21.宰相の息子
身体が鉛のように重い…。
自分の身体なのに指先ひとつ動かすことができない。瞼も重く目を開けることもできない。
そんな状況なのに 意識は浮上し、五感が冴えてくる。
温かい。何かが爆ぜる音がする。暖炉が たかれているのだろうか。ということはどこかの部屋の中か。
背中に感じるのは柔らかい物のようで、身体が沈んでいるのがわかる。うん、生きてるわ、私。
誘拐されたんですけど、どういうこと?
身体は動かなくても、生きてることを確認できたら、怒りが沸いてきた。
真緒に声をかけてきた男に見覚えはなかった。
怒りは抑えられないが、今の状況は非常に気になる。聞き耳を立て情報を得ようと集中する。
カチリ、微かな音を耳が捉える。ドアが開いたようだ。足音というよりは布が擦れる音が規則的に聞こえ、それは次第に真緒に近づいているようだった。
「意識はあるのだろう?マオ」
あの男の声だ!この誘拐犯め!
殴りかかれないし悪態もつけない現実にイラッとくる。せめて眉を寄せて不快感を表したいが、それもできそうになかった。
「暫く薬で眠ってもらう。
「君の扱いが決まるまでは 隠さないといけないからね」
いい夢を 男の囁きのあとに陶器の音がした。
濃厚な薔薇の香りが漂いはじめた。ゆっくりと濃さを増していく香りの感覚に脳内で警鐘が鳴り響く。逃れたくても身体が動かない。真緒の意識は再び闇に沈んでいった。
男は真緒の呼吸が規則的であることを確かめると陶器を枕元に置いた。薄暗い室内には天蓋付きの大きなベッドがあり、凝った装飾の家具が配置されていた。天蓋のカーテンを閉め、自身の口元に当てていた布をゆっくり外すと部屋を出ていった。
ノック音に 短く許可を出すと、男が入室してきた。
「あの娘は眠らせています」
その言葉に宰相は満足気に頷く。男はワゴンに載せられているグラスにワインを注ぐ。芳醇な香りが室内を満たしてゆく。グラスを手に宰相の正面まで進むとグラスを差し出した。宰相は躊躇うことなく受け取ると、香りを楽しみ一口含む。
「父上、どうなさるおつもりですか?」
宰相の長男であり後継であるテリアスは、ワインを含むと 父である宰相に投げかけた。
「国が荒れるのは避けたい。あの娘が陛下の子であるなら」
言葉を切りひと息に飲み干す。
「消えてもらうまで」
一切の感情を排除した言葉だったが、その表情は苦しげなものだった。テリアスは空のグラスにワインを注ぐ。宰相は無言でそれを飲み干した。
「ヴィレッツ伯が動いているのですか?」
テリアスの質問を手で制し、宰相は思案する素振りを見せた。
「どう出るのか動きがまだ掴めない。何を企んでいるのか…。この周辺を探っているのは事実だ」
テリアスも無言で同意の頷きを返す。まだ情報が足りない。
「…ライルは?」
その名が出た途端、宰相の片眉が上がった。
「王都に戻す。アイツはあの娘に近づき過ぎた」
王都に戻す手配をするようにテリアスに告げる。
テリアスは深く頭を垂れ了承の意を示した。




