211.父親の心理
王宮に戻る馬車に揺られながら、この国の王と宰相はその役目を果たしていた。書類に目を通し、次々決済し、それをヴィレッツが纏めていく。
マージオは、過去の住人となって滞っていた分を取り戻すように精を出した。そのお陰で、サウザニア王来訪後まで持ち越す案件はなさそうだった。
目処が着いたところで、手を止めた。
窓の外を眺めれば、ベルタの街をぬけ 王都への街道を走っていた。
後続の馬車にはアルマリアとマオが乗っている。
マオと同じ馬車にして。
それはアルマリアの希望だった。
そのことについて何か知っているか、マージオはヴィレッツに尋ねた。
書類を案件ごと、部署毎に纏め直し整理を終えたヴィレッツは マージオの正面に座り直した。
「マオを気に入っているようですよ、王妃様は」
見惚れるような微笑みを湛え、マージオを見つめる。
「マオを私の遠縁の娘ということにして、養女として迎えたいとお考えです。今回のサウザニア王歓迎の夜会は流石に無理があると思いますが、社交界デビューさせ、いずれは良き相手との縁組を考えてらっしゃるようですよ」
ヴィレッツの視線は チラリ とニックヘルムに向けられ、そのままマージオに注がれた。
マージオは口を開けたまま固まっていた。
ようやく娘と向き合い、これから父娘の時間を深めるつもりでいたマージオにとって、寝耳に水である。
「国王の娘の渡り人は、公には濁流と共にこの世を去ったことになっておりますから。マオは国王の娘でも、渡り人でもないわけです」
身元を定め 後見を持つことで、マオの居場所を作り、護ることができます。そうつけ加えながら、ヴィレッツは興味深げにふたりの男を眺めた。
さて、どんな反応をみせるのやら…
「マオも18歳。良い嫁ぎ先を考えてやらねばなりませんね」
マージオは開けてた口をパクパクとさせ、その言葉に狼狽えているのは明らかだった、
やれやれ…
陛下は 娘可愛さに 子離れできないな、
王妃がいくら相手を選りすぐっても、全て退けそうだな…
ヴィレッツは 黙して語らず のニックヘルムの様子を窺った。
マオの婚姻の話は、関心の高いところではないのか?
マオとライルは 想い合う仲 。
それはヴィレッツだけでなく、ニックヘルムも承知していることだ。王妃が マオの相手を示せば、たとえ宰相であってもライルとの婚姻を勝手に進める訳にはいかなくなる。
ライルが毒に倒れてから、息子たちへの愛情表現に進歩がみられたニックヘルムは、マオのために命をかける息子のためにどう動くのだろうか…、
ヴィレッツの中に、好奇心が芽生えた。
政治手腕や暗部の掌握、情報収集に情報操作…
ニックヘルムの足元にも及ばない。まだまだ、だ。
その手腕に舌を巻き 感嘆の声を漏らす日々だが、息子のことに関しては、そうは上手くはいかないようだ。
これは面白いものがみれそうだ…
今だって、無表情の仮面の下に 何を隠しているのやら
書類に視線を落としているが、視線は一点を見つめて動かない。更に書類は上下逆さだ。
もう少し 揺さぶりをかけてみるか…
「…ライルは、マオを手に入れようとしたようですね。未遂のようですが」
ヴィレッツの爆弾発言に真っ先に反応したのはマージオだった。
「━━ 私の可愛い娘に手を出した者がいるのか?」
地を這うような低い唸り声が、馬車内の空気を一気に下げる。張り詰めた緊張感に支配されたが、そんなことに動揺する者はここには居ない。
「未練がましく過去に縋って 現実逃避した方に、想い合う者たちの機微は 到底理解できないでしょう」
ニックヘルムの返しも辛辣だった。
この二人の間に 遠慮はない。
「そういえば お前の次男は今年幾つになる?そろそろ私が 良き相手を世話しようではないか」
マージオは フン と鼻を鳴らし 言い放てば、ニックヘルムは 結構 とにべもない。
マージオとて 分かっている。
想い合うふたりのこと。
この悪友の息子が、命懸けで護っていることを。
政治的な婚姻ではなく、マオには 想い合う相手と幸せになって欲しい。
だが、それはもう少し先の話であって欲しいのだ。
ニックヘルムとて 分かっている。
この優しき王が ミクの娘だからではなく自身の娘として 慈しみ始めていることを。
ライルを認めていない訳では決して ない。
ただ、マオとの蜜月が欲しいのだと。
ふたりの父親が 黙り込んだところで、ヴィレッツはここが引き際だと判断した。
これからサウザニア王来訪の意図を探り、対策を協議しなければならない。揶揄うのは ここまでだ。
手を打ち鳴らし 終了の合図を示すと、ふたりの父親はとても分かりやすく大きな溜息をついた。
再び 国王の執務室と化した車内は、実務的な話し合いが行われた。
夜闇の中に浮かぶ王都の灯りが、滑り込む馬車を迎えた。




