214.探り合い②
フロイアスとナルセルは庭園を進んでいた。
フロイアスは話題が豊富で、更に聞き上手だった。
穏やかな口調に優しい笑みを浮かべているが、意図的に会話を誘導している。
気がつけば、話題は真緒のことにいきついている。
そして、この庭園の先は王妃の別邸があるのだ。
エストニルは初めて訪れると聞いていたが、よく知らべている。
━━━ この先に真緒が居ることも。
会話にはほぼ混じることなく、やや後ろを歩きながら ふたりの王太子のやり取りを観察していたヴィレッツは、フロイアスの目的が真緒であると確信を得た。
連れ去ろうとしたイヴァン。
存在を消そうとした第一王子。
第三王子は同腹の弟であり、イヴァン亡き後の第四王子派を取り込み、第一王子にビッチェルを利用することをそそのかした黒幕だと報告を受けている。
国王、フロイアス不在の自国で、フロイアスのために第一王子派を粛清しているのが、第三王子なのだ。
なぜ 真緒 を狙う?
「…殿下、薔薇の見事な庭園がございます。王妃自ら手入れをされたものです。東屋から是非、ご覧頂きたい」
警備の関係もございます、この先は御遠慮いただきたい。ヴィレッツが突き進むフロイアスの足をとめた。東屋を示し、さぁ、と誘う。
ヴィレッツは人受けの良い柔らかな微笑みを浮かべているが、その口調は反論を許さなかった。
フロイアスは、チラリと視線をその先に向けたが、無理を通すことはなく、すんなりヴィレッツに応じた。
やはりあの宰相の懐刀、といったところか…
ヴィレッツに誘われるままに東屋に足を向けながら、男をちらり見る。
ナルセルの後見に立つこの男は、エストニル復興を推し進めた立役者と言われている。この国の安寧と共に領地に引きこもり一線から退いていたが、ナルセルを支えるために再び表舞台に戻ってきたのだという。
ニックヘルムと共に暗部をも操る実力者だと 父であるヒルハイトも要注意人物としていた。
少し 事を急いたか…
ナルセルも機微に聡い。
この二人はすでに私の目的が何処にあるか、察したのだろう。
マージオ国王の娘は公式には死亡している。
では、ここにいるであろう娘は?
訪れた隣国の王子が見初めて連れ帰っても、問題はない。本人が頷けばよいのだ。
国王の許可など必要としない。
囁いてやればいい。
しがらみを捨てて 自由に生きられる と。
宿屋で働く 生き生きとした姿が脳裏に浮かんだ。
屈託のない笑顔に引き込まれる。
宿屋の娘は、珍しい黒髪に黒曜の瞳を持っていた。
見たことのない容姿。
興味を引かれ 姿を見なくなった娘を調べれば、国王の娘。それも渡り人だったのだ。
渡り人の力など 必要としない。
渡り人の知恵がなくとも、サウザニアを繁栄させる自信がある。
必要なのは その存在。
エストニルとの強固な関係を作り、渡り人の名が、諸国を牽制するのだ。
後継争いに興味などなかった。
しかし、あの娘が婚姻の相手となるなら話は別だ。
あの笑みを独り占めできる。その上、父上に認められる。俄然やる気となった私は、弟を仲間に引き入れ ここまできた。邪魔はさせない。
用意されたお茶に口をつける。
ふくよかな香りが鼻腔を擽り、喉に爽やかな一服をもたらす。さすが 王宮が用意したものと言うべきか。
ヴィレッツのさり気なく探る視線に気付いていないかのように装い、ナルセルと他愛もない会話で時間を過ごした。
そろそろ 頃合か…
終いのタイミングを互いが図り始めたとき、東屋の奥に動きがあった。騎士が寄る気配に、護衛騎士はフロイアスとナルセルを囲んだ。
音の先にあるのは 庭師の小屋の筈だ。
ヴィレッツは護衛騎士に安全な王宮内へ向かうように指示し、自身は確認のためその小屋へ足を向けた、
小屋の入り口で騎士に囲まれていた音の犯人が叫んでいる。
「怪しい者じゃありませんって。ちょっと隠れてたら寝ちゃっただけ!」
離してってば!捕まっちゃうから!
ヴィレッツはその人物に声をかけようとして、辞めた。後ろの気配に気付いたからだ。
「フロイアス殿下、お見苦しいとこをお見せ致しました。どうか安全な王宮へお戻りください」
護衛騎士は何をしている!
苛立ちと共に見回せば、フロイアスが強引に振り切って来たのがわかった。さすがに他国の王族を止められないか…
仕方がない。自分でこの場から引き離すしかない。
ヴィレッツはフロイアスの腰に腕を回し、半ば強引に回れ右を強行した。
「さあ、ご一緒しましょう」
ヴィレッツは護衛騎士で背後を固め、フロイアスの視線を遮った。
やはり…マオだ…
この声…!あぁ、会いたかったよ…!
歓喜に全身が震えるのを自覚し、頬の緩みが止まらない。必死で俯きその表情を隠すが、ポーカーフェイスの仮面は被れそうになかった。
ヴィレッツに姿勢を変えられ、腰を押されるが、かえって好都合だった。
影の情報は確かであった。
今は 確認できただけで良し としよう。
背中越しに聞こえる彼女の声に、高揚する気持ちを抑え込むのに苦労した。
待ってて すぐに会えるからね
フロイアスの想いは 吐息と共に 溢れた。




