212.嵐の予兆
エストニルは肥沃な国土を有し、国境を覆う山脈は自然の要塞であるだけでなく、鉱物資源に恵まれた豊かな国である。
18年前、ユラドラの侵攻を察知したニックヘルムはユラドラと同等の国力を有するサウザニアへ婚姻による同盟を画策したのである。
そして、アルマリアを王妃として迎えた。
サウザニアの援助はこの国の復興を資金面で支えた。特に鉱物資源産業の発展が、短期間で国力を回復させた。
サウザニアはアルマリアの実兄が王位に就き、鉱物資源を優先的に輸入できるなどの利点を活かし、軍事力を高め列強国に名を連ねていた。
そのサウザニアの王・ヒルハイトは第二王子・フロイアスを伴い、エストニルへと突然やってきたのだ。
表向きは、第二王子の王太子指名による挨拶となっているが、本当の目的は何か?
予定通りに到着したヒルハイトはフロイアスを伴い謁見の間へと足を踏み入れた。
高い天井に奥行きのある広間は、柱がほとんどない。それだけ高い建築力があるということだ。天井には光を取り込むように硝子が嵌め込まれており、陽光が降り注ぐレッドカーペットをゆっくりとした歩調で進む。
数段高い場所に玉座があるが、そこに王の姿はない。
ひな壇の前で王妃と王太子と共にあった。
ヒルハイトの姿を認めると、マージオは数歩進みでて出迎えた。
「エストニルは サウザニア王並び王太子殿下を歓迎いたします」
「国王自らの歓迎など、身に余るというもの。エストニルにこられたことを嬉しく思う」
固い握手を交わし、ヒルハイトはマージオの背に腕を回し親愛を示した。
威風堂々、そんな言葉を体現したかのような身のこなしは、諸国に列強国のひとつと言わしめる国を長年治めてきた王の風格だろう。マージオより年嵩のこの王は、サウザニアとの力関係をエストニルの貴族たちにその姿で示したのだった。
「義弟よ、そんな堅苦しい挨拶は如何なものかな?」
「義兄を敬うのは当然のことでしょう」
華やかな笑顔をマージオに向けて、親しみを込めて呼べば、マージオもそれに応える。
アルマリアはマージオの横に並びたち、腰を折った。
「お元気そうで何よりです、兄上様」
その姿に目を細め、ヒルハイトは表情を崩した。
「アルマリア、更に美しつなったな」
そんな王族たちのやり取りを、少し離れた場所からニックヘルムは見つめていた。
この男の目的はなんだ?
訪問の時期としては、何らおかしいことは無い。
ナルセルの成人の儀の際は、国内情勢が不安定である、という理由で第四王子であったイヴァンを代理としていた。
後継を定め、第一王子を廃嫡とし、第三王子をフロイアス陣営に引き込んだ。国内の安定と、フロイアスの地盤固めを終えたということか。
王太子指名の挨拶であるなら、本来ならば 格下となるこちらが、足を運ぶのが道理だ。
こんな抜き打ちのような形で、大国の王が訪れることは無いのだ。
互いの後継を紹介し終えたところで、ニックヘルムはマージオに目線で合図を送った。
「別室にて 晩餐までおくつろぎいただきたい」
マージオの言葉に、鷹揚に頷きヒルハイトは提案をしてきた。
「それは有難い。ただ、もう少し話がしたいのだが、よいか?」
ヒルハイトは視線を流してニックヘルムでとめた。
パフォーマンスは終わりということか
その視線を受け止めて、一歩進みでた。
「それでしたら そのようにご用意しております」
こちらも願っていたことだ。
ヴィレッツがアルマリアの傍に歩みより、迎える仕度が整っいることを伝えると、艶やかな微笑みを浮かべ兄であるヒルハイトに手を差し出した。
「兄上様にエスコートいただきたいわ」
それを満面の笑みで受け、恭しく腕をとった。
「仰せのままに、私のお姫様」
ゆっくりと扉に向かうふたりの後ろ姿に、礼を取りながら そっと視線で追う。すると、ヒルハイトの歩みが突然止まった。
「…あぁ。フロイアスはエストニルは初めてであったな。王宮を案内してもらうが良いぞ」
「それでは、後継同士、私が案内を努めさせていただきたい」
ニックヘルムと一瞬視線を合わせ、何やら含みのある微笑みを浮かべたナルセルは案内役を買って出た。
「フロイアス殿、歳も近いもの同士、いかがでしょう?」
そうたたみかけ、決りとばかりにフロイアスに近づいた。
「父上、フロイアス殿のお相手はお任せ下さい」
マージオの頷きに 軽く頭をさげると、さぁ、行きましょう、とフロイアスを誘った。
「なかなか聡明な王太子であるな」
ヒルハイトの言葉にアルマリアは扇で口元を隠し、微笑んだ。この兄が第一王子を廃嫡させてまで選んだ後継だ、油断はできない。ナルセルはそれなりに成長は認められるが、まだまだ世の中を知らないのだ。
ヴィレッツを横目で見れば、承知しております、とばかりに二人の後を追っていった。
「…宰相、アルマリアの婚姻以来であるな。是非、エエストニルのことを聞かせて貰いたいものだ」
私と交渉したいことがあるということか…
望むところだ
「…大変 名誉なことにございます」
短い謁見は 互いの腹を探り合いながら終了したのだった。




