213.探り合い①
見事な庭園が一望できる貴賓室は、絢爛というより落ち着いた質のよい重厚な装飾が施されたものだった。
室内中央に置かれた重厚な丸テーブルに、ヒルハイト、マージオ、アルマリアが向き合うように腰を下ろした。マージオの後ろにニックヘルムは控えた。ヒルハイトの背後には神経質そうな同年代の男が控えている。ヒルハイの補佐官だときいている。
もてなしの品が並ぶと、人払いされた室内は五人となった。
ヒルハイトの連れてきた護衛とライックは続きの間に控えている。
庭園には声の届かない範囲で、騎士が警邏しており、その中には蜘蛛が配置されている。
さぁ、そろそろ仮面を外し、腹を割って話しましょうか…
そんな言葉を込めてヒルハイトに視線を流せば、ニックヘルムの意図を汲んだのか、ヒルハイトの纏う空気が変わった。
マージオも機敏に察知したのか、余所行きの表情を改めて深く座り直した。
「…随分と我が国のものが迷惑をかけた。まずはそのことを謝罪したい」
ヒルハイトはテーブルの上で腕を組み指を絡めた。
「━━━ 王子に囀った害鳥は こちらで処分した」
マージオの反応を伺うように視線を向けた。
ヒルハイトは知ってる。
渡りの樹は、エストニルを興した始祖が創造したものであり、この国では神格化されたものであること。
マージオにとってどのようなものなのかも
だから、黙認したのだ。
扱い易くなるなら結構。自滅するなら それも良い。
ユラドラの政変を裏から画策したのはエストニルだ。
第三王子であったヨルハルを旗印に古参貴族を焚き付けクーデターへと導いた。ヨルハルを王位につけ 同盟を結ぶと、治安維持の名の元にエストニルの軍部を駐留させマージオは実質的な支配を行っているのだ。
エストニルとユラドラの同盟、サウザニアの度重なる策略に落ちることなく退けていることも 、列強国の評価を変えた。
エストニルをサウザニアの傘下とみていた国々が、エストニルの力を認め、対等の国として関係を模索し始めたのだ。
更に、渡り人の存在も拍車をかけた。
山神の使いを味方につけただけでなく、濁流から街を護ったことで その力を知らしめた。国王の娘との婚姻を求めて動き出している。死亡説など信じている者は皆無だ。
マージオ異変の報告を受け、この国を手に入れようと 他国より先んじて乗り込んできたのだ。
これだけの力を持った国を今までと同じ関係とするのは 難しいだろう。だからこそ、他国よりもより親密な《特別な関係》でなければならない。幸い実妹が現国に嫁いでいおり、我が国はこの国の復興を支えてきたのだ。
今更、他国と同列など有り得ないのだ。
マージオの視線がヒルハイトを捉える。。互いの腹の中をさぐり合うかのように、言葉なく視線を絡ませた。
報告では喪失のショックから精神に異常をきたしているとあったが、目の前の男はそんな様子はなかった。
回復したのか…?
この男の策略か…?
マージオの後ろに控え、射るような視線を向ける男の思考を読もうとヒルハイトはその視線に挑み返した。
「…随分と良い音色で囀ったようですな。さすがヒルハイト王の躾は良いとみえます」
ニックヘルムは視線を外すことなく、話を続けた。
「…寄る虫を払うのも面倒なもの。何事も過ぎるのは如何なものかと。」
「あぁ、それも謝罪せねばなるまいな 」
蜘蛛や梟の暗躍でことごとく退けているとはいえ、被害は少なくない。ライルを死の淵に彷徨わせた事実は到底許せるものではなかった。飄々とした物言いが 癇に障る。しかしそれを表に出すことは得策ではない。ニックヘルムが表情を変えることはなかった。
「サウザニアはエストニルとの関係を新たなものにしたい。そう、この先を見据えた良い関係を。」
マージオは演説めいたヒルハイトの言葉を冷静に受け止めた。
ようやく 対等な関係が築けるところまできたか。
関係の改善をサウザニアから言わせたことは大きい。
アルマリアに視線を送れば、扇で覆いながらもマージオを気遣う様子が窺えた。大丈夫だ、そう視線で返す。交渉のテープルに相手から誘われたのだ。交渉のカードはこちらにある。
「…何が望みですかな?我々は良い関係にあると思いますが? ━━━ それとも、 他国との交渉を恐れているのですか?ユラドラと同盟を結んだことで、エストニルは注目を得ているようですからな」
ニックヘルムは言葉に含みを持たせ、他国との交渉の用意があることを匂わせた。
「私が望むのは より親密な《特別な関係》となること。決して他国と横並びの関係ではない!」
ヒルハイトは語気を強めた。
「マオとフロイアスの婚姻を望む」




