210.未来のある約束
それは敷地内の奥まった場所にあった。
木立に面した窓は開け放たれ、その周囲を騎士が警邏する。よく見れば、木立の中に数人の影、室内の扉にも騎士が見えた。
国王の命令により厳重に護られたその部屋で、真緒は眠りから覚めつつあった。
「…」
見上げた天井には天使と女神が微笑み、風に揺らぐ天幕は羽衣のようだ。
ここ どこ…?
お決まりのつぶやきを脳内でする。
何故目覚めると、違う場所にいるのだろうか?
異世界って本当に不思議だ。
起き上がることなく そっと周囲を伺えば、扉の前に二人、侍女が一人確認できた。
もしかして…監禁されてます?
扉にいるってことは、逃げるぞ、危険!って思われてる?前科多々ありの身としては致し方ないが、なんか腑に落ちない。決して逃走癖がある訳では無いのだ。その時々で ちゃんと理由があるのだ。
危険人物と認定されるのは、納得がいかない。
さて、どうする?
いや、その前に どうしてこうなったか、だ。
ライルの元を飛び出して、夜の森を歩いた。
ここまでは、よし。
問題はその後だ。
渡りの樹の湖畔にいったよね、そして入っちゃったね、湖に。
━━━━ ダメだ、思い出せない。
今 生きてるし、怪我もないからよしとしよう。
さて、本題だ。
ライルとのこと。これからのこと。
言ってしまった…ライルに。
『…私を この世界に繋ぎ止める役目なんでしょう?私の想いを利用して、愛を囁いて…、この国に繋ぎ止めるために優しい言葉をかけてくれたんだよね。…もう そんな事しなくてもいい。帰りたくても、帰れないんだから』
大切な貴方だから、気持ちのない行為から 解放してあげたい。もう 無理して偽らなくていい。
本当に そう思うの、真緒?
あなたの愛した人は、そんな狡いひと なの?
自身に問いかけてみる。
「お目覚めですか?」
声をかけられ、全身が波打つほど驚いた。控えていた侍女の声に、思わず勢いよく上体を起こした。
「はいっ!」
これで敬礼したら 軍隊だ。それくらいの反応の良さだろう。真緒の反応に驚いた侍女は、医師を呼んできます、と慌ただしく退室していった。
起き上がってしまった真緒は、呆然とその背中を見送ったが、開け放たれた窓から抜けてくる森を通った風に導かれるように、窓辺へと向かった。
室内に控える騎士が、何か言いたげにしていたが、あえて無視した。別に逃げる気はないし。
出窓のような作りになっており、真緒はそこへ腰を下ろした。
心地よい風にあたると、気持ちも自然と凪いでくる。
何となく全てが上手くいく、そんな気持ちにさせてくれる、不思議なものだ。体育座りして顔を埋める。
項にあたる風はちょっとくすぐったかった。
「…会いたいな、ちゃんと向き合いたいな…」
ライルと。あの言葉の真意を、きちんと聞こう。
ちゃんと 向き合おう、うん。
「…ライル」
「…なんだ?」
「!!、うぇっ!」
呟きに返事がかえってきて、変な声が出た。危うく出窓から転げ落ちるところだった。イタズラにも程がある!外から聞こえたその声に 反撃しようと外開きの窓に手をかけたところで、待て! とその声に止められた。
「待ってくれ…、そのまま 聞いてほしい マオ」
え…、ライルなの?
そっと覗きみれば、壁に寄り掛かり森に睨みをきかせたライルがいた。
「…昨日は…」
ライルは言葉に詰まったのか そのまま口を噤んだ。
強引に奪うような行為は、確かに不味かった。謝罪の気持ちはある。
でも、真緒への気持ちを疑われたことに対しての怒りが、素直に言葉にすることを拒むのだ。
ダメだ…。
「マオ。少し時間をくれないか、ちゃんとお前と向き合いたいんだ。でも、冷静になる時間が欲しい」
「…うん。」
言い淀みから生まれた沈黙の時間の意味を、真緒は確かに受け取った。
「マオ!」
室内から呼ばれた声に反応している間に、ライルは森へ消えていた。寂しさを感じながらも、これから先に繋がったような気がして真緒の心は明るかった。
名残り惜しくて、いつの間にか 出窓から身を乗り出したようだ。
「こらっ!」
猫のように襟首掴まれて引きづり降ろされた。
ライックが目を吊り上げて見下ろしていた。首を竦めて上目遣いで笑ってみる。
「誤魔化すな!」
一喝と共に、軽い拳骨が頭に落ちてきた。そのままベッドに強制送還され、始まった説教はしばらく続いたのだった。




