれた。
ちょっと!荷物扱いは酷くない?
特に右の人!力強すぎじゃない?
右の騎士を睨みつけようと顔を向けると、その騎士の視線は自分の頭の上で 左の騎士を射殺していた。
え…っ…
視線の違和感に声が漏れたその時、左隣の騎士が倒れ、共に引きづられ 地面にダイブした。
顔は守りたい!
その一心で顔を背ければ張り手を食らったように頬に衝撃を受け、耳鳴りが襲った。その痛みの強さに唸りながらも、自分を褒めた。正面からいったら顔が変わってたかも。乙女心出して 頑張ってよかった。
でも、道連れにするにしてももう少し やり方はあったんじゃない? かなり痛いんですけど。
痛みを逃すために現実を離れていた思考は、容易に引き戻された。縛られた腕を力強く引かれたからだ。
気がつけば、倒れた筈の騎士の背に庇われていた。
「やはりな。サウザニアの犬か」
!!!
やっぱりって なに?
分かってたのなら こうなる前に何とかしてよ!




